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龍律 -Dragon Code-  作者: 次縁 最良
第一部 特殊機動隊 始動編
6/9

第六話 異変の輪郭

 紅羽鷹(こううよう)の討伐から、九日後。


 特殊機動隊は、広天(こうてん)大洋沿岸へ向かっていた。


 「隊長がいない任務って、なんか変な感じするな」

 窓の外を眺めていた雷(ライ)が呟く。


 玖狼(クロウ)は、相次ぐ異獣(いじゅう)の異変について、特務総監とともにWCO上層部へ報告に出向いている。

 今回、現場指揮を任されたのは副隊長の黎(レイ)だった。


「何?私じゃ不満?」

「いや、そういう意味じゃねぇって!」

「なら、ちゃんと働いてね」


「間もなく到着します!」

 チャールズの声に、全員が窓の外へ目を向ける。


 眼下には、青い海がどこまでも広がっていた。

 白い砂浜。その端には、海へ張り出すように岩場が連なっている。


 広天大洋沿岸。

 新たな異獣が確認された、二件目の現場だった。


 飛行艇が砂浜へ降り立つ。


 扉が開くと、潮の香りを含んだ風が吹き込んだ。


 黎たちは次々と外へ降り、荒れる海面へ目を向ける。


「対象を確認しました!」

 チャールズの薄紫色の瞳に光が走る。


「前方六百メートル。海中を高速で移動中――水属性の律子(りっし)干渉も確認!」

「今度は水属性か」

 雷が海を見渡し、拳を打ち合わせる。

「海で戦うのは初めてだな。こう色んな相手とやれるのは、オレにとっちゃありがたいぜ」


 沖合の海面が大きく盛り上がる。

 直後、巨大な影が海を突き破った。

 異常に発達した歯列。

 沿岸の漁師たちから恐れられる鮫型異獣、裂牙鮫(れつがこう)。


 だが、その巨体を覆うように海水が渦巻いていた。


「来る!」

 黎の声が飛ぶ。


 裂牙鮫が海面へ潜る。


 黒い背びれが水を裂き、一直線に海岸へ迫った。


「アルベール!動きを制限できる?」

「やります!」


 砂浜へ片膝をつき、両手を地面へ触れる。

 地鳴りが響いた。

 海へ張り出した岩場の周囲で、海底が隆起する。


 裂牙鮫の進路を塞ぐように岩盤がせり上がり、沖へ戻る道を一つずつ狭めていった。


「何するのぉ?」

 のんびりとした声が飛ぶ。


 ディアナだ。

 今回、アルベールとともに同行している特殊機動隊員で、火属性術律(じゅつりつ)と投擲武器を組み合わせた中距離戦を得意としている。


「岩場へ誘い込みます」

アルベールの返答に迷いはない。

「泳げる場所を残しながら、進路だけを潰します」


 隆起した岩盤に進路を削られ、裂牙鮫は狭い入り江へ追い込まれていく。


「雷、前へ。ディアナは岩場の上から援護。私は後方につく」

「おう!」

「はぁい」


 黎は狙撃銃を構え、岩場を駆ける雷の背を照準越しに追った。


 入り江へ誘い込まれた裂牙鮫が、水面を大きく跳ね上げる。

 巨体を覆う海水が渦を巻き、鋭い歯を並べた口が開いた。


「来いよ!」


 黄色い光が雷の全身を巡った。


 岩場を蹴り、水面から飛び出した裂牙鮫の側頭部へ拳を叩き込む。

 鈍い衝撃音。

 巨体が大きく傾いた。


「っしゃ!」

「雷、右!」

 黎の声が飛ぶ。


「――は?」


 裂牙鮫の尾びれが横薙ぎに振り抜かれた。


 雷が一瞬にして岩場から消える。


 派手な水音が響いた。


「雷?!」

「雷隊員!」


「くっそ、油断した!」

 海面から顔を出した雷が叫ぶ。


「早く上がって!対象が旋回しています!」

 裂牙鮫が水中で大きく向きを変えた。


 巨体を覆っていた海水が、一点へ集まっていく。


「水属性術律――出力上昇!」


 海面が大きく窪んだ。


 黎は銃口を向ける。

 照準の先。

 水中を駆ける巨大な影。

 引き金へ指を掛けた、その時。


「――っ」


 胸の奥が、僅かに疼いた。

 ひどく懐かしい何かに触れたような、奇妙な感覚。


 ほんの一瞬だけ感じた違和感に、指先が止まる。


 照準が逸れた。


「黎副隊長?」

 チャールズの怪訝な声が耳へ届く。


 海水を纏った裂牙鮫が、雷へ向かって加速する。


「雷隊員!」

「分かってる!」


 雷が岩場へ手を伸ばす。


 だが、ほんのわずかに遠い。


「dowe(土よ、) agisx pil(柱を築け)lar!」

 アルベールの詠唱によって、雷の真下で海底が隆起する。


「うおっ?!」


 せり上がった岩盤が、雷ごと海面を突き破った。


 直後、裂牙鮫がその側面へ激突する。


 轟音。


 岩盤が大きく揺れ、びしょ濡れの雷が岩場へ転がった。


「っぶねぇ……!」

「だから岩場の縁には立たないでください!」

「今それ言う?!」


 アルベールの声に、雷が顔を上げる。


 黎は狙撃銃を構え直した。

「……大丈夫。続けるよ」


 逸れた照準は、再び裂牙鮫を捉えていた。


 銃声が響く。

 強化された弾丸が裂牙鮫の背びれを貫いた。

 巨体が水面で大きく暴れる。


「アルベールくぅん」

 岩場の上から、間延びした声が飛んだ。


「はい?」

「さっきの岩盤、もう少し高くできるぅ?」


 ディアナが入り江を覗き込む。


 裂牙鮫は狭められた水域を旋回し、再び雷へ狙いを定めていた。


「できますけど……何するんすか?」

「ん~、窯みたいに作れなぁい?」

「窯?」

 アルベールが聞き返す。


「魚なら、美味しく焼かなきゃ♪」

 柔らかな笑みが浮かんだ。


「故郷でねぇ、魚を窯焼きにする料理があってぇ~」

「ひぃ……」

 アルベールの顔が引きつる。


「おい、待て」

 びしょ濡れの雷が勢いよく振り返った。


「今オレ、ここにいるんだけど?!」


「あらぁ」

 ディアナが頬へ手を添える。


「じゃあ、早く戻ってきてねぇ」

「軽っ!」

「雷、戻って!」

「分かってるって!」


 黎の指示に、雷が岩場を駆ける。


 その背後で裂牙鮫が水面を割った。

 海水を纏った巨体が、鋭い牙を剥き出しにして迫る。


「アルベールくん、さ、早く♪」

「ど、どうなっても知りませんから、ね――っ!」


 勢いよく地面へ両手をつく。


「dowe(土よ、) crst wal(壁を築け)l」


 入り江の両側から岩壁がせり上がった。


 逃げ道を塞ぐように。

 裂牙鮫を囲い込むように。


 岩壁が弧を描き、狭い水域を巨大な窯へと変えていく。


「雷くん、急いでぇ」

「んだぁああ!くっそぉおおおおお!」


 岩場へ飛び移った雷の足元を、裂牙鮫の牙が掠めた。


「うおっ?!」


 転がるように着地する。


「ディアナ!出たぞ!」


「はぁい♪」


 ディアナの両手に、細身の投擲刃が現れた。

 指の間に挟んだ刃へ、赤い光が灯る。


「まったくぅ」


 火属性の律子が渦巻く。


「うちの可愛い隊員に、魚ごときが生意気だよねぇ~」


 笑みは崩れない。


 五本の刃が放たれた。

 岩壁へ突き刺さる。


 直後。


「焼けちゃえ♪」


 炎が噴き上がった。


 五つの火点を繋ぐように、灼熱の炎が窯の内側を駆け巡る。

 裂牙鮫が激しく身をよじった。


 海水が持ち上がり、炎を押し返そうと渦を巻く。


「水属性出力、上昇!」

 チャールズが叫ぶ。


 だが、炎は消えない。


 ディアナがゆっくりと片手を握り込む。

 火勢が一段と跳ね上がった。


「お魚はぁ、中までちゃぁんと、火を通さないとねぇ~」

「ひぃ~……」

 アルベールが小さく声を漏らす。


 隣で雷も顔を引きつらせていた。

「……オレ、戻るの遅れてたらどうなってた?」

「考えない方が、いいと思います」

「だよな」


 轟音と共に炎が窯を呑み込む。


 裂牙鮫の巨体が一度、大きく跳ねた。


 やがて、水面を覆っていた渦が消える。


 岩壁の内側から、ゆっくりと白い蒸気が立ち上った。


「討伐反応、消失しました!」

 チャールズの声が響く。


「はぁい、おしまい♪」

 ディアナが両手を合わせた。


 雷とアルベールは、揃って燃え盛る岩窯を見つめる。

「……おっかねぇ」

「……怖いっすね」

「ん~?」

「「何でもないです!」」

 二人の声が綺麗に重なった。


「さて――お仕事です!」

 チャールズが岩窯へ駆け寄る。


「アルベール隊員、壁を一部開けていただけますか?」

「はい」


 岩壁が低い音を立てて崩れ、白い蒸気が溢れ出した。


「個体走査を開始――律子結晶(りっしけっしょう)反応――ありません」


 雷の表情から笑みが消えた。


「……やっぱりか」

「はい」


 チャールズが裂牙鮫を見下ろす。

「先日の紅羽鷹と同様です」


 黎は狙撃銃を下ろし、黙って死骸へ視線を向けた。


 三体目。


「収集データをマスターへ送信します」

「……偶然、じゃなさそうだね」

 黎の声に、誰も答えなかった。


 潮騒だけが、岩場の間を抜けていった。


◇ ◇ ◇


 裂牙鮫の討伐から、さらに六日後。


 玖狼たちは、レンディ自悠(じゆう)連邦の森林地帯を進んでいた。


「雷ちゃん、残念だったねぇ」

 穏やかな声を漏らしたのは、明葵(メイキ)だ。


「……まさか、本当に風邪引くとは思わなかった」

「海に落ちて濡れたまま戦ったらしいからね」

「乾かしもしないで、そのまま帰還してきたんだもん。自業自得でしょ」

 祇珠(ギジュ)が呆れたように言い捨てる。


「……」

「……」


「静かね」

 黎が周囲を見渡す。


 鬱蒼と生い茂る木々の間に、獣の姿はない。

 聞こえるのは、枝葉が風に擦れる音だけだった。


 先頭を歩いていた紅牙(コウガ)が、不意に足を止めた。

 黎も同時に顔を上げる。


「……多い」

「何体だ」


 玖狼の問いに、黎は森の奥を見据えた。


「……百は、いる」


 僅かな沈黙。


「まだ、増えてる」


 低い羽音が聞こえた。

 森の奥から響く音は瞬く間に重なり合い、木々の隙間を埋めるように膨れ上がっていく。


 玖狼が剣の柄へ手を掛けた。


「来るぞ」


 木々の隙間から、黒い影が飛び出した。


 一体。

 二体。

 数える間もなく、次々と姿を現す。


 人の頭ほどもある巨大な蜂。

 飛毒大蜂(ひどくたいほう)の群れが、森を埋め尽くすように押し寄せてきた。


「ぃやぁあああああああ!待って無理無理!数多すぎるって?!」


 祇珠の絶叫が森に響いた。


「聞いてた数と全然違うんだけどぉ!」

 半泣きで後退しながら、杖を両手で握り締める。


「寄生なんかされたら、助けてあげないからぁ!」

「祇珠、落ち着いて」


 黎は狙撃銃を構えたまま、群れを見据える。


 羽音が重なり、空気が震える。

 飛毒大蜂は無秩序に飛び回っているように見えて、その動きには妙な統一性があった。


「……変だね」

 明葵が目を細める。


 群れが左右へ割れた。

 その奥から、一際大きな個体が姿を現す。


 「女王個体を確認!」

 チャールズが叫ぶ。


 女王個体が羽を震わせる。

 淡い緑色の律子が、森へ広がった。


 地面を這う蔦が急激に伸びる。

 木々の根元では、見慣れない毒々しい花が次々と開いた。


「木属性術律を確認! 周囲の飛毒大蜂にも律子干渉が広がっています!」


 散開していた群れが、一斉に向きを変える。

 無数の尾針が、玖狼たちへ向けられた。


「迎撃!」


 抜き放った剣から、炎の斬撃が放たれる。

 数体の飛毒大蜂がまとめて焼け落ちた。


 黎の放った弾丸も頭上を飛ぶ飛毒大蜂を次々と撃ち抜いていく。


「来ないでぇええええ?!」

 祇珠が叫びながら、迫る一体を蹴り飛ばした。


「祇珠、後ろ!」

「分かってる!」

 振り返りざまに攻撃を叩き込む。


 飛毒大蜂が地面へ落ちた。

 だが、数は減らない。


「隊長」

 穏やかな声が飛んだ。


 明葵が、背負っていた大型の律機兵器を地面へ下ろす。


「少し、下がってもらえますか」

 玖狼が群れを見上げた。


「全員、後退!」


 隊長の号令に、黎と祇珠が即座に距離を取る。

 紅牙も玖狼の横へ戻った。


「ありがとうございます」

 明葵は柔らかく笑った。


 大型律機兵器へ手を触れる。


「keyn(金よ、) brdx boi(研ぎ澄ませ)st」


 白色の律子が流れ込んだ。


 直後、律機兵器が駆動音を響かせる。

 外装が左右へ展開し、内部から幾重もの機構がせり出した。

 砲身が伸びる。

 地面へ四本の固定脚が突き刺さり、次々と砲口が展開していく。


 明葵の背丈を遥かに超える巨大な砲撃台が、森の中に姿を現した。


「チャールズ。女王個体の位置、分かるかな」

「もちろんですとも!正面上方、距離三十二・六メートル!群れの中央です!」

「ありがとう」


 明葵が砲撃台の照準機構へ手を添える。

「じゃあ――まとめて落とそうか」


 轟音。


 白色の閃光が森を貫く。


 一発。

 二発。

 三発。


 砲口が次々と火を噴いた。


 放たれた砲撃が空中で弾け、無数の光弾へ分裂する。

 群れを追うように軌道を変え、飛毒大蜂を呑み込んだ。


 爆音が連続して響く。


 木々が激しく揺れ、翅音が掻き消された。


「ひっ……」

 祇珠が目を見開く。


 光が消える。

 空を埋め尽くしていた群れが、次々と地面へ落ちていった。


「女王個体、健在です!」

 チャールズが叫ぶ。


「仕留めきれなかったかー」

 明葵は困ったように笑う。


 砲身から白い煙が上がっていた。


「隊長。もう一度、撃ちますか?」

「いや」

 玖狼が剣を構える。


「道は開いた。十分だ」

「了解」


 明葵は素直に砲口を下げた。


「黎」

「任せて」

 銃口を女王個体へ向ける。


 群れを失った巨大な蜂が、激しく羽を震わせた。


 黎は照準を合わせた。

 女王個体の頭部。

 引き金へ指を掛ける。


「――っ!」


 突然、鋭い痛みが頭を貫いた。

 視界が一瞬だけ白く霞む。


 照準が僅かに揺れた。


 銃声。


 弾丸は女王個体の頭部を掠め、翅の付け根を撃ち抜いた。

 女王個体が体勢を崩す。


「黎?」

「……大丈夫!」


 玖狼は黎を一瞥した。

 それ以上は問わず、一気に女王個体との距離を詰める。


 炎を纏った剣を振り抜く。


 炎の斬撃が、巨大な躯体を斬り裂いたと同時に、翅音も止む。


「討伐反応、消失しました!」

「た、助かったぁ……」

 祇珠がその場へ座り込んだ。

「もう蜂は嫌……一生分見た……」


 明葵が困ったように笑う。


 玖狼は黎のもとへ歩み寄った。

「どこか痛めたか?」

「……一瞬頭痛がしただけ。もう大丈夫」

 黎はこめかみから手を離す。


 痛みはもう消えている。

 それなのに、胸の奥には小さな棘が刺さって抜けないような違和感が残っていた。


「無理はするな」

「うん」

 玖狼は僅かに眉を寄せた。


 黎の様子をもう一度見遣り、女王個体へ向き直る。


 チャールズが死骸へ近づく。

「律子結晶反応を走査――検出されません」


 玖狼の目が細まった。

「これで四体目か」

「はい」

 チャールズが静かに答える。


「金瞳虎王(きんどうこおう)。紅羽鷹。裂牙鮫。そして、飛毒大蜂の女王個体」

 薄紫色の瞳が淡く明滅した。

「術律行使個体から、律子結晶は一度も確認されておりません」


 玖狼は地面に横たわる女王個体を見下ろした。


 術律を使う異獣。

 討伐後に残らない律子結晶。

 もはや、偶然ではない。


「データをカイへ送れ」

「承知しました」


 森に、再び静かな風が吹いた。


 あの森で初めて目にした異変。


 世界にも、そして黎自身にも。


 その輪郭が、少しずつ浮かび上がっていた。


毎週土曜日12時更新予定です。

作品を気に入っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると、今後の執筆の励みになります。


次回更新:8月15日(土) 12:00 公開予定

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