黒色テスタメント
GWなんて無かった
あの後俺達は研究室から1度屋敷へ戻ることにした。理由は誰かさんの腹の虫が鳴ったからだ。
「…………」
「……ごめん」
「いや、いいんだ」
動けないガルを担ぎながら、その誰かさんに視線を向ける。時差があるから気が付かなかったが、日本でならもうとっくに夜ごはんだ。
「少し早いけど、帰ったらご飯にしましょうか」
「あぁ、そうだな」
小夜のお母さんは、誰かさんを横目で見ながら笑っていた。
「にしても……こんな調子で大丈夫かよ……」
俺に担がれたまま、ガルは不安そうに呟く。それもそうだ、なんてったってここまで来てやった事と言えば魔法の基礎の基礎についてと──
「真槍……か」
小夜につけてもらった名前。不思議と馴染むその言葉を、俺は口の中で繰り返す。
「まぁ、真槍の効果がわかったってのは十分だろ」
「テメェ俺に撃ってきたの忘れねぇからな」
「そんなものはなかった」
恨めしそうに呻くガルは、それでもまだ十分に動けなかった。一体どれだけ魔力が持っていかれたのだろうか。
「そう言えば、うどん楽しみね」
よほどお腹が減ったのか、誰かさんこと小夜は螺旋階段を上りながら呟く。
「え? 結局うどんなの? せっかく家に帰ってきたのにうどんなの?」
「うどんって決めたんだからうどんなのよ」
「あ、はい。わかりました」
小夜の決意めいた言葉に圧倒される。今まで聞いた言葉で一番力が力が篭っていた。
いや、なんでそんな必死になるかな……
「ふ、ふふふ、あはははは!」
「な、何よ!」
小夜のお母さんはその言葉を聞いて大笑いした。ちなみに俺は苦笑いだ。
「真君、あなたやっぱり勝ったらお婿さんに来なさいよ!」
「えぇ?!」
「えっ!」
俺と小夜は同時に驚く。冗談なのか本気なのかわかんねぇぞ!
「別に悪くは、って! なんでまたそんな事を!」
「はぁ……だから俺はこの婚約をぶっ潰すだけだ。てか、それじゃあ小夜の為になんねぇだろ」
元々小夜が嫌だからと言う理由でこの婚約を潰す予定なのだ。なのに、それじゃあ俺はベルと同じだ。
「そうかしら、ねぇ小夜?」
「知らない! 私、先にお風呂入ってくるから! 真はご飯作ってて!」
「え、ちょ……」
顔を真っ赤にした小夜は俺達を置いて走り去って行ってしまった。
「自由なヤツだな……」
俺はその背中を見つめながらため息をつく。ふと、小夜のお母さんは何かに気づき、俺の方へニコニコと満面の笑みを浮かべた顔を向けてきた。
「あの子のリボン、もしかして真君があげたの?」
「あぁ、そうだけど。……やっぱりセンス無い?」
「ううん、とっても似合ってると思うわ」
「そうか、良かった」
ほっと胸を撫で下ろす。少しだけ、自分を誇らしく思えた。
「真君、あなたはどうしてそんなに小夜を大切にするの?」
小夜のお母さんは意地悪そうな声で聞いてくる。何故、そんな当たり前の事を聞いてくるのだろうか。
「別に、大した理由はねーよ。ただ、小夜の力になれるならなりたいって思うだけだ」
「それはどうして?」
「それは……うーん……」
わからない。自分でもなぜここまで小夜の為に何かしようとしているのかわからない。
「あなたはこの話を聞いた時、自分とは関係ないと言って断ることも出来た。だって、あなたは何の得も無いもの」
「そうだよな、確かに損ばっかかもしんねぇな」
そう、損ばっかりで得なんて無いかもしれない。それでも、小夜は助けて欲しいと言った。
ならば、それには全力で応えたい。
「それでも、やっぱり小夜の為に何かしたいんだ」
「それだけ?」
「他に何かあるか?」
小夜のお母さんは不思議そうな目で俺を見る。
「真君、気づいてないの?」
「何に?」
「はぁ……鈍感というか唐変木というか。まぁ、そこまで干渉はしないでおくから頑張りなさい」
「……?」
それきり、その話題は終わってしまい、俺は結局よくわからないまま夕飯の支度に取り掛かることになった。ちなみにガルは最初にベル達と話した部屋に放り投げてきた。いても邪魔だし。
この屋敷にはキッチンも何箇所かあり、俺はその一つでうどんを作りながらふと考える。
「そういえば……好きな人、か」
ベル達と初めて向き合った時に言った言葉を思い出す。あの時は考えずに言ったが、あれは一体どこまでが本当なのか。そんな疑問が湧いてくる。
「いやいやまさか……あれはただ単に小夜の婚約をぶっ潰すためだろ」
変な感情を振り払う。あんな言葉、本気で言えるはずがない。ヘタレだし。
「うん、考えるのはよそう。今はとりあえず夜ごはんだ」
悶々とした感情を頭の隅に追いやり、俺は料理に没頭する。
「なんだ、意外と料理出来るの」
「まぁな。親が家にいないから自分で作ってたし」
「そう、ところで何作ってるの? 見たことない物みたいだけど」
「うどんって言って……ん?!」
没頭し過ぎたせいか気がつかなかったが、俺は一体誰と話してるのだろうか。
振り返り、キッチンを見渡すが誰もいない。
「まま、ままさささか、ゆゆゆ、幽霊……」
身構える。身構えたところで幽霊相手にどうにかなる訳ではないが、咄嗟に身構えた。が、幽霊はいつまで経っても現れずに、代わりに視界に拳が現れた。
「ッフン!」
「アジャパー!」
拳は俺の視界の下から弧を描く様に飛んできて、見事に眉間にクリーンヒット!
「幽霊じゃねぇっつってんだろこのバカ!」
俺は慌てて声の方向、つまり下を見る。
そこには綺麗なオッドアイの少女が、俺を睨みつけながら仁王立ちしていた。
「なんだ、ライヴかよ……」
俺は赤く腫れた眉間を抑え、不機嫌そうに呟いた。




