魅惑のインビテーション
「ふむ。大丈夫みたいですね」
あれから数日。家にやってきた鍛冶屋さんの手によって竈のリフォームはあっという間に終了した。頼んだ日の夕方にふらっとやってきて竈を一瞥して帰って行ったと思ったら、今日はもうピッタリの大きさの取っ手の付いた薄い鉄板を持ってきてくれたのだ。
「多少隙間は空きますけど、炎熱石を使う場合はむしろ隙間から多少熱を逃がさないと竈本体が持たないんで、これで完成です。扉の表面の方には特殊な上薬を塗ってるんで、数日熱し続けるとかじゃなければ触って火傷する程熱くなったりはしません。どうですかい? こんなもんで」
「うむ。素晴らしい仕事だ」
鉄の扉自体は、どうやら既製品らしい。竈の大きさなんて一般家庭なら全部同じなので、数個ストックがあったようだ。そのうえで、うっかり鉄扉が倒れたりしないようにしっかり固定出来る台座を設置し、扉の隙間から熱が漏れる際に僕に直接熱気が来ないように微妙な調整などを施してくれたところは、まさに職人技と言ったところだ。
サービスで結構ガタの来ていた竈の内側のひびの補修なんかもしてくれたので、お金を払って仕事を依頼した価値は十分あっただろう。
ちなみに、実際に火をつけてみるテストの際に炎熱石の使い方もレクチャーされた。詳しい確認を取らずに何となく流れで頼んじゃったのでちょっと心配してたけど、「手に持って魔力を流すだけ」と言われて、魔力とか言われてもわからないのでとりあえず威圧する時と同じ感じで力んでみたら、あっさりと使えた。
正直、魔力と威圧の違いがわからない。どっちも日本にいたときには持っていなかった力だし、こっちの人だって魔力はあっても『威圧感』は持ってないんだから、その差違はわからないだろう。わからないけど、使えるからとりあえず気にしない。日本の電化製品だって、科学的な理論や技術的な意味がわからなくたって、どのボタンを押したらどうなるかがわかれば不足無く使えたんだから、こっちでもそれで大丈夫だと思う。魔力はともかく『威圧感』については、困ったらそれこそ神様に聞いてみるくらいしか手段が無いしね。
「それじゃ、最後にこれが、特注の平鍋です。こんな感じで良かったですかい?」
そう言って差し出されたのは、通常のフライパンより小さくて四角いソレ……そう、卵焼き専用のフライパンだ。うちには丸底の中華鍋しかないし、今回買ったものも包丁と両手鍋だけで、普通のフライパンが無い。流石にそれだと肉とかを焼くのに不便だし、ならせっかくだから売ってるのを見たことが無い卵焼き用フライパンがいいかなと思って頼んでしまったのだ。このフライパンで焼けないほど大きなステーキなんて食べても胸焼けしそうだし、魚に関しては竈の口に鉄串を並べて網状にして、そこで焼くのが一番美味しかったからね。ああ、でも、魚焼き網はあった方が便利か。特注だとお金が厳しいけど、既製品があるなら買っちゃおうかなぁ……
とにかく、これにて設備の方は全て揃った。僕は鍛冶屋さんに料金とお土産の野菜を渡し、久しぶりに冒険者ギルドへ出向いた。
「やあ、久しぶりだな」
「お久しぶりですトールさん。最近は随分とご活躍のようですね」
「うむ。他者に求められるというのは良いことだ。何とか成果も出せているしな」
「はい。領主様からの依頼もギルド経由にしていただけて、我々としても助かりました。ただ、欲を言えばもう少し……もう少しだけでも、冒険者として活動していただければ、とは思いますが」
「う、うむ。前向きに検討させていただこう」
何だろう。ミャルレントさんが、ほんのちょっとだけ、こう……拗ねてる? 感じがする。でも、何でだ? 特にギルドを蔑ろにしたつもりはないし、ぶっちゃけ僕が冒険者として真面目に活動しても、絶対今よりギルドに貢献出来ないと思うんだけど……うぅ、自分で考えて悲しくなる……
ぬぅ、何かちょっと言い出しづらくなってきたぞ……でも、これまでも散々タイミングを外してきたし、ここで怖じ気づくと本当に誘えなくなりそうだしな。えーい、男は度胸だ! 言っちゃえ僕!
「ところで、その……ミャルレントさんは、空いている時間はあるだろうか?」
「空いている時間、ですか?」
「うむ。その、あれだ。私の家の調理場をリフォー……いや、良い感じに作り替えたのでな。いつも世話になっているし、良ければ食事に招待したいと思ったんだが……」
「…………」
僕の言葉に、ミャルレントさんがうつむいてしまう。いや、そりゃそうだよ。仕事中に公衆の面前でデートのお誘いとか、困るに決まってるよ。言っちゃってから気づいたよ。つまりもう手遅れだよ! うわ、どうしよう? これ僕の方から一旦謝って仕切り直すべきなのかな? それとも……
「5日後……」
「え?」
「5日後なら、お仕事が早上がりなので、夕食をご一緒できると思います……それでどうでしょう?」
ミャルレントさんの言葉が、僕の耳を右から左に抜けていく。が、一周回って再度耳に入ってきたところで、やっと意味を理解出来た僕は、表情や口調を崩さないように必死に努力して、やっとの事で答えた。
「う、うむ。5日後だな。では、私も用意を調え、時間を見計らって迎えに来よう。それでいいだろうか?」
「はい。お待ちしてますねトールさん」
想像していたはずなのに、予想外に上手くいってしまって照れる僕は、おそらくいつもと同じ営業スマイルを浮かべているであろうミャルレントさんの顔を見ることなく、急いでその場を立ち去った。
ヤバイ。上手くいった。え? 本当に? 夢じゃなく? モテるモテない以前に、存在そのものを女子から認識されないような青春を送っていた僕が、女の子をデートに誘ってOKを貰えた? マジか。え、マジか!? うひょー! デートだ! ミャルレントさんと自宅デートだ! これは気合いを――
「トール様。私ちょっと小耳に挟んだんですけど、トール様がご自宅にご友人を招いてお食事を振る舞うというのは、本当ですか?」
ミャルレントさんとデートの約束を取り付けてから、2日後。いつも通りにお嬢様の所に出向き、いつも通りにドラゴンなクエストの内容を盛りに盛った創作小話をきりのいいところまで話し終えたところで、不意にお嬢様からそんな質問を受けた。
「おぅっ!? え、ええ。本当ですが……一体どこからその話を……?」
「あら、細かいことはいいじゃありませんか。それより、ご友人との会食の件です。トール様の用意してくださる肉も野菜も全て素晴らしく美味しいですし、きっとトール様のお作りになる手料理も、素晴らしく美味しいんでしょうね。私ももう少し元気であったなら、是非ともトール様のお家にお伺いして、一緒に楽しみたいところなのですが……」
叶わぬ夢に思いをはせるような表情で、窓の外を見ながら……そして、時々こっちをチラッと見ながら……お嬢様が言う。
「そ、そうですね。いずれは外を歩ける程度には快復なされると思いますが、今はまだ無理をなさらない方が良いでしょう。もっとも、元気になられたとしても、フルール様を我が家にお招きするのは難しいと思いますが……」
「ええ、勿論わかっております。貴族の私が下手に訪ねてしまえば、トール様にご迷惑がかかってしまいますものね。わかっておりますが……トール様の手料理は、美味しいのでしょうね……とてもとても、美味しいのでしょうね……」
そう言うお嬢様の表情も口調もとても切なそうなのに、区切り区切りで僕をチラ見してくるせいで、そんな感じが全然しない。というか、これはどうしたらいいんだろう?助けを求めたいところだけれど、執事さんは我関せずな感じだし、お手伝いさんはあからさまに顔をしかめてるので、多分助けてはくれないだろう。孤立無援とはまさにこのことか……
「えぇと……そうですね。リチャード様と、スコット殿が良いと言ってくださるなら、一応私が作った物を召し上がっていただけるかと思いますが……」
普通に料理人がいるのに、そんなの無理だよね? というニュアンスを込めて僕が言う。ちなみに、スコットは料理人さんの名前だ。
「まあ、それは嬉しいです! では、宜しくお願いしますね」
「いや、あの、許可を取るのは難しいのでは……」
「では、宜しくお願いしますね!」
「……ああ、はい。微力を尽くさせて頂きます……」
いつの間にか天使から戦天使にクラスチェンジしていたらしいお嬢様の輝く笑顔を前に、僕はただ頷くことしかできなかった。





