第二話 初陣
冠 玖狼はそこにいた隊員全員を見渡した。
「特殊機動隊――出動する」
その一言に応えるように、傍らの狼の深紅の瞳は、獲物を見据えるように細められた。
「私、黎、雷、折嘉、祇珠、アルベールの六名で出る。残りは出動準備の上、庁舎で待機!」
「「了解!!!」」
玖狼の指示を聞くなり、凛は携帯端末を操作し始めた。
「冠隊長!私の方で出動申請と武装持ち出し許可、特務総監への報告まで済ませて参ります」
「頼む」
「はい!」
雷は凛へ向き直る。
「凛さん!行ってきます!」
「はい。お気を付けて」
凛は一歩踏み出しかけ、ふと黎を見る。
「黎さん。初出動、期待しております」
黎は少しだけ驚いたような顔をしてから、「ええ」と短く返事をした。
凛は満足そうに頷くと、そのまま訓練場から駆け出していく。
通信が入る。
『玖狼さん、情報管理部のショウキョウ・キリムです』
『後方バックアップはわたくしにお任せを』
「頼もしいな」
『対象は金瞳虎王と判明いたしました。
先行部隊は壊滅寸前。現在、地元防衛部隊が防衛線を維持しております。
避難率九十パーセント、行方不明者二名』
その名に、隊員たちの間へ僅かな緊張が走る。
金瞳虎王とは、二十年前、確認された唯一の特甲級異獣だ。
討伐までに戦闘部隊四隊が壊滅し、周辺集落にも甚大な被害を残したとの記録がある。
「了解」
『詳細は皆さまの端末にもお送り済みです。それと、カイ様が、準備を整えてお待ちしておりますわ』
玖狼の口元が僅かに緩むのを黎は見逃さなかった。
「わかった」
◇ ◇ ◇
格納庫へ足を踏み入れた瞬間、整備員たちの慌ただしい声が飛び交っていた。
「律駆馬全機、起動確認完了しています!」
「律子炉、出力正常!」
「通信系統、問題なし!」
その中心で、一人だけ落ち着いた様子で機体を眺めている男がいる。
カイ・リンショウだ。
「よし」
律駆馬の装甲に手を触れ、満足げに頷く。
「来たか」
機動隊の面々を視界に捉えると、黒鈍色に輝く機体たちを指差した。
「新型《律駆馬》だ。最高速度は従来型の一・三倍。姿勢制御も改良してある」
律算技術 ――術律を扱えない者たちが、その力を模倣するために生み出した近代技術だ。今や術律士たちの生活にも欠かせないものとなっている。
律駆馬は、その律算技術によって造られた機械式の騎乗機の一つだ。異獣の核でもある律子結晶を動力源とし、律子炉が結晶に蓄積された律子を機体へ供給する。搭載された演算機構《天演機》は周囲の地形を解析し、荒野や山岳地帯でさえ踏破する。
「一・三倍!?すっげぇ!」
雷が目を輝かせる。
「お前たちのための機体だ」
「あ、今朝カイさんが怒ってたのって……これか」
整備員たちが揃って気まずそうな顔をしている。
「君に手伝わせなくて良かったな」
「やっぱ、ひでぇ!」
白衣の男は、どこ吹く風と肩をすくめた。
「隊長殿、現場でのデータが欲しい。遠慮なく使ってこい」
「了解」
隊長を先頭に、隊員たちは次々と律駆馬へ跨る。
玖狼の相棒、紅牙は言葉を待つことなく軽く跳躍し、慣れた動きで玖狼の律駆馬の後部座席へ収まると、短く喉を鳴らした。
ギィィィ……
律子炉が低く鼓動を響かせ、六機の律駆馬はゆっくりと立ち上がる。
『現地までの予想到着時間は、二十四分です。最短経路はわたくしが案内いたします』
ショウキョウからの通信も繋がっている。
「各機、出発準備」
巨大な格納庫の隔壁が左右へ開き、日が差し込んだ。
「行くぞ」
六機の律駆馬が一斉に駆け出す。
黒鈍色の装甲が陽光を受け、重厚な金属光沢を放ち、機械仕掛けの四肢が力強い駆動音を響かせながら地面を蹴る。
「隊列を組め。雷、折嘉、祇珠、アルベール、黎の順だ」
短い指示だけで十分だった。
黎は先頭を走る玖狼の背を見据え、自機を最後尾へつける。
五機の律駆馬が次々と指定された位置へ滑り込み、一路、北方国境へ向かった。
◇ ◇ ◇
六機の律駆馬は北方国境付近へ到着すると、一斉に速度を落とした。
目の前に広がる森は、不気味なほど静まり返っている。
風が木々を揺らす音だけが耳に届いた。
「……静かだ」
玖狼の呟きに、黎も静かに周囲へ視線を巡らせる。
鳥の鳴き声一つ聞こえない。
地面には巨大な爪痕。
幹を抉られた木々。
踏み潰された草花。
そして、ところどころに乾ききっていない血痕が残っていた。
「これは……、ひでぇ……」
雷の表情から笑みが消える。
少し先では、地元の防衛部隊の隊員たちが負傷者を担架で運んでいた。
包帯は赤く染まり、うめき声があちこちから聞こえてくる。
そこへ、防衛部隊とは異なる、特務庁の隊服を着た男が駆け寄ってきた。
「応援ありがとうございます!第三戦闘部隊ですか?」
現地との連絡役として残っていた、律子災害対策部の隊員だ。
「……は?機動隊?」
期待を滲ませていた顔から、露骨に曇った。
「第三戦闘部隊は?」
「特殊機動隊 隊長の冠だ。状況を報告してくれ」
「……状況なら、そちらにも共有されているんじゃないっすかね」
「現場の報告を得たい」
「…………」
男は六人を順に見回した。
「こっちは戦闘部隊が二つ潰されてるんすよ」
吐き捨てるような声に、雷の眉が僅かに動く。
「半年も出動してなかった部隊に、今さら何が――」
「報告を」
低い声が遮った。
「……一時間ほど前、我々、律子災害対策部の戦闘部隊二部隊が金瞳虎王と接触。迎撃を試みたが……歯が、立たなかった……」
不満を残したまま、それでも男は報告を続ける。
「現在は住民避難を優先し、防衛線はなんとか維持している」
「行方不明者がいると聞いているが?」
「村民二名。最後に確認されたのは、この森の奥だ」
玖狼は地図へ目を落とした。
『玖狼さん』
ショウキョウから通信が入る。
『行方不明者二名の最終位置を皆さまの端末へ表示しました』
地図上に二つの赤い光点が浮かび上がる。
『生体反応から推測する限り、まだ生存している可能性があります』
玖狼は即座に判断した。
「救助を優先する」
「了解!」
快活な返事が飛ぶ。
「了解」
黎も静かに頷いた。
玖狼が視線を向けるより早く、紅牙は巨大な足跡へ鼻先を寄せた。
低く鼻を鳴らしながら匂いを拾い、ゆっくりと円を描くように歩く。
漆黒の身体が森の奥へ向く。
相棒に続いて、玖狼もその先へ視線を走らせる。
足跡の周囲には、鋭い爪で引き裂かれた跡が幾重にも刻まれていた。
「まだ、新しい」
土はまだ崩れ落ちていない。
つい先ほど付いた痕跡だ。
ピクリ。
紅牙の耳がわずかに震えた。
同時に、黎が足を止める。
「……待って」
空色の瞳が、森の奥ではなく頭上へ向いた。
『律子反応――』
ショウキョウの声色が変わる。
『急上昇しました!』
呼応するように、全員が武器へ手を掛ける。
森は静まり返ったまま。
何も見えない。
「……どこだ」
律子災害対策部の隊員の肩が、小さく震える。
風だけが木々を揺らす。
数秒の沈黙が続く。
「ヴゥウウウ……」
喉の奥から漏れる低い唸り。
その瞬間、玖狼の視線も鋭く上がった。
「構えろ――ッ!」
二つの視線が、同時に上空を捉えた。
ドォォンッ――!!
轟音とともに巨大な影が樹冠を突き破る。
土煙が舞い上がり、衝撃で周囲の木々が大きくしなる。
「グルルルルルッ!」
黄金の瞳。
全身を覆う黄金色の毛並み。
鋼のような牙をむき出しにした巨躯の虎――金瞳虎王だった。
「散開!」
隊長の声と同時に六人が左右へ飛ぶ。
ただ一人、律子災害対策部の男だけが動けなかった。
「――え」
金瞳虎王の前脚が振り上がる。
赤い閃光が、その眼前を横切った。
直後、金瞳虎王の前脚が弾かれる。
炎を纏った斬撃が、黄金の毛並みを掠めていた。
男の目の前に、黒い背中が立っている。
「雷、折嘉。前衛」
「うす!」
「承知!」
「黎は後衛狙撃」
「了解」
「祇珠、援護。アルベールはそいつを守りながら後方支援」
「了解!」
「はい!」
「俺が詰める」
金瞳虎王が再び前脚を振り上げる。
黎は銃口を上げながら、玖狼との距離を測る。
――あの位置なら、玖狼は右へ抜ける。
「玖狼、前!」
声と同時に、金瞳虎王の右前脚へ照準を合わせる。
乾いた銃声が弾ける。
弾丸が黄金の毛並みを掠めた。
その一瞬で、玖狼は間合いを外した。
「アルベール!」
アルベールは災害対策部員の前へ飛び出し、片手を突き出す。
「dowe crst wal」
淡い黄色の術式が広がり、二人を覆う防壁が立ち上がった。
金瞳虎王の爪が空を裂く。
斬撃は玖狼の脇を掠め、その後方にあった巨木を木っ端微塵に吹き飛ばした。
砕けた幹と枝が、凄まじい勢いで周囲へ降り注ぐ。
その破片が防壁へ次々と叩きつけられた。
「っひぃい!」
続けざまに鋭い爪が振るわれ、前衛の二人へ襲いかかる。
「速っ――!」
雷が身をひねり、紙一重で爪をかわす。
しかし、金瞳虎王は、巨体を捻り、その勢いのまま尾を薙ぎ払った。
「折嘉!」
重い横薙ぎが盾を捉え、折嘉の身体が吹き飛ぶ。
背中から巨木へ叩きつけられ、そのまま地面へ崩れ落ちる。
黎の視線が一瞬だけそちらへ向く。
「動かないで!」
祇珠がすぐさま駆け寄る。
――祇珠がいる。任せて大丈夫。
黎はすぐに金瞳虎王へ視線を戻し、木陰へ滑り込んだ。
玖狼と雷が前にいる。
二人が引きつけている間に、自分が撃ち抜く。
銃口を上げ、引き金を引いた。
乾いた銃声が森へ響く。
だが、銃弾が接触する寸前、金瞳虎王は首をわずかに傾ける。
弾丸は金色の毛を数本散らしただけで、後方の巨木へ突き刺さった。
「避けた……!」
空色の瞳がわずかに見開かれる。
二発。
三発。
狙いを変え、間隔をずらす。
それでも金瞳虎王は、すべてを紙一重でかわした。
――銃声に、反応してる……?
黎は照準越しに金色の巨躯を追う。
撃った後ではない。
こちらが引き金を引く、その瞬間にはもう動いている。
――弾道を読まれてる……!
金瞳虎王の黄金の瞳が、真っ直ぐに黎を捉えた。
金色の巨躯が地面を蹴る。
一直線に黎へ――。
「ヴォオオオオッ!!」
その瞬間。
漆黒の狼が横合いから飛び込み、鋭い牙で前脚へ食らいついた。
金瞳虎王の視線が一瞬だけ逸れる。
「今だ!」
雷が拳を叩き込む。
重い一撃。
しかし決定打にはならない。
巨体は数歩下がっただけだった。
「……硬ぇ!」
金瞳虎王が牙を剥く。
前脚が紅牙へ振り下ろされるより早く、漆黒の毛並みが地を蹴った。
「emn plsx burna」
入れ替わるように、黒い影が懐へ滑り込む。
握られた刃へ炎が走った。
一閃。
炎を纏った斬撃が、金瞳虎王の胸元を斜めに走る。
「グォオオオオッ!!」
初めて、巨体が大きく仰け反った。
玖狼は剣先を下げ、金瞳虎王との間合いを測る。
「効かないわけじゃない」
低い声が、戦場を通った。
黎は玖狼から視線を外し、再び照準を合わせる。
雷が拳を握り直す。
折嘉も盾を構え直した。
「行くぞ」
短い一言。
「うす!」
雷が地面を蹴った。
「dowe agisx boist」
淡い黄色の粒子が全身を包み込む。強化された脚が地面を踏み抜き、一歩ごとに大地へ亀裂が走る。
「うおおおおおっ!!」
金瞳虎王も迎え撃つ。
牙。
爪。
拳。
衝突のたびに衝撃波が森を揺らした。
その背後から銃声が響く。
一発。
二発。
三発。
栗色の髪が揺れるたび、引き金が静かに引かれる。
「keyn brdx pierce」
銃身を淡い白色の術式が駆け抜ける。
放たれた弾丸は金属性の術律を纏い、鋼をも貫く威力へと変わった。
――私が動きを止めなきゃ。
狙うのは急所ではない。
的確に撃ち抜かれるたび、金瞳虎王の動きがわずかに鈍る。
「この距離で、関節だけを狙ってるのか……!」
アルベールが声を上げる。
『律子反応の低下を確認!機動力が落ちています。』
空色の瞳は照準から外れない。
乾いた銃声が再び森へ響く。
四発。
五発。
六発。
かわした先の脚へ。着地した瞬間の肩へ。
積み重なる一撃一撃が、確実に巨躯の自由を奪っていく。
黎の視線が、雷へと移る。
「今だぁぁぁ!!」
雷が咆哮した。
淡く光る黄色の術式が拳へ集束する。
強化された身体が、一直線に金瞳虎王へ迫った。
渾身の拳が金瞳虎王の胸部へ炸裂する。
轟音。
巨体が大きく仰け反る。
積み重ねられた銃痕が、ついに耐え切れなくなった。
雷の拳が撃ち込まれた瞬間、黄金の毛並みに初めて亀裂が走る。
――玖狼なら、見逃さない。
「玖狼!」
黎の声が飛ぶ。
その声を待つより早く、漆黒の狼が駆けた。
紅牙が横合いから飛び込み、金瞳虎王の視線を奪う。
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赤い術式が足元で弾けた。
黒い影が、消える。
次に姿を捉えたときには、玖狼は金瞳虎王の懐にいた。
狙うのはただ一点。
黄金の毛並みに走った、胸元の亀裂。
炎を纏った刃が、その中心を走った。
数歩遅れて、金瞳虎王の巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
森を揺らしていた咆哮は、もう聞こえなかった。
『対象の律子反応、完全消失。
金瞳虎王の討伐を確認いたしましたわ』
通信越しに、小さく息をつく声が重なった。
「負傷者の救助を優先する」
一瞬緩みかけた空気が、玖狼の一言で再び引き締まる。
勝利に浸るのはまだ早い。
特殊機動隊は、すでに次の任務へ動き始めていた。
毎週土曜日12時更新予定です。
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