最恐の敵地
別の日の日曜日。ざくろは朝から電車に乗りある目的のため芦浦市の隣の洲芦市へとやって来た。
「こっからは敵地だ…気を引き締めねぇとな…」
芦浦市の不良はざくろの足元に跪いたが洲芦市ではざくろもまだまだ噂程度の存在でしかない。正体がバレた時には激しいケンカに発展することは想像に難くない。
目的地に着くまでの間ざくろは気を張り詰める。道中洲芦市の不良っぽい学生達と何回もすれ違い、ざくろの全国統一欲が刺激され何度も足(蹴り)が出そうになるが最大の目的のため何とか堪える。
そしてざくろは当然誰からも襲われる事なく目的地に無事到着する。
「ふん…あたしとタイマン張る根性もねぇか…洲芦の不良も対した事ねぇな。」
金髪ロングヘアパーマでTシャツ、ハーフパンツ、薄ピンク色のポシェットを肩に掛けた裸足スニーカーの、ちょっと小さい傍目から見るとおよそ不良に見えないざくろが洲芦市の不良からケンカを吹っ掛けられる要素は皆無であり当然の帰結である。
ざくろはある一軒のごくありふれた住宅の前に仁王立ちし表札を確認。
「伊藤…間違いねぇな。ここに来るのも久しぶりだ。相変わらずこじんまりして…憧れるぜ」
ざくろの家は広すぎるためトイレに行くのもお風呂に入るのも面倒であった。しかしこの一般的な住宅ではリビングを出るとすぐにトイレがあり、お風呂が溜まるとすぐに入れる。
ざくろは小さい頃その事に感動しそれ以来普通の住宅に憧れを持っているのだ。
人というのは自分に無いものに憧れるものである。
しみじみと一通り昔の事を思い出すと、すぐに鬼の形相へと変化させ呼び鈴を連打し始める。
「おらおらおら! 早く出て来やがれ! コイツカメラついてねぇな! ザコが! あたしの指が壊れるのが先か、コイツのボタンが壊れるのが先か! タイマンだ!」
けたたましく鳴り響いているであろう家の中から微かにパタパタとスリッパの足音と、はっきりとおっとりとした返事が聞こえて来た。
「はぁ〜い。どなた〜?」
中から現れたのはざくろ母と同い年のセミロングの女性。ざくろを見るなり目をまん丸にして口に両手を当て驚く。
「あらあらあら! もしかしてざくろちゃん!? お久しぶりね! しばらく見ないうちにおっきく…なって?」
女性は唇に人差し指を当てながら首を傾げる。そんな女性を見てざくろはため息を吐きながら一歩前に出て挨拶する。
「久しぶりだな。梨子叔母さん」
家から現れたこの女性はざくろの叔母、伊藤梨子。そう、この一般住宅こそざくろの宿敵が棲息する伏魔殿である。
気合いの入ったざくろの顔が突如両頬を引っ張られ間抜け顔に早変わりする。
「それはそうとざくろちゃん? 呼び鈴は連打しちゃダメってちっちゃい頃から言ってるでしょう?」
恐ろしい笑顔でざくろのほっぺをムニムニする梨子にざくろは強気の態度で応える。
「うるへぇ! じゃあしゃっしゃとカメラちゅきに替えやがれ!」
強気に凄むその言葉もほっぺムニムニのせいで間抜けになり形無しである。
梨子はほっぺの手を外し今度は優しい笑顔でざくろに尋ねる。
「それで今日はどんなご用? お家で何かあった? あ! 立ち話も何だからお茶でも飲みながらお話ししましょう!」
梨子がざくろの肩に手を回し家の中へ入るよう促す。ざくろは気合いを入れるように大きく息を吐き一言。
「ホントは茶なんていらねぇけどな! ミルクティーで頼む」
梨子はクスクスと笑いながら玄関でスリッパを出し、ざくろはスニーカーを脱ぎ最恐の芳香を放つその裸足をそのスリッパに滑り込ませる。
リビングに案内され梨子はお茶を淹れにキッチンへ行き、ざくろソファーに足を組んで座り早速本題に入る。
「で! あたしをあんな魔境に放り込んだ張本人は! あたしは奴に落とし前をつけさせに来たんだ!」
梨子は紅茶を淹れミルクピッチャーにミルクを注ぎながら上目遣いで考える。そして注ぎ終えると何かを閃いた様に声をあげた。
「ああ! ざくろちゃん桜花学園に入学したのよね! あそこはねぇ! 魔境よ!」
「んなこた知ってんだよ! だから元凶の奴を出しやがれ!」
パタパタとスリッパで地団駄を踏むざくろの前に紅茶セットが差し出されると、一口飲みそして砂糖とミルクピッチャーからミルクを紅茶へと注ぎ静かに混ぜて、スプーンをカップの向こう側へ置くと再び紅茶を飲んで、また地団駄を再開する。
「桃ちゃんね、今お友達と遊びに出かけてるの。ざくろちゃんが来るってわかってたら一緒に遊べたのにねぇ」
「くそ…! あたしが来る事を察しやがったか…あいつ勘だけはいいな…!」
紅茶を優雅に飲み終わると最早ここに用は無いと席を立とうとするが、梨子がそれを静止する。
「ざくろちゃん、叔母さんとざくろちゃんママの学生時代のお話し興味なぁい?」
その言葉に上げかけた腰を再びソファーへと戻し、対面に座る梨子を見据えるざくろ。
「いいね…聞かせてもらおうか」
足を組み両腕をソファーの上へと置き精一杯尊大な態度を取るざくろ。
梨子はそれを見てクスクス笑うと目を閉じて昔話を始めた。




