表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第5章「森の隣人たち」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/167

第90話「悩ましい樹洞と盗めない技術」

 フィーネが珍しく自分から声をかけてきた。


「……試験区画の経過を確認してもらいたいのですけれど」


 あのツンデレエルフが、自分から誘ってくる。

 ──何かの罠か。



---



 カイが柵の修繕に精を出している横を通り過ぎ、俺たちは森の中に入った。

 フィーネが先頭を歩き、俺とルナがその後を追う。


「試験区画ってこっちじゃないだろ」


「……少し遠回りします。森の状態を見たいので」


 遠回り。この森の奥は、俺はまだ足を踏み入れたことがない。

 正直、めんどくさい。試験区画で十分じゃないか。


「もう少しです。我慢しなさい」


「我慢って、俺は歩きたくないだけなんだが」


 道なき道を進むうちに、木々の密度が変わった。

 細い若木が混じっていた森の縁とは違う。幹の太さが倍になり、三倍になり、やがて根元だけで俺の背丈を超えるような巨木が立ち並び始めた。


 空気が変わる。

 肺に入ってくる息が、重い。冷たくて、甘い。


「すごい! もりの奥! きれい!」


 ルナが目を輝かせて走り出した。

 両手を広げて、足元の苔を踏みしめている。


「ルナ、あまり離れないで。この辺りは道を知らないと戻れません」


「はーい!」


 返事だけは元気だ。聞いてないだろうけど。


 さらに歩くこと十分ほど。

 フィーネが足を止めた。


「──着きました」


 目の前に、一本の巨木がそびえていた。

 巨木というか──もはや建物だ。


 幹の直径は、ざっと十メートル以上。根元が大地に深く食い込み、樹皮は苔と蔦に覆われている。だが枯れているわけではない。見上げれば、遥か頭上に青々とした葉が広がり、木漏れ日が金色の筋となって降り注いでいる。


「でかい。これは、すごいな」


 素直に出た言葉だった。



---



 巨木の根元に、入り口があった。

 自然にできた洞──ではない。アーチ状に整えられた開口部だ。


「ここがわたくしの住処です」


 フィーネがさらりと言った。

 まるで道端の小屋を紹介するみたいに。


「……自分の家に招くってことは、相当信頼されてるのか」


「勘違いしないでください。試験区画の報告に必要な資料があるだけです」


 耳の先がほんのり赤い。はいはい。


 中に入ると、息を呑んだ。


 巨木の内部が、くり抜かれていた。

 外から見た太い幹の中に、螺旋状の空間が広がっている。壁面は滑らかに磨かれた木肌で、指で触れるとしっとりとした温もりがあった。生きている木の体温だ。


 そして──光っている。

 壁面の木目に沿って、淡い緑色の光が脈動していた。マナだ。木の内部を流れるマナが、天然の照明になっている。


「きれい……」


 ルナが口を開けて見上げている。螺旋状の空間は上へ上へと続き、途中に棚のような張り出しや、蔦で編まれた手すりが見える。


 木の香りが濃い。外の森とは違う、もっと深くて温かい匂い。樹液の甘さと、どこか懐かしい安心感。


 ……悔しいが、すごい。


 俺は壁面に手を当てた。

 【効率化】が反応する。


『巨木の内部構造──分析。木を傷つけずに内部を空洞化している。成長を阻害せず居住空間を確保する仕組み。壁面の厚さは均一に保たれ、マナの循環経路を遮断していない。木の生命活動と居住空間が共存……この発想は応用できる』


 三千年。

 エルフがそれだけの時間をかけて磨いた建築の技。木を殺さずに、木の中に住む。


「……効率的だ」


 フィーネが振り返った。


「何を」


「この構造。木の成長を邪魔せずに内部空間を作ってる。しかもマナの流れを照明に使ってるから、別の光源がいらない。無駄がない」


 フィーネの翡翠の瞳が揺れた。

 自分の住処を褒められて、複雑な顔をしている。


「……それは、長い年月をかけて、わたくしたちが──」


『応用案──提示。集落の建材として木造構造を採用する際、この空洞化の仕組みを部分的に取り入れれば、生きた木をそのまま柱や壁として利用できる。建材の伐採量を大幅に削減可能』


「お前の技術、集落の建築に使えるかもしれない」


 フィーネの表情が凍った。


「──技術を盗む気ですか!?」


「盗むとかじゃなくて、応用だ。効率がいいものは使わないと──」


「三千年の技をひと目見ただけで『応用できる』ですって? あなたという人は……!」


 怒っているのか照れているのか。たぶん両方だ。


「すごい! きのなか! おうちだ!」


 ルナが螺旋の通路を駆け上がっていく。

 途中にある小さな穴──部屋と部屋を繋ぐ通路だろう──に頭を突っ込んだ。


 上半身はすんなり入った。

 だが──途中で止まった。


「あれ? あれれ?」


 腰から下がこちら側に残っている。尻尾がぱたぱたと揺れている。


「ルナ?」


「は、はまっちゃった……」


 通路の幅が狭い。エルフの細い体型を前提に作られた穴だ。

 ルナの体は──その、上半身に比較的豊かな箇所があるわけで。


「ちょ、動かないで! 引っ張りますから!」


 フィーネが慌ててルナの腰を掴んだ。


「いたた、フィーネさん引っ張らないで──」


「あなたが入るからでしょう! 獣人は身体の大きさを考えなさい!」


 フィーネが力を込めた瞬間、ルナの体がずるっと抜けた。

 反動でフィーネがよろけ、ルナと絡まり合いながら──俺の方に倒れ込んできた。


 柔らかい重みが二つ、同時に覆いかぶさる。


 ルナの銀色の髪が視界を埋め、フィーネの金髪が頬をくすぐる。

 どちらかの髪が俺の顎をくすぐっている。誰のかはわからない。


 ──けしからん光景だ。


「ごめんなさぁい!」


「きゃ──っ、離れ──は、早く離れなさい!」


 俺は天井を見上げたまま、冷静に言った。


「……構造上の問題だ。入口を広げるべきだな」


 ……していないことにする。



---



「もう来なくて結構です!」


 樹洞住居の外に追い出された。

 フィーネの声が、言葉にならないくらい上ずっていた。


「二度と! わたくしの家には!」


「いや、あの構造はもっと見たかったんだが」


「構造の話をしているのではありません!」


 フィーネが蔦で入口を塞いだ。ばさばさと葉が茂って、あっという間に壁になる。


「フィーネさーん! また来ていい?」


 ルナが手を振った。

 蔦の壁の向こうから、小さな声が返ってきた。


「……勝手にしなさい」


 拒否じゃない。フィーネ語で「来てもいい」だ。


 帰り道。

 ルナが鼻歌を歌いながら前を歩いている。ご機嫌だ。


 ……けしからん光景はともかく、あの建築の仕組みは使える。木を殺さず内部を空洞にする技術。もし集落の建築に応用できたら、伐採の手間が大幅に減る。


 つまり、俺がもっと楽できる。


「ユウトさん、顔にやけてる」


「にやけてない。効率のことを考えてただけだ」


 ……いや、待て。


 今日のフィーネ、自分の家に招いたってことは──あいつなりに心を開き始めてるのか。


 これ以上面倒な関係が増えるのは、効率が悪い。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!


【挿絵あり】

切り株から新芽。差し込む光。300年、ひとりで抱え込んでいた森が息を吹き返す瞬間。

フィーネのこの横顔、今まで見たことのない柔らかさだと思いませんか。

若い木に触れる指先が、ちょっと震えているのは……きっと風のせいです。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ