表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第5章「森の隣人たち」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/169

第91話「認めたくない味がする」

 木の実を割った瞬間、甘い蜜の匂いが鼻をくすぐった。

 黄金色の果肉から湯気が立つ。マーレンの鍋からは香草の匂いが広がり、隣ではルナの見つけた茸が炭火の上で弾けている。


 ……腹が減った。こうなると仕事にならない。



---



 ことの発端は、食材が増えすぎたことだった。


 試験区画の間伐が進んで、日当たりがよくなった一角に木の実がごろごろ成り始めた。ルナは森の奥で知らない茸を次々に見つけてくるし、マーレンが集落の裏で育てている香草も山ほどある。


 問題は、何と何を合わせればいいか分からないことだ。

 ……めんどくさ。


「マーレン、この木の実と茸、一緒に煮ていいのか」


「さあねぇ。あたしも初めて見る食材ばっかりだし」


 マーレンが鍋をかき混ぜながら肩をすくめた。

 食堂の竈には三つ鍋が並んでいて、どれもぐつぐつ煮えている。試行錯誤の最中らしい。


 めんどいが、しゃーない。

 俺は木の実を手に取って、【効率化】を発動した。


『食材分析──開始。この木の実は加熱すると糖度が増し、甘みが強くなる。茸は長時間加熱すると旨味が抜ける。軽く炙るだけが最適。組み合わせとして、木の実の甘みと茸の旨味は相補的。香草を少量加えれば風味が締まり、栄養の吸収効率も向上する』


 ……なるほど。

 要するに、木の実は煮込め、茸はさっと炙れ、ということだ。


「マーレン。この木の実は鍋に入れろ。茸は出して、炭火で軽く焼くだけにした方がいい」


「あんた、味より先に栄養の話する?」


「効率のいい食い方を言ってるだけだ」


「はいはい。でも、当たってんのよね、あんたの勘」


 マーレンが茸を鍋から引き上げて、炭火の上に並べた。

 じゅっと音がして、香ばしい匂いが立ち上る。


「ユウトさん! いいにおい!」


 ルナが駆け寄ってきた。

 鼻をひくひくさせて、鍋と炭火の間をうろうろしている。


「つまみ食いするなよ」


「しない! ……ちょっとだけ」


 する気だ。


「そうだ! フィーネさんも呼ぶ!」


 ルナが目を輝かせた。

 つま先が、もう森の方を向いている。


「え、いや、あいつは──」


 止める前に、ルナは走り出していた。

 銀色の髪が風に流れて、あっという間に森の方へ消えていく。


 ……まあ、来るかどうかは、あいつ次第だ。



---



 来た。


 渋々という顔を全身で表現しながら、フィーネが広場の食卓についた。

 ルナに手を引かれて、半ば強制連行されたらしい。


「別に、お腹が空いていたわけではありません」


 耳の先が赤い。空いてたんだろ。


 マーレンが木の器に料理を盛りつけた。

 木の実の甘い煮込みと、炙った茸、香草を散らした汁物。三種族の食材が一つの食卓に並ぶのは──たぶん、初めてだ。


「はい、スプーン」


 マーレンがフィーネの前にスプーンを置いた。

 木を削って作った、素朴なやつだ。


 フィーネが、スプーンを見つめた。

 見つめたまま、動かない。


「……どうした」


「何でもありません」


 何でもなくない。

 フィーネの細い指がスプーンの柄を掴んだが──握り方がおかしい。拳の中にすっぽり収めて、短剣みたいに持っている。


 フィーネがスプーンをぐるりと回し、握り直した。だが指先の迷いは消えない。エルフの食卓にこの道具は存在しないのだろう。


「フィーネさん、こうだよ!」


 ルナが自分のスプーンを掲げた。

 ──が、ルナの持ち方も怪しい。人差し指と中指で挟んで、箸みたいに使おうとしている。


「ルナ、お前もだいぶ変だぞ」


「え? あたし上手だよ?」


 上手ではない。

 汁物をすくおうとして、半分こぼした。


「あらあら、お嬢さん方は揃って不器用ねぇ」


 マーレンが楽しそうに笑った。

 フィーネの眉が吊り上がる。


「不器用ではありません。道具が悪いのです」


「はいはい、道具のせいね〜」


 フィーネが意地になってスプーンを操った。

 ぎこちない手つきで汁物をすくい、慎重に口元へ運ぶ。


 こぼさなかった。

 それだけで妙に誇らしげな顔をしている。


 そして──一口。


 スプーンが唇に当たったまま、動かない。


「……っ」


 止まった。

 フィーネの指が、スプーンの柄をきつく握りしめている。


「フィーネさん? おいしい?」


 ルナが覗き込む。


「……認めたくないけれど」


 フィーネが小さく呟いた。


「この味は──エルフの食事にはない、深みが」


 木の実の甘みと茸の旨味。香草の風味が後から追いかけてくる。

 三種族の食材が、一つの器の中で混ざり合っている。


「おいしいんだ! やった!」


 ルナが喜びの声を上げた。

 フィーネが慌てて顔を背ける。


「勘違いしないでください。エルフの食事の方が身体には合っているのですけれど──」


「おかわりする?」


「……少しだけ」


 素直じゃない。

 だが二杯目を受け取る手は、さっきより迷いがなかった。


 住民たちも集まってきて、広場がにぎやかになった。

 カイが「俺にも!」とでかい声を上げ、マーレンが追加の鍋を火にかける。


 ……初めての、三種族合同の食事会だ。

 いつの間にか、そういうことになっていた。


 食卓の端に、おもちゃが転がっていた。

 リタの木の実玉。ルッツの音当て玉。二人で作ったぱちん弓。


 人族の素材、獣人の革、エルフの木──三種族の遊び道具が、ごちゃ混ぜに並んでいる。


 誰が計画したわけでもない。子供は勝手に遊んで、勝手に混ざる。


 俺はそっと席を立ち、木陰に向かった。

 腹も膨れたし、あとは昼寝だ。


「どこ行くのよ、あんた」


 襟首を掴まれた。マーレンだ。


「食事会の言い出しっぺが抜けるんじゃないわよ」


「言い出したのはルナだろ……」


「味の指示出したのはあんたでしょうが」


 引きずり戻された。

 楽に暮らすために効率化したのに、なぜ余計に忙しくなるのか。


 ルナがフィーネの隣に座って、足をぶらぶら揺らしている。

 不意に、ルナがフィーネの金髪に顔を近づけた。


 すんすん。


「フィーネさん、いいにおい! はなのにおい!」


「な──っ、嗅がないでください!」


 フィーネの声が早口になった。

 言葉がろくに続かない。


「やわらかい! きらきらしてる!」


「だから離れ──っ」


 エルフの三千年の威厳が、獣人の鼻に敗北している。

 フィーネがルナを押し返そうとしているが、力加減が優しい。本気で嫌がってはいない。


 ──いい光景だ。

 俺は木の器を抱えたまま、ぼんやりとそれを眺めた。


 楽でいい。こういう日は。



---



 食事会がひと段落した頃。

 広場の隅で、フィーネが俺の袖を引いた。


 小さく、遠慮がちに。


「……あの木の実の保存方法を教えてくれませんか」


「ん。興味あるのか」


 フィーネが視線を逸らした。木の実をひとつ手に取って、指先でくるくると回している。


「森の保存食の参考に、少し」


 耳の先が赤い。もう隠す気もないらしい。


「乾燥させて、日の当たらない場所に吊るせばいい。マナを含んだ木の実は湿気に弱いから、風通しが大事だ」


「……覚えました」


 フィーネが小さく頷いた。

 翡翠の瞳が、さっきまでとは違う色を帯びている。柔らかい、というほどではない。だが、硬くはない。


「あなたの料理は──あなたの効率化は、たまに、認めたくない結果を出しますね」


「褒めてるのか」


「褒めていません」


 褒めてるだろ、それ。


 食後の片付けを住民に任せ(効率的だ)、木陰に転がる。

 ルナが隣にごろんと転がってきた。いい一日だった。


 ……と思ったのに。


 翌朝、フィーネが来た。いつもの高飛車な声ではなく、唇を噛んだまま。


「……相談が、あります」

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ