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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第5章「森の隣人たち」

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第96話「4000年の頑固には勝てません」

 エルフの集落は、静かすぎた。

 鳥の声も、虫の羽音もない。ただ巨木の枝の間を、マナの光が音もなく流れている。

 フィーネの背中が、いつもより小さく見えた。


 昨日の温泉で回復したフィーネは、朝一番に俺たちを集落へ案内すると言い出した。

 長老に、森の回復計画を直接提案するのだと。


「ユウトさん、すごい……木がぜんぶ生きてるにおいがする」


 ルナが目を見開いて、ぐるぐると首を回している。

 俺も思わず足を止めた。


 巨木だ。

 見上げると、幹の中をくり抜いた回廊が何層にも重なっている。螺旋状の階段が枝に沿って伸び、枝と枝の間には吊り橋が架かっていた。

 壁はない。代わりに、木の表皮そのものが建築の外壁になっている。窓にあたる穴からは、青白いマナの光がこぼれていた。


 住居としての効率性は認めざるを得ない。木を伐らず、生かしたまま建築に転用する。三千年かけて作り上げた技術だ。

 ──ただし、会議の効率は最悪らしい。


「フィーネ、長老って話が通じるのか」


「……長老は、聡明なお方です」


 答えになっていない。

 もう確信だ。めんどくさいことになる。


 フィーネの足が止まった。

 一際太い巨木の前。幹だけで家が三軒は入りそうだ。根元に彫り込まれた門の奥に、薄暗い広間が見える。


「……わたくしが話します。あなたたちは、後ろに」


 声が硬い。

 フィーネのこういう顔は初めて見る。怒っているのでも、呆れているのでもない。

 指先が、袖の端をぎゅっと掴んでいた。


 ……昼寝して待ってたいところだが、さすがにまずいか。



---



 広間は、巨木の内部をそのまま活かした空間だった。


 天井は高い。見上げると、木の年輪が渦を巻いている。壁面に沿って青いマナの光が脈動し、それだけで室内を照らしていた。松明も蝋燭もない。三千年前からこの光で暮らしてきたのだろう。

 空気がひんやりして、樹液の甘い匂いが鼻をくすぐった。


 広間の奥に、一人のエルフが座っていた。


 老婆──と呼ぶには、背筋が伸びすぎている。

 白い髪が腰まで流れ、皺の刻まれた顔にはまだ翡翠の光が宿っている。フィーネの目と同じ色だ。

 四千年。人間の寿命で四十回以上。ちょっと想像がつかない。


「──久しいな、フィーネ」


 長老の声は、低く、ゆっくりとしていた。

 急ぐ理由がないのだろう。四千年も生きていれば。


「長老。お時間をいただき、感謝します」


 フィーネが腰を折った。

 いつもの高飛車な態度はどこにもない。声が一段低い。


「森の東部、枯死区画の件でまいりました。現在、人間の──」


 フィーネがちらりと俺を見た。


「──協力者の手法を用いて、回復の実験を行っています。間伐によるマナ循環の改善は、試験区画で既に結果が出ています。木の成長率が二割以上向上し──」


「フィーネ」


 長老の一言で、フィーネの口が止まった。


「人間の手法を、森に持ち込んでいるのか」


 静かな声だった。

 フィーネの足が一瞬止まり、喉が小さく動いた。


「は、はい。ですが、結果は──」


「お前は以前にも、外の者に関わって問題を起こしたな」


 フィーネの肩が跳ねた。


 広間が沈黙に包まれる。

 フィーネの手が、腿の上で硬く握られていた。


「……あれは、二百年前のことです」


 フィーネの声が掠れた。


「人間の学者を森に招き入れた。あの者は森の研究をしたいと言っていた。わたくしは信じた。──結果、古木の枝を何本も持ち去られました」


 長老が目を細めた。


「お前の信用で招いた者が、森を傷つけた。その責はお前にある」


「……存じて、います」


「追放を免れたのは、お前の母の嘆願があったからだ。覚えておろう」


 フィーネが唇を噛んだ。

 拳が白くなるほど握りしめられている。


 ──こいつ。二百年間、ずっとこれを背負ってきたのか。


「長老。今回は違います。枯死区画を放置すれば、あと百年で東部の森は完全に死にます。わたくしは──」


「百年か」


 長老がゆっくりと瞬きをした。


「百年あれば、森は自ら治る。千年前にもそうだった。二千年前にもそうだった。人間の焦りで森を弄る必要はない」


 百年を「焦り」と呼ぶのか。

 このペースで会議してたら、結論が出る頃には俺は寿命で死んでるんだが。


「──では、その百年の間に失われる命は、どうなるのですか」


 フィーネの声が震えた。


「枯死区画の周囲に暮らす小動物たちは。マナの枯渇で弱っていく若木たちは。百年待てない命が、あるのです」


 長老は黙って、フィーネを見つめた。

 ルナの耳がゆっくりと伏せられていく。俺も息を止めていた。


「……フィーネ。お前の気持ちは分かる。だが、外の者を信じるのは、もうよせ」


 それで、終わりだった。


 長老が目を閉じた。

 それが「話は終わりだ」の合図なのだと、フィーネの表情で分かった。



---



 集落を出て、森の中を歩いた。


 フィーネが一言も喋らない。

 金髪が顔にかかっているのに、払おうともしない。


「……また、同じだった」


 ぽつりと、声が落ちた。


「わたくしが何を言っても、二百年前のことを持ち出される。百年前の焼却事件のことも。──わたくしは、信じたかっただけなのに」


 足が止まった。

 細い肩が、微かに震えている。


 ルナが、そっとフィーネの手を握った。


「フィーネさん。かなしいにおい、する」


「──ルナ」


「だいじょうぶ。あたし、ここにいるよ」


 フィーネが目を伏せた。

 握り返す力だけが、答えだった。


 ……こいつ、三百年間ずっとこの板挟みかよ。


 効率悪すぎだろ、その人生。


 四千年生きてて視野が狭いとか、あのばあさんも大概だ。だが──悪意で言っているわけじゃない。四千年守ってきたものを、そう簡単には変えられない。それは分かる。


 分かるが、めんどい。


 ここまで来て結果が認められないのは、もっとめんどい。温泉のマナ成分、試験区画の数値、三ヶ月分の実績。全部揃ってるのに。

 言葉で駄目なら、やり方を変えるしかない。


 俺は足を止めた。


「フィーネ」


「……なんですか」


「諦めるのは効率が悪い」


 フィーネが顔を上げた。

 翡翠の目が、赤くなっている。


「……何を、言って」


「言葉じゃ動かないなら、結果を見せればいい。──三ヶ月分の数字は、もう揃ってる。枯死区画の回復が目に見えて進めば、さすがにあのばあさんも無視できないだろ」


「でも、長老は──」


「四千年の頑固に正面から挑んでも勝てない。なら、回り道するだけだ」


 サボりの極意だ。正面突破がめんどいなら、横から行け。

 まさかエルフの政治問題に役立つとは。


「……あなたは、どうしてそう簡単に言えるのですか」


「簡単じゃない。めんどい。すげえめんどい」


 本心だ。


「だが、ここで引いたら、もっとめんどいことになる。それだけだ」


 フィーネが俺を見た。

 翡翠の瞳が揺れている。

 何か、別のものが混ざっていた。


「見せてやるか。……いや、まだめんどいが」


 俺は、半分本気で呟いた。


「……三ヶ月分の結果は、もう出てる。突きつけてやれば、あのばあさんも黙るだろ。……たぶん」


 フィーネの唇が、かすかに動いた。

 笑ったのか、泣きそうなのか。どちらとも取れる表情だった。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!

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