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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第5章「森の隣人たち」

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第94話「根っこ三本のつもりだった」

 エルフの森は、奥に進むほど暗くなる。

 木の幹は腕三本分。苔むした根が地面を這い、天蓋のような枝葉が空を覆い隠す。

 だが──ある場所から先は、その木々が灰色に変わっていた。


 足元の苔が、黒ずんでいる。

 触れると、ぼろりと崩れた。


「ここから先が、問題の区画です」


 フィーネの声が硬い。

 いつもの高飛車な調子が消えている。それだけで、事態の深刻さが伝わってくる。


 灰色の木々は、幹に触れるまでもなく死んでいた。

 樹皮がひび割れ、枝先の葉は茶色く丸まっている。地面には落ち葉が厚く積もっているのに、虫一匹いない。


 ……静かすぎる。森のくせに。


「ここ、死んだにおいがする……」


 ルナが鼻を押さえた。

 銀色の耳がぺたりと伏せている。獣人の嗅覚には、相当きつい匂いらしい。


「100年前に焼かれた場所の、すぐ近くです」


 フィーネが枯れた幹に手を添えた。

 翡翠の瞳が揺れている。三千年を生きたエルフにとって、森の死は身内の死に等しいのかもしれない。


 ……さて。

 ここまで来たからには、やることをやるか。めんどいが。



---



 俺は枯れた木の根元にしゃがみ、地面に手をついた。

 冷たい土の感触。湿り気はあるのに、生き物の気配がない。


 【効率化】、発動。


 ──最初に感じたのは、脈動だった。


 地面の下を、何かが流れている。

 血管のように枝分かれした細い流れ。マナの通り道だ。


 手のひらから伝わる微かな振動を辿ると、流れの全体像がぼんやり浮かんでくる。


『地下マナ循環の流路を検出──この区画の直下に、流れを阻害している箇所が三つ。いずれも大型の木の根が腐敗し、通り道を塞いでいる。腐敗した根の深さは地表から二腕分ほど。100年前に焼かれた木の残骸と推定される』


 ──なるほど。

 焼けた木は地上部分が片付けられても、根は地中に残る。それが100年かけて腐り、マナの流れを詰まらせていたわけだ。


「分かったぞ。原因は三本の腐った根だ」


「三本……?」


 フィーネが息を呑んだ。


「焼けた木の根が地下で腐って、マナの通り道を塞いでいる。血管が詰まるのと同じだ。この三本を取り除けば、マナの流れは復活する」


「たった三本で……この広い区画が」


「マナの流れは水脈みたいなものだ。太い流れが詰まれば、下流は全部枯れる」


 フィーネが膝をついて、俺の手の近くの地面に触れた。

 目を閉じて、【植物操作】で確認しているらしい。


「……確かに。地下で何かが滞っている感覚は、わたくしにもあります。でも、位置までは──」


「俺の【効率化】なら、位置が分かる。お前の【植物操作】では、根を動かせる。つまり──」


 そこまで言いかけて、止まった。

 止まったのは、俺の口じゃない。


 【効率化】が止まらない。


 腐った根の位置を特定した時点で終わるはずだった。

 なのに、分析が勝手に広がっていく。


『──流路の追跡を継続。阻害箇所三点の下流に、さらに枝分かれした流路を検出。この流路はエルフの森全域に及ぶ地下マナ循環の一部であり──全体の流路図を構築中』


 待て。待ってくれ。

 三本の根の位置だけでよかったんだが。


『構築完了。エルフの森──地下マナ循環の全流路図。主幹流路十二本、枝流路四十七本、末端流路は数えきれない。阻害箇所は先の三点を含め、合計九箇所。全てを解消すれば、森全体のマナ循環効率は現在の三倍以上に改善される』


 …………。


 やりすぎた。


 腐った根を三本見つけるだけのつもりだった。

 なのに、エルフの森全体の地下マナ循環の流路図が──頭の中に、全部ある。


 どこに太い流れがあって、どこで枝分かれして、どこが詰まっているか。

 森の地下の全貌が、手に取るように分かる。


 ……寝たい。こういうときに限って、スキルは余計に頑張る。



---



「フィーネ」


「……はい」


「三本どころじゃなかった。詰まってる箇所が九つある。そして──森全体のマナの流れが、全部見えた」


 フィーネが、固まった。

 翡翠の瞳が、大きく見開かれている。


「全部……?」


「ああ。太い流れが十二本。枝が四十七本。どこで分かれて、どこに向かって、どこで滞っているか。全部」


 沈黙が落ちた。

 枯れた森の中に、風の音だけが残る。


 フィーネの唇が震えた。


「三千年間──」


 声が、かすれている。


「三千年間、わたくしたちにはこれが見えていなかった……」


 感覚で「何か滞っている」とは分かっても、それが何本の流路のどこで、何が原因で起きているかまでは。


「あなたは一度手を当てただけで、三千年分の謎を……」


「別に大したことはしてない。スキルが勝手にやりすぎただけだ」


 本当にそうだ。俺はただ、三本の根を見つけたかっただけなのに。

 サボるためにやったことが大事になるのは、いつものことだが。


「ユウトさん、すごい!」


 ルナが目を輝かせた。


「森の中身が全部分かったの?」


「中身っていうか……地下の流れだけだ」


「すごいすごい!」


 疲れた。それだけだ。



---



「で、どうする」


 俺はフィーネに向き直った。


「九箇所の詰まりを全部解消すれば、森のマナ循環は今の三倍以上に回復する。お前の【植物操作】と俺の【効率化】を組み合わせれば、最小限の手間で根を取り除ける」


「組み合わせる……?」


「お前が根を操って動かす。俺がどの順番で、どの方向に引き抜けば周りの流路を傷つけないか指示する。一本ずつ、丁寧にやれば、森へのダメージはほぼない」


 フィーネが俺をじっと見つめた。

 長い沈黙のあと、翡翠の瞳が伏せられた。


「……認めたくないけれど」


 また、その台詞だ。


「あなたのやり方は、合理的です」


 それは褒め言葉だと受け取っておく。


「じゃあ明日やるか。今日は疲れた。寝る」


「もう? まだ日は高いですが」


「効率的に働いたぶん、効率的に休む。これが俺の流儀だ」


 フィーネが呆れた顔をしたが、反論はしなかった。

 認めたくないものが多い一日だったのは、お互い様だろう。


 帰り道、フィーネが足を止めた。


「……あなたに見せたい場所があります。明日の作業の後で」


 見せたい場所? 昼寝スポットならいいが。


「森の奥に、温泉があるんです」


 ……温泉。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!

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