第89話「全部やるやつと、寝てる担当」
カイが張り切っている。
これは──経験上、面倒事が増える前兆だ。
「異種族交渉は俺の仕事だ!」とか言い出した時点で、どう考えても碌な話じゃないと思っていた。
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試験区画の入り口で、カイがフィーネの前に仁王立ちしていた。
腕を組んで、胸を張って。朝日を浴びてやたら眩しい。
「フィーネ! 今日の間伐の段取りだが──」
「……あなたに段取りの話をされた記憶はないのですが」
「いや、聞いてくれ! 俺なりに考えたんだ。まず南側の弱った木を──」
「南側に弱った木はありません」
「え」
「弱っているのは北西の斜面沿いです。マナの流れが山からの湧水に引っ張られるため、斜面下部の木は根が浅くなりやすい。三百年の観察で確認済みです」
カイが固まった。
口は開いているが、言葉が出ていない。
俺は少し離れた木の根元に腰を下ろして、その光景を眺めていた。
朝の森は空気が冷たくて気持ちいい。夜露が乾き始める湿った緑の香りが鼻をくすぐる。
……昼寝にはまだ早いが、このまま座って見物するのも悪くない。
「で、でも! 俺だって力仕事なら──」
「やる気で木は育ちません」
一撃。
フィーネの翡翠の瞳が、ひんやりと光った。
カイが黙った。
あの図太い男を一言で黙らせるとは。さすが三百年モノだ。
「ほら、言わんこっちゃない」
「うるせぇ……」
カイが肩を落として戻ってきた。
でかい体がしょぼくれると、余計に情けない。
「俺、何も知らないのか……」
「知らないんじゃなくて、畑が違うだけだろ。お前に木の話をさせるのが間違ってる」
カイは聞こえているのかいないのか、膝に拳を当ててうなだれている。
……こういうとき、真面目な奴ほどめんどくさい。
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それで諦めるかと思ったが──甘かった。
「せめて見回りだ。森の見回りくらいなら俺にもできる」
カイはそう言い残して、試験区画の奥に消えていった。
……ろくなことにならない。
「ユウトさん、カイさん大丈夫かな」
「さあ。まあ死にはしないだろ」
ルナが耳をぴこぴこ動かしている。
心配してるのか、楽しんでるのか。たぶん両方だ。
俺は木の根元に寄りかかって、うとうとし始めた。
見回りなんて、あいつが勝手にやって勝手に満足して帰ってくればいい。
五分後。
「……ユウトさん」
「ん」
「カイさんのにおい、ぐるぐるしてる」
「ぐるぐる?」
「同じところ回ってる。あと、ちょっと汗くさい」
迷子だ。
五分で迷子。試験区画は二百メートル四方しかないのに。
「……しゃーない。連れ戻してきてくれ」
「うん!」
ルナが地面に鼻を近づけて、すんすんと嗅いだ。
尻尾がぴんと立つ。方角が決まったらしい。
「こっち!」
あっという間に茂みの向こうに消えていった。
俺は木の根元に背中を預けて、目を閉じる。
──回収はルナに任せた。俺は寝てる担当だ。
しばらくして、がさがさと茂みが揺れた。
「カイさん、みーつけた!」
「う、うるせぇ……一人で戻れたっつの……」
嘘つけ。
ルナに手を引かれたカイが、情けない顔で戻ってきた。
服に葉っぱがいくつもくっついている。髪にも枝が刺さっていた。
でかい男が小柄な獣人の少女に引っ張られている絵面は、なかなかのものだった。
カイの耳が赤い。フィーネとは別の意味で。
「……笑うなよ」
「笑ってない」
笑ってはいない。呆れてるだけだ。
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日が高くなって、木漏れ日が真上から差し込む時間帯になった。
カイが試験区画の端にある切り株に座っていた。
膝に肘をつき、でかい手で顔を覆っている。
「……俺、リーダーなのによ」
ぼそっと、そんな声が聞こえた。
めんどくさ。
めんどくさいが──あいつがあのまま沈んでると、余計にめんどい展開になる。
やる気だけ空回りして、また変なことを始めるに決まってる。
俺は隣の切り株に腰を下ろした。
カイが顔を上げる。
「……何だよ」
「別に。日陰がここしかなかっただけだ」
嘘だ。三メートル先にもっといい木陰がある。
でもまあ、ここでいい。
「交渉は失敗。見回りは迷子。……リーダーがこれじゃ、話にならねぇ」
「当たり前だろ」
「……お前、慰める気ゼロだな」
「慰めてどうなる。事実は変わらない」
カイが苦笑した。殴られるよりましだ。
「お前さ、全部やろうとしすぎなんだよ」
「……何?」
「交渉はフィーネの領分だ。森の知識も、マナの流れも、あいつの方が詳しい。当たり前だろ、三百年住んでんだから。見回りはルナの鼻の方がよっぽど頼りになる。お前が同じことをやろうとしても、効率が悪すぎる」
カイが黙った。
「お前は実行力の人だろ。柵を直す、木を伐る、重いものを運ぶ。力仕事でお前に勝てる奴はこの集落にいない」
「……褒めてるのか?」
「事実を言っただけだ。全部やろうとするのは効率悪い。得意なことに集中しろ」
風が吹いた。
木漏れ日がちらちら揺れて、カイの横顔に斑模様を描く。
「……得意なことに集中、か」
カイが小さく繰り返した。
でかい手で後頭部を掻いて、ふっと息を吐く。
「お前に言われると腹が立つけどよ」
「知らん」
「……でも、たぶん正しい」
そう言って、カイは立ち上がった。
切り株から降りる動きに、さっきまでの情けなさはない。
「リーダーだからって全部できなきゃいけないわけじゃない──ってことか」
「知らん。俺は効率の話をしただけだ」
リーダーがどうとか、そんな大層な話をした覚えはない。
ただ、全部やろうとする奴のせいで俺の昼寝が邪魔されるのが嫌なだけだ。
「お前はリーダーでいい。俺は寝てる担当だ」
「……はは。何だそりゃ」
カイが笑った。
さっきまでの空元気じゃない、もうちょっとましな笑い方だった。
ルナが少し離れたところで、尻尾をゆらゆら揺らしながらこっちを見ていた。
目が合うと、にこっと笑う。
「カイさん、げんき出た?」
「おう。……ちょっとだけな」
「よかった! カイさんがしょんぼりしてると、空気がしょっぱいにおいするから」
しょっぱいにおい。汗か、涙か。
どっちにしろ、ルナの鼻は余計なものまで拾いすぎる。
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翌朝。カイが柵の修繕を黙々とやっていた。
森の交渉でもなく、見回りでもなく──自分が一番得意な力仕事を。
杭を打つ音が、朝もやの中に響く。
一打ごとに地面が揺れるくらい、力強い。
──ふと、あいつの手が止まった。
杭を握ったまま、何かを見ているような、何も見ていないような顔で。
一瞬だけ。
すぐにまた、力強い一打が響く。
何でもない。たぶん、何でもない。
……まあ、あいつはそっちの方が似合ってる。俺は寝る。
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