リフォーム(一般庶民向け)
「鍋の焦げ付き? そんなの何も入れずにガンガン火であぶって、それから水入れて擦ればすぐ落ちるだろ」
宿屋の主人にそう言われて、僕はその場に崩れ落ちた。そりゃそうだよ。普通の人は『威圧感』なんか無いのに鉄鍋使ってるんだから、焦げ付きを落とす方法なんてあるに決まってるよ……いや、まあ服とか綺麗に出来るようになったから、無駄じゃなかったけど……うん、断じて無駄じゃ無かったよ……くすん。
「何だいきなり倒れ込んで。お前さん、そんなことが聞きたかったのか?」
怪訝そうな顔で聞く宿屋の主人に、僕は慌てて首を振る。ここで聞きたかったのは、調理器具の調達先だ。レンデルさんのところでは貴族仕様だったけど、町の人が同じ物を使ってるとは到底思えない。なら料理をしている人の所に行けば、一般庶民用の調理器具があり、それを買った場所を教えて貰えると思ったからだ。
「俺の使ってる鍋とかの出所? って、普通に町で買っただけだから、特別なもんじゃねぇぞ?」
そう前置きされて、宿屋の主人が教えてくれたのは、町の中心街からはそれなりに離れた場所にあった、ごく普通の鍛冶屋。扉を開けて中に入れば、カウンターに座る店主は、かの有名なドワーフ……ではなく、普通のおっちゃんだった。髭も髪もツルツルに剃り上げられていて、半袖の服から覗く腕は、ムキムキというよりはキュッと引き締まっていて、いかにも実用向けって感じだ。
「いらっしゃ……うおぉっ!?」
そんな職人っぽい人が、僕を見るなり声を上げて後ずさる。あー、最近忘れがちだけど、僕『威圧感』持ちだからね。初対面の人はこうなるよね。これでもお嬢様の所と畑に『威圧の楔』を置いてるから、全力の3割なんだけど……いや、むしろ3割だから、ちょっと引かれるくらいですんでるのかな?
「すまない。ここで調理器具を調達できると聞いたんだが……」
「ああ、はい。調理器具って、鍋とかそういうのですかい? ええ、ご注文を受けてますよ。どういった物がご入り用で?」
てっきり職人特有のべらんめぇ口調かと思ったら、ごく普通に丁寧な感じで喋られて、ちょっとだけ驚く。こんなところでテンプレを外さなくても……とは思うけど、客商売なんだからそりゃこっちの口調の方がいいだろう。
もしくは、僕にビビって口調が変わっている可能性もあるけど……それは考えまい。
「特別な物ではなく、ごく普通の……そうだな、その背後に並んでいるようなのが欲しいんだが」
鍛冶屋さんの背後には、商品見本のような感じで、いくつもの鍋やら包丁やらが棚に並んでいる。僕はそこから、昨日見た和包丁っぽいものと、3、4人の普通の家庭がカレーとかを作るのに使ってそうな感じの、中サイズの平底鍋を指定する。
「万能包丁と両手鍋ですな。素材は両方鉄で……」
「両手鍋?」
「な、何かありましたかい?」
「あ、いや、何でも無い。素材も鉄で大丈夫だ」
あれ、平底鍋じゃなくて両手鍋って言うのか……まあ、両手用の持ち手が付いてるもんな。自動翻訳で両手鍋になるなら、単純に間違えてたってことか……うぅ、恥ずかしい……
「そうですかい? なら、鍋と包丁はこれで。他には何かありますかい?」
「そうだな。これはここで聞くものなのかわからないのだが……毎回竈の火を熾すのが面倒でな。それを簡略化するような物は無いだろうか? 多少ならば、高くても構わないんだが……」
そう言うと、鍛冶屋さんは「ちょっと待ってて貰えますかい」と言って、店の奥へと入っていった。棚の商品を眺めて待っていると、程なくして戻ってきた鍛冶屋さんが、それをカウンターの上に並べる。
「まずはこっちですね。これは平鍋の柄の端に魔石をくっつけて使うもので、ここから魔力を流すと、鍋の底に刻んだ刻印から熱を発するって代物です。火種を作らなくても直接焼き物が出来るんで便利ですけど、これ自体も魔法道具なんで高いですし、燃費もあんまり良くないですね」
要は、単体で完結する乾電池で動くIHフライパンって感じかな? 確かにこれは便利だけど、熱源がフライパンそのものだから、家にある鍋とかには流用できないよな。そもそも高そうだし。
「あとはこっちですね。これは炎熱石って代物で、魔力を込めると一定時間高熱を発する作用があって、薪の代わりに竈の下にコイツを放り込んでやれば、それだけで使えます。ただ、使うごとに火力が弱くなっていくんで、だいたい100回くらいで買い換えが必要ですかね。それと、熱を逃がさず使えるように、今開いてる竈の口を、鉄の扉で閉じる必要があります」
ふむ。今ある竈に軽い工事は必要だけど、これなら単純に薪の代わりになるってことか。ならこっちの方がいいかな? まあ、問題は料金だけど。
「炎熱石の方がよさそうだな。竈の工事も、こちらで請け負ってくれるのか? その場合は、料金はどのくらいになるだろうか?」
「ええ、勿論工事もやってますよ。料金は、鍋に包丁、竈の工事に炎熱石となると……このくらいですかね?」
提示された金額は、決して安くは無い。が、レンデルさんの時のような、常識がぶっ飛ぶ料金ではない。というか、余裕を持ってとまではいかずとも、今の手持ちの資金で十分払える額だ。
「わかった。それでお願いしたい。あ、それと、もう1つ特注で作って貰いたいものがあるのだが」
値引き交渉は、しない。『威圧感』があるから頼んだら折れてくれる可能性はあるし、『威圧感』があるからそれでも手抜き工事はしないと思うけど、一般人を威圧して交渉は、良心が咎めるとか以前に、犯罪行為の気がする。法律では責められないだろうけど、僕の気分的に。
それに、「職人に値切り行為をしない」はファンタジーの鉄則だ。今後も仕事を依頼する可能性があるのだから、ここでケチって今後の関係を悪くするのは、どう考えてもマイナスの方が大きい。『威圧感』のせいで誤解を受けやすいのに、本当にごり押しなんてしたら、町に居づらいなんてもんじゃなくなってしまう。せっかくできかけている生活基盤や、ミャルレントさんとの人間関係を、こんなことで無くしたくはないよね。
僕はちょっと思いついたアレと、予備用の炎熱石を1つ追加して、鍛冶屋さんに仕事を依頼した。トータルの支払いで、お貴族様から稼いだ資金は、ほぼすっからかんだ。無計画な散財を……と言われるかも知れないけど、多少頻度が下がっただけで野菜は今も普通に卸してるし、そもそも家の前の畑があるだけで食いっぱぐれる心配はほぼ無いから、特に心配はしていない。
町に入るための銅貨5枚にすら困っていた時代とは違うのだ。ああ、自分の成長と『威圧感』の可能性が恐ろしい……僕たちなら、きっと何処までも果てしなく登り詰められるはずだ。具体的には、好きな人に結婚を申し込んでも問題にされない程度の安定収入を得られるくらいまでは登りたい。未だ頂は見えないが、堅実に積み上げていけば、決して無理では無いはずだ。
まあ、そういう将来の目標とかは、とりあえず置いておくとして。ああ、早くキッチンのリフォームが完成しないかなぁ。完成したら、何をしよう? できれば新鮮な卵が調達できるようになるといいよね。他には肉とか、牛乳やチーズとか……酪農とかしちゃう? 流石にそっちは知識も無いし、そこまでいったら土地も資金も足りなすぎるよな。でも、いつかは最高の素材から、最高の料理を作りたい。素材を産み出す段階から威圧を駆使した食材で料理し、テーブルには威圧洗濯で染みひとつ無い、純白のテーブルクロス。威圧果物から作ったワインを片手に、ミャルレントさんと乾杯を……
楽しい未来に思いをはせながら、僕は踊るような足取りで店を出て、帰宅の路に就くのだった。





