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龍律 -Dragon Code-  作者: 次縁 最良
第一部 特殊機動隊 始動編
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第七話 極秘の報告会

 特務防衛庁、作戦司令室。


 円形に配置された大型演算卓を囲むように、羅豪(ラゴウ)、静(セイ)、玖狼(クロウ)、黎(レイ)、カイ、ショウキョウの六人が席についていた。


 卓の中央では、銀毛の猫型演算機――チャールズが静かに尾を揺らしている。


 今回の議題は、特殊機動隊がこれまで遭遇した四件の合獣(ごうじゅう)についてだ。それぞれの解析結果を統合した報告会だった。


 壁面いっぱいに広がる大型投影機へ、四組の異獣(いじゅう)と合獣の比較資料が並ぶ。


 金瞳虎王(きんどうこおう)と天金虎皇(てんきんここう)。


 紅羽鷹(こううよう)とその合獣、焔紅羽鷹(えんこううよう)。


 裂牙鮫(れつがこう)とその合獣、濤裂牙鮫(とうれつがこう)。


 飛毒大蜂(ひどくたいほう)とその合獣、毒花魔蜂(どっかまほう)。


 生息域も違う。


 種も違う。


 危険度も異なる。


 だが、一つだけ共通点があった。


 本来、術律を扱わないはずの異獣が、術律(じゅつりつ)に酷似した現象を引き起こしたこと。


 静まり返った室内で、羅豪が腕を組む。


「さて。そろそろ、分かったことを聞かせてもらおうか」


 その言葉を受け、白衣姿のカイが静かに立ち上がった。


 相変わらず目の下には濃い隈が浮かび、何日まともに寝ていないのか想像もつかない。


 それでも、薄灰色の瞳だけは鋭く資料を見据えていた。


「先に結論から言う」


 チャールズの瞳が淡く光る。


 演算卓の上へ合獣四体分の解析資料が一斉に展開された。


「この四個体は、既存の異獣分類から外すべきだ」


 黎はわずかに眉を寄せる。


 それは、異獣研究の前提そのものを揺るがす結論だった。


「……新種ということですか?」


「違う」


 黎の疑問に対する返答は即座に否定された。


 カイは紅羽鷹の解析図を拡大する。


 異獣と合獣。


 二つの断面図が並び、骨格、筋肉、内臓構造が順番に重ねられていく。


「元は同じだ。焔紅羽鷹は紅羽鷹。濤裂牙鮫は裂牙鮫。毒花魔蜂は飛毒大蜂」


 表示される数値に、大きな差はない。


 少なくとも、生物としての基本構造は一致していた。だが、明らかに違う点が一つだけあった。


「やはり、律子結晶(りっしけっしょう)の有無か」


 玖狼がこぼした一言に、カイは迷いなく答える。


「そうだ、合獣には律子結晶がない」


 空気がわずかに張り詰めた。


 律子結晶。


 異獣の心臓と癒着し、その生命活動を支える中枢器官。


 討伐時には、誰もが最優先で破壊を狙う部位だ。


 討伐のたび、そこにあるはずの律子結晶は見つからなかった。あの違和感は、決して見間違いではなかった。


 チャールズが映像を切り替える。


 心臓周辺の拡大図。


 律子結晶があるべき場所には、何も映っていない。


 代わりに、全身へ広がる淡い律子反応が脈打っていた。


「何らかの原因で律子結晶が崩壊し、その構造、あるいは機能そのものが全身へ再構成された」


 カイは淡々と続ける。


「少なくとも、僕にはそう見える。現代最高性能の天演機で何度も再演算した結果、一番整合性が高かった仮説だ」


 静が資料へ目を落としたまま口を開く。


「つまり、まだ断定はできない、ということですね」


「標本が四つしかないからな」


 カイは肩をすくめる。


「これで断定する研究者がいたら、僕はそいつの論文を二度と読まないだろうな」


 その物言いに、羅豪が小さく苦笑した。


 重苦しい空気が、ほんの少しだけ和らぐ。


 もっとも、カイ本人は冗談を言ったつもりなどないのだろう。


 ショウキョウが静かに扇子を閉じた。


「現時点では、あくまで仮説という位置付けですわね」


「そうだ」


「ですが、四個体すべてに同じ特徴が確認されている以上、偶然と考える方が不自然ですわ」


 チャールズの瞳が再び淡く光る。


 投影されていた比較資料が切り替わり、四体の合獣が術律に酷似した現象を発現した瞬間の記録映像が映し出された。


 天金虎皇――金属刃の形成。


 焔紅羽鷹――炎の発生。


 濤裂牙鮫――海水の操作。


 毒花魔蜂――植物の異常成長。


 それぞれが示した現象の横には、解析結果が並ぶ。


 金。


 火。


 水。


 木。


 いずれも、五属性の術律現象と極めて高い一致率を示していた。


「……やっぱり、術律(じゅつりつ)なの?」


 黎の呟きに、カイはすぐには答えなかった。


 薄灰色の瞳を資料へ向けたまま、説明の順序を組み立てるように、一瞬だけ思考を巡らせる。


「術律を使うには、律子があればいいわけじゃない」


 玖狼も黎も、黙って続きを待つ。


 ショウキョウだけは静かに頷いていた。すでに説明の行き着く先を理解し、必要とあらばいつでも補足できるよう、耳を傾けている。


「現在の術律学では、術律を行使できるかどうかは、律因子(りついんし)の有無によって決まると考えられている」


 チャールズが人体模型を映し出す。


「律因子は遺伝情報の一種だ。術律士はこれを持つ。反対に、非術律士は持たない、あるいは術律を行使できる形で発現していない」


 映像の中で、律因子を持つ人体模型が律子へ干渉し、淡い光を帯びる。


「術律士は律因子によって律子を認識し、編律する。そして五律語(ごりつご)は、その律子へ命令を送るための術式言語に過ぎない」


 カイは黎へ視線を向けた。


「非術律士が五律語を詠唱したら、どうなると思う、副隊長殿?」


「何も起こらない、って五律院で習いました」


「そうだ」


 カイは短く頷く。


「五律語は術律そのものを生み出すものじゃない。命令文を知っていることと、それを実行できることは別だ」


 ショウキョウが穏やかに微笑む。


「もう少し分かりやすく言えば、扉を開ける方法を知っていても、鍵を持っていなければ開けられない。そういうことですわ」


「鍵が、律因子ってことなのね」


「そうですわ。私たち術律士は、その律因子という鍵を使って、それぞれの属性の扉を開いています。通常、この鍵は五つすべての扉を開けることができます」


「けど、私は水属性だけ――」


 言いかけた黎の言葉を、カイは静かに受け止める。


「君は、そうだったな……」


 一瞬だけ、室内に静寂が落ちた。


 ショウキョウが柔らかな声で続ける。


「術律学の例外ではありますわね。律因子もまだ解明されていないことも多いですし、異獣や合獣の解析が進み、非術士が術律を扱えるようになる糸口が分かれば、黎のその原因も分かるかもしれません」


 柔らかな言葉だったが、答えは「まだ分からない」ということだ。


 わずかに落胆している黎の隣から視線を感じる。


 玖狼だった。


 何も言わなくても、その眼差しには気遣いが滲んでいるのが分かる。


 黎は小さく笑みを浮かべた。


「大丈夫。ありがとう」


 玖狼はそれ以上踏み込まず、小さく頷き返し、話は本筋へ戻された。


「つまり、異獣はその鍵を持っていない、ということだな?」


「今までの常識だったらな」


 カイの返答に、誰も口を開かなかった。


 異獣は律子濃度の異常によって変異した生物。


 体内には律子結晶を形成する。


 しかし、術律は扱わない。


 それが現代の異獣学における常識だった。


「だが、実際には使ったってわけだ」


 羅豪の低い声が響く。


「ああ」


 カイは四体の映像を見つめたまま答える。


「だから、問題なんだ」


 カイの一言を受け、ショウキョウが演算卓へ指先を滑らせる。


 壁面の映像が世界地図へ切り替わった。


 四か所が淡く発光する。


 創天(そうてん)王国辺境部。


 龍華(りゅうが)王国西部山脈。


 広天(こうてん)大洋沿岸。


 レンディ自悠(じゆう)連邦森林地帯。


 互いに遠く離れた地点。


 地形も気候も、生態系も一致しない。


「やっぱり、場所はバラバラね」


 黎が地図を見つめながら呟く。


「地理的には、そう見えますわ」


 ショウキョウが静かに頷く。


 その直後、カイが新たな情報を重ねた。


 世界各地へ点在する龍脈塔。


 四つの発生地点のすぐ近くに、それぞれ一基ずつ表示される。


 玖狼の目がわずかに細くなった。


「全部、龍脈塔(りゅうみゃくとう)の近くか」


「そうだ」


 だが、それだけでは結論にはならない。


 世界各地には龍脈塔が存在する。


 古代文明が築いたとされる巨大建造物。


 現在でも異獣が発生しやすい場所として知られているが、その理由も、本来どのような役割を担っていたのかも、現代の技術を持ってしても解明に至っていない。


 だからこそ、これまでは「龍脈塔の近くだから」で片付けられてきた。


「だが問題は、龍脈塔そのものじゃない」


 チャールズが時系列データを展開する。


 四件それぞれの発生日時。


 その直前に重ねられる律子濃度の推移。


 どの地点でも、一度だけ急激な上昇を示していた。


 そして、短時間で正常値へ戻っている。


「天金虎皇の出現地……」


 黎は思わず画面を見つめた。


「焔紅羽鷹の場所でも起きているな……」


 玖狼も低く呟く。


 ショウキョウが頷いた。


「過去の観測記録を洗い直した結果、濤裂牙鮫と毒花魔蜂の発生地点でも、同様の変動が確認されました」


 映像には、過去の観測ログが追加表示される。


「ただし当時は、上昇がほんの一瞬だったためかすぐに正常値へ戻っており、観測機器の誤差、あるいは局所的な律子変動として自動処理されておりましたの」


 静が口を開く。


「つまり、合獣が現れる前には、必ず律子濃度が上昇しているというわけですね」


「現在確認できる四件では、な」


 カイは即座に補足する。


 断定はしない。


 四件という標本数しかない以上、それ以上は研究者として踏み込まない。


 羅豪が「相変わらず慎重だな」と、苦笑する。


 そして解析映像では、異獣と合獣の心臓部が拡大された。


 通常個体には律子結晶が存在する。


 対して合獣には、それがない。


 代わりに、全身へ張り巡らされた律子循環が淡く脈動していた。


 血管にも神経にも似ている。


 しかし、そのどちらでもない。


 律子だけを全身へ巡らせる、新たな循環構造だった。


「異獣の律子結晶は、本来、高濃度の律子を蓄積する、器官に似た役割をするものだ」


 カイが静かに説明を続ける。


「もし龍脈塔の異常によって、通常ではあり得ない量の律子を取り込んでいたら――」


 映像の律子結晶が発光し、その光が全身へ広がるシミュレーションが表示される。


「律子結晶そのものが変質した可能性がある」


「変質……」


 黎が思わず呟く。


「変質、あるいは、律子結晶が全身へ再構成されたとでも言うべきか。それとも遺伝情報そのものが書き換わったのか。現時点ではまだ分からない」


 一拍置き、カイは続ける。


「ただ――」


 室内の視線が一斉に集まる。


「術律を行使するための機能を、後天的に獲得した可能性はある」


 その一言が落ちた瞬間、誰も口を開かなかった。


 術律を扱えるかどうかは、生まれ持った律因子によって決まる。


 だが合獣は――


 生まれた後に。


 何らかの理由で。


 術律を行使する能力を得た可能性がある。


「それが事実なら、世界の常識を根底から覆してしまいます」


いつも冷静沈着な副総監でさえも、額に脂汗が滲んでいる。


「ああ、とんでもないことになってきたな」


 これまで、カイの説明を苦笑いで聞いていた羅豪から、完全に表情が消えた。


「これは機密事項とする」


 低く響いた声に、室内の空気が張り詰める。


「特殊機動隊、カイ、ショウキョウ以外への情報共有を禁ずる。俺が上へ報告を上げ、正式発表となるまで絶対に漏らすんじゃねぇぞ」


「……それがいいでしょうね」


 静に続いて、玖狼が首肯する。


 現時点では、すべて仮説だ。


 だが、その仮説が正しければ、世界中に未曾有の事態が襲い掛かるだろう。


「既に四件の関連資料は通常の情報格納場所から隔離しておりますわ」


 ショウキョウが淡々と続けた。


「閲覧権限も、この場にいる者のみに限定済みです」


「助かる」


 羅豪は小さく頷く。


「ただ、俺としてはまだ人為的な線も疑っちゃいる。だから報告を上げるにも慎重にやらねぇとな」


 腕を組み、天井を仰ぐ。


「困ったことに、一か月後にゃ国際会議っつーでっけぇ行事も控えてんだ。まったく、こうも問題が起きやがってよ」


「誰かさんの日頃の行いが悪いから、仕事が一気に降ってくるんですよ」


 静が涼しい顔で言い放つ。


「優秀な部下を持つと、その仕事も早く終わるからなぁ。楽できて羨ましいだろぉ?」


 羅豪は肩をすくめて笑った。


 そんな二人のやり取りにも、玖狼は反応しなかった。


 投影された仮説を見つめ続ける。


 龍脈塔の異常。


 律子濃度の急上昇。


 合獣の発生。


 これまで点として存在していた異変が、初めて一本の線で繋がった。


「どうした、玖狼?」


 羅豪が視線を向ける。


「今後は、私たち特殊機動隊の方で、龍脈塔も調べます」


 その一言に、全員が玖狼を見る。


「合獣が出現してからの出動では後手に回ります。龍脈塔周辺に関連性があるなら、先に押さえる方が効果的かもしれません」


「次に異常が起きる塔は、分かんのか?」


 羅豪の問いに、カイがチャールズへ目を向ける。


「チャールズ」


「はい、マスター」


 薄紫色の瞳が淡く輝いた。


 大型投影機へ膨大な数値が流れ始める。


「現在、全世界の龍脈塔観測記録を統合中です」


 各地の観測データが高速で並び替えられ、解析が進んでいく。


「……すいません、獅岳(シガク)総監。データが膨大すぎて……解析完了まで、あと半日いただければと」


「分かった。結果が出たら俺と機動隊へすぐ連携しろ」


「かしこまりました」


 静が手元の資料を閉じる。


「今後、同様の事例が増えることを踏まえると、情報統制を維持しつつも、機動隊以外にも対応できる体制は整えておいた方が良さそうですね」


「だな」


 羅豪は即答した。


「そこら辺の難しいことは、優秀な部下である静に任せるとする」


「世の中では、それを丸投げっていうんですよ?」


「いやぁ、優秀な部下を持つと、上司が大変だな」


 特務庁ツートップのやり取りを端目に、黎は会議の冒頭から疑問に思っていたことをぶつける。


「そういえば、焔紅羽鷹とかの名称も、景堂(ケイドウ)副総監がお決めになられたんでしょうか?」


「既存分類との混同を避けるため、解析上はこちら側で名称を決めさせてもらった」


「……え?カイさんが考えたんですか?」


 黎の反応を見て、ショウキョウは口元へ扇子を添え、小さく笑う。


「いいえ、ワタシですよ!」


 どやん、と胸を張るチャールズ。


「そんな面倒なことはしない」


 カイはあっさりと言い放つ。


「ええ、これからの名称決めはチャールズくんに任せるとしましょう」


 静は、面倒が一つ減ったと安堵しているようだ。


「さて」


 羅豪の一言により、全員の視線が集まる。


「当面、機動隊には龍脈塔を中心に調査を行ってもらう。カイ、チャールズ、ショウキョウ。お前らは引き続き解析と機動隊のサポートを頼む」


「「承知いたしました」」


こうして、特務庁内で秘密裏に行われた報告会は幕を閉じた。



毎週土曜日12時更新予定です。


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次回更新:9月5日(土) 12:00 公開予定

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