第94話「根っこ三本のつもりだった」
エルフの森は、奥に進むほど暗くなる。
木の幹は腕三本分。苔むした根が地面を這い、天蓋のような枝葉が空を覆い隠す。
だが──ある場所から先は、その木々が灰色に変わっていた。
足元の苔が、黒ずんでいる。
触れると、ぼろりと崩れた。
「ここから先が、問題の区画です」
フィーネの声が硬い。
いつもの高飛車な調子が消えている。それだけで、事態の深刻さが伝わってくる。
灰色の木々は、幹に触れるまでもなく死んでいた。
樹皮がひび割れ、枝先の葉は茶色く丸まっている。地面には落ち葉が厚く積もっているのに、虫一匹いない。
……静かすぎる。森のくせに。
「ここ、死んだにおいがする……」
ルナが鼻を押さえた。
銀色の耳がぺたりと伏せている。獣人の嗅覚には、相当きつい匂いらしい。
「100年前に焼かれた場所の、すぐ近くです」
フィーネが枯れた幹に手を添えた。
翡翠の瞳が揺れている。三千年を生きたエルフにとって、森の死は身内の死に等しいのかもしれない。
……さて。
ここまで来たからには、やることをやるか。めんどいが。
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俺は枯れた木の根元にしゃがみ、地面に手をついた。
冷たい土の感触。湿り気はあるのに、生き物の気配がない。
【効率化】、発動。
──最初に感じたのは、脈動だった。
地面の下を、何かが流れている。
血管のように枝分かれした細い流れ。マナの通り道だ。
手のひらから伝わる微かな振動を辿ると、流れの全体像がぼんやり浮かんでくる。
『地下マナ循環の流路を検出──この区画の直下に、流れを阻害している箇所が三つ。いずれも大型の木の根が腐敗し、通り道を塞いでいる。腐敗した根の深さは地表から二腕分ほど。100年前に焼かれた木の残骸と推定される』
──なるほど。
焼けた木は地上部分が片付けられても、根は地中に残る。それが100年かけて腐り、マナの流れを詰まらせていたわけだ。
「分かったぞ。原因は三本の腐った根だ」
「三本……?」
フィーネが息を呑んだ。
「焼けた木の根が地下で腐って、マナの通り道を塞いでいる。血管が詰まるのと同じだ。この三本を取り除けば、マナの流れは復活する」
「たった三本で……この広い区画が」
「マナの流れは水脈みたいなものだ。太い流れが詰まれば、下流は全部枯れる」
フィーネが膝をついて、俺の手の近くの地面に触れた。
目を閉じて、【植物操作】で確認しているらしい。
「……確かに。地下で何かが滞っている感覚は、わたくしにもあります。でも、位置までは──」
「俺の【効率化】なら、位置が分かる。お前の【植物操作】では、根を動かせる。つまり──」
そこまで言いかけて、止まった。
止まったのは、俺の口じゃない。
【効率化】が止まらない。
腐った根の位置を特定した時点で終わるはずだった。
なのに、分析が勝手に広がっていく。
『──流路の追跡を継続。阻害箇所三点の下流に、さらに枝分かれした流路を検出。この流路はエルフの森全域に及ぶ地下マナ循環の一部であり──全体の流路図を構築中』
待て。待ってくれ。
三本の根の位置だけでよかったんだが。
『構築完了。エルフの森──地下マナ循環の全流路図。主幹流路十二本、枝流路四十七本、末端流路は数えきれない。阻害箇所は先の三点を含め、合計九箇所。全てを解消すれば、森全体のマナ循環効率は現在の三倍以上に改善される』
…………。
やりすぎた。
腐った根を三本見つけるだけのつもりだった。
なのに、エルフの森全体の地下マナ循環の流路図が──頭の中に、全部ある。
どこに太い流れがあって、どこで枝分かれして、どこが詰まっているか。
森の地下の全貌が、手に取るように分かる。
……寝たい。こういうときに限って、スキルは余計に頑張る。
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「フィーネ」
「……はい」
「三本どころじゃなかった。詰まってる箇所が九つある。そして──森全体のマナの流れが、全部見えた」
フィーネが、固まった。
翡翠の瞳が、大きく見開かれている。
「全部……?」
「ああ。太い流れが十二本。枝が四十七本。どこで分かれて、どこに向かって、どこで滞っているか。全部」
沈黙が落ちた。
枯れた森の中に、風の音だけが残る。
フィーネの唇が震えた。
「三千年間──」
声が、かすれている。
「三千年間、わたくしたちにはこれが見えていなかった……」
感覚で「何か滞っている」とは分かっても、それが何本の流路のどこで、何が原因で起きているかまでは。
「あなたは一度手を当てただけで、三千年分の謎を……」
「別に大したことはしてない。スキルが勝手にやりすぎただけだ」
本当にそうだ。俺はただ、三本の根を見つけたかっただけなのに。
サボるためにやったことが大事になるのは、いつものことだが。
「ユウトさん、すごい!」
ルナが目を輝かせた。
「森の中身が全部分かったの?」
「中身っていうか……地下の流れだけだ」
「すごいすごい!」
疲れた。それだけだ。
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「で、どうする」
俺はフィーネに向き直った。
「九箇所の詰まりを全部解消すれば、森のマナ循環は今の三倍以上に回復する。お前の【植物操作】と俺の【効率化】を組み合わせれば、最小限の手間で根を取り除ける」
「組み合わせる……?」
「お前が根を操って動かす。俺がどの順番で、どの方向に引き抜けば周りの流路を傷つけないか指示する。一本ずつ、丁寧にやれば、森へのダメージはほぼない」
フィーネが俺をじっと見つめた。
長い沈黙のあと、翡翠の瞳が伏せられた。
「……認めたくないけれど」
また、その台詞だ。
「あなたのやり方は、合理的です」
それは褒め言葉だと受け取っておく。
「じゃあ明日やるか。今日は疲れた。寝る」
「もう? まだ日は高いですが」
「効率的に働いたぶん、効率的に休む。これが俺の流儀だ」
フィーネが呆れた顔をしたが、反論はしなかった。
認めたくないものが多い一日だったのは、お互い様だろう。
帰り道、フィーネが足を止めた。
「……あなたに見せたい場所があります。明日の作業の後で」
見せたい場所? 昼寝スポットならいいが。
「森の奥に、温泉があるんです」
……温泉。
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