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【Web版】威圧感◎  作者: 日之浦 拓
本編(完結済)

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驚きの白さ

 結局、僕はレンデルさんにお礼を告げただけで、トボトボと商業ギルドを後にした。いや、あれは買えないわ。あれをポンと買えるとか、貴族様マジパナいっすわ。頑張れば買えるとかの金額じゃないもん。パソコン一式くらいかと思ったら、中古マンションの値段を提示された気分だよ。そりゃ心折れるよ。


 幸いにして、レンデルさんも「そりゃそうだよな」という顔をしていたので、僕が買えないことは想定済みだったらしい。これが本気の売り込みだったなら、今後顔を合わせづらくなっていたところだ。売り込まれた物を買わなかった時って、悪いことをしたわけじゃないのに何となく次に店に行きづらくなるのって、何なんだろうね。


 とにかく、ファンタジーな力で現代科学を再現どころか凌駕しているっぽい魅惑のシステムキッチンは、今の僕には無理だ。となると、選択肢は2つ。金を稼ぐか、今あるもので頑張るかのどちらかだ。そして、稼ぐのは無理だ。人間諦めるのも肝心だよね。目標は高く持つべきだとか言われても、直近の目標を高く設定しすぎるのは、モチベーションの低下しか産まないよ。


 そんなわけで、帰宅。僕の目の前にあるのは、焦げ付きまくった中華鍋。何とか焦げを落としたいと、干物作りで使っている桶に水を張り、そこに浸して木べらでガリガリやってみるも、ちっとも綺麗になる気がしない。というか、下手したら木べらの方がボコボコになってる気さえする。


 汚れめ……汚れめ……! 落ちろ、落ちろ! 何故くっつく!? 何故こびりつく!? お前は敵か? 僕の敵なのか!? 敵なら威圧してやる。威圧しちゃえば、お前らなんてビビっちゃうんだぞ! ビビって縮こまって、こびりついてなんていられなくなる……!?


 手を止め、僕は中華鍋を見る。

 そのまま静かに立ち上がり、僕は右手を中華鍋にかざす。

 この世界に来て初めて、僕は「敵意」を込めて、『収束威圧』を放つ。ターゲットは……焦げ付きだ。


 野菜や干物の様に、美味しくするためではない。

 病気のように、癒やすためでもない。

 お前が気に入らない。お前を認められない。お前を受け入れられない。お前の存在を、僕は許さない!

 恐れろ! ひれ伏せ! 服従しろ! お前の持っている「こびりつく力」など、我が『威圧感』の前には無力だと知れ! 全ての力を失い、全ての繋がりを絶たれ、弱く小さな独(ひと)つとなりて、威圧の力で押しつぶされろ! 焦げ付きぃぃぃぃぃ!!!


 ぽろり、もろりと、黒い塊が剥がれていく。ふわり、ぷかりと、敗北者(こげつき)たちが浮かんでいく。やった。勝った……勝ったよ。遂に僕は、宿敵に打ち勝った……!


 天を仰ぎ、勝利の喜びに打ち震える。そして、新たな天恵が走る。「これ、汚れ物全部綺麗にできるんじゃないか?」と。

 家には、色々な汚れ物がある。そもそも僕の着ている『威圧の服』からして、汚れづらいだけで、汚れないわけじゃない。というか、この汚れづらいって効果は『威圧感』が影響してるんだろうか? うわー、それに最初から気づいていれば、もっと早く活用できたのに……卵のことといい汚れのことといい、僕の迂闊さはどうしようもないな。もっと頭のいい人なら、きっと威圧で卵が安全に食べられることも、威圧で汚れが落ちることも、あっという間に気づいてたんだろうなぁ……もっと視野を広く持たなくちゃ。威圧でできないことなんて、せいぜい戦闘くらいだよ。


 とにもかくにも、僕は家中の汚れ物を集めてきて、洗濯することにした。今までも洗わなかったわけじゃないけど、この世界の石鹸はあんまり汚れが落ちないのだ。おそらく一定以上に清潔に拘る層は、魔法で何とかしてしまうからだろう。お金を出してでも清潔を得たい人達は普通に魔法の力を利用するから、石鹸を利用するのは清潔に気を配らないか、清潔にあまりお金をかけたくない人になるので、石鹸の質そのものがあがらないのだ。


 だが、今の僕には『威圧感』がある。汚れを威圧してやれば、しょぼい石鹸だって十分、それどころか水で濯ぐだけですら汚れが落ちるかも知れない。ということで、実験だ。まずは『威圧の服』になる前に着ていた服を洗ってみる。しっかり汚れに『収束威圧』をかけてから石鹸で擦り、濯いでみるも……今ひとつ綺麗になった気がしない。何というか、鍋の焦げ付きよりも汚れがガッチリと食い込んでいる感じで、威圧の効果が今ひとつ発揮されきっていない感じだ。


 鉄鍋の焦げ付きは表面だけど、繊維の汚れは内部にまで浸透してるから、その違いだろうか? 威圧の力で汚れが浮き上がっても、繊維の隙間に挟まって、また付着しちゃう? うーん。難しい……


 威圧の力は、いつだって一筋縄ではいかない。これは干物の時と同じで、試行錯誤のしどころだ。これを乗り越えれば、毎日綺麗な服を着て、真っ白いタオルで汗を拭い、美味しい卵焼きだって食べられるようになる。途方も無いお金を稼ぐことに比べれば、こうして目の前に見える目標は、頑張るぞって気になれる。


 そうして僕はひとしきり試行錯誤を続け、ようやく答えに辿り着いたのは、2日後の昼。ここには、その結果だけを記そう。


 衣類などの布製品の場合、まずは桶に水を張り、その水を威圧する。この際、威圧の力の方向を、便宜上縦方向としておく。そして、次に汚れ物を取り出し、布全体に、今度は横方向の威圧を加える。そうして次々と汚れ物を水に入れたら、最後に水桶の中に『威圧の楔』を落とし、汚れに対して縦方向の威圧を加えるように指定し、そのまま最低数時間漬け置くのだ。

 こうすると、時間をかけて布から剥がれた汚れが、同一の威圧の方向性を持つ水の方にゆっくりと合一し、布への汚れの再付着を防ぐことができるのだ。あとは様子を見て汚れの移りきった水をこぼし、新たに綺麗な水で濯げば……なんとびっくり、繊維の奥まで入り込んでいたであろう黄ばみすら綺麗さっぱり落ちて、まさに新品同様の白さになるのだ!


 いや、我ながら素晴らしい成果だ。これなら長年着て変色した服を漂白したり、染め物だって染めた色を落とさず汚れだけを落とすことができる。何という技術革命!むしろ日本のクリーニング技術より凄いんじゃないだろうか? 食材の味を向上したり、病気を治すだけに留まらず、汚れ物まで綺麗にできるとか……『威圧感』のチート具合は、留まるところを知らないな。


 素晴らしい固有技能(スキル)をくれた神様に改めて感謝の祈りを捧げ、軽くくすんだ黒から艶めき輝く黒へと戻った『威圧の服』に全身を包み、僕は息を弾ませ台所に入る。あとは綺麗になった中華鍋で、美味しいスクランブルエッグを成功させるだけだ。

 この世界では植物油は一般的では無いらしので、代わりに獣脂とかいう真っ白い油の塊も調達してきた。熱した中華鍋にこれを塗ってやれば、流石に前回みたいに真っ黒焦げってことにはならないだろう。火熾しをして……これが毎回地味に面倒なので、ここだけでも魔法化したい……鍋を火にかけ、油を馴染ませ卵をドーン!手早くかき混ぜトゥルトゥルになったところで、木の皿に移せば……完成だ。


「では、いただきます……」


 ぷるぷるトロトロの黄金色を、木匙で掬って一口。殺菌にしか威圧を使ってないので、正直味は普通だ。普通だが……この普通こそが、今まで手が届かなかった場所なのだ。


「ああ、美味しい……」


 野菜の時のような、叫び出したくなる美味しさじゃない。でも、懐かしい、馴染みのある味。それに浸るように僕はゆっくりと食事を続け、結局残っていた3個の卵も、すぐにぺろりと食べてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 威圧感とは何なのかを考えさせられる作品ですねw 威圧でできないのは戦闘だけってどゆことwww 面白過ぎるのでブクマしましたw
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