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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第5章「森の隣人たち」

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第88話「森が喜んでるにおいがする」

「ユウトさん! ユウトさん! 来て! 早く来て!」


 ルナが全力で駆けてきた。

 ……昼寝を邪魔されるのは効率が悪いが、あの尻尾の振り方は「いい知らせ」だ。


「んー……何」


「いいから! 早く! 見て!」


 腕を掴まれて引きずられる。

 抵抗する気力もない。ハンモックの温もりが名残惜しかった。


 間伐を始めて二週間。

 カイたちが毎日汗を流して、俺の立てた計画通りに弱った木を伐り続けた。

 俺は木陰で昼寝をしながら、たまに【効率化】で次に伐る木を指定するだけの生活。

 理想に近い。だから邪魔しないでほしかった。


「ほら、ユウトさん! ここ!」


 試験区画に踏み込んだ瞬間、足が止まった。


 ──違う。


 二週間前とは、景色が違う。

 木漏れ日が地面まで届いている。林の底に光の模様が広がって、下草が一面に芽吹いていた。

 踏みしめた土が柔らかい。湿り気を含んだ土と、青々とした葉の匂いが鼻を突いた。


 頭上の枝葉は、前より少ない。間伐で木を減らしたんだから当然だ。

 だが残った木の一本一本が、明らかに色が濃い。葉の緑が深くなって、幹に力がある。


 下草の間を、小さな影が走った。

 トカゲだ。二週間前にはいなかった。日差しが届くようになったから、戻ってきたんだろう。


「ね! ね! 分かる?」


 ルナが目を輝かせて振り返る。鼻をひくひくさせて、両手を広げた。


「この区画だけ、森が喜んでるにおいがする!」


 目尻が下がって、頬がほんのり赤い。


「ね、ユウトさん、分かる? あったかくて、甘くて……木がね、うんと伸びをしてるみたいなにおいなの。ルナ、この森に来てから一番好きなにおい」


 尻尾がぶんぶん振れている。本人は絶対に気づいていない。


 ──森が喜ぶ。

 普通なら笑い話だが、ルナの嗅覚は伊達じゃない。マナの流れが変われば空気の匂いも変わる。ルナはそれを「感情」として嗅ぎ取っているんだ。


「ルナ、ちょっと待ってろ」


 俺は手近な木に触れた。

 【効率化】を発動する。



---



 情報が流れ込んできた。

 二週間前に同じ区画で調べた記録と、今の状態。比較が頭の中で重なる。


『木と木の間隔を整えたことで、日照が改善。根の水吸い上げが向上。結果として、マナの巡りが以前の一・四倍に』


 一・四倍。

 たった二週間で、だ。


 俺は別の木にも手を当てた。同じ結果。三本目も同じ。

 区画全体で、マナの循環が上がっている。


 ……サボった甲斐があったな。いや、サボったのは俺で、働いたのはカイたちだが。


「何をしているの」


 振り返ると、フィーネがいた。

 相変わらず「監視」のていで毎日通ってくる。そろそろ建前も限界だろうに。


「ちょうどいい。フィーネ、この木に触ってみろ」


「……命令しないでください。わたくしが確認するのは、あなたのためではなく森のためです」


 はいはい。

 フィーネが木に手を当てた。金色の光が指先から滲んで、幹を伝っていく。


 【植物操作】。エルフの固有スキルだ。

 植物のマナの流れを直接感じ取れる。俺のスキルより精度は劣るかもしれないが、エルフが三千年かけて磨いてきた感覚は嘘をつかない。


 フィーネの手が止まった。

 翡翠の瞳が、わずかに見開かれる。


「……マナの流れが……」


「上がってるだろ。俺のスキルだと一・四倍。二週間前と比べて」


 フィーネが二本目の木に手を移した。三本目。四本目。

 どんどん歩いて、次々と木に触れていく。


 金色の光が走るたびに、フィーネの表情が硬くなった。

 怒りじゃない。困惑だ。自分の手で確かめた事実を、どう処理すればいいのか分からない顔。


「……伐ることが、壊すこととは限らない……?」


 小さな呟きだった。

 三百年以上信じてきた常識に、亀裂が入った音。


 ルナがフィーネの横に並んだ。


「フィーネさん、ここ、すごくいいにおい。あったかいにおい。木が元気なにおい」


「…………」


「ユウトさんがね、弱い木を抜いたら、強い木がもっと元気になるって。ほんとだったね!」


 フィーネは何も言わなかった。

 翡翠の瞳が、木漏れ日の中で揺れている。



---



「よっしゃあ! 俺にもやらせてくれ!」


 カイが走ってきた。

 肩に大振りの斧を担いでいる。どこから持ってきたんだ、それ。


「ユウト、次に伐る木はどれだ!」


「いや、お前は力加減を──」


「任せとけ!」


 カイが適当な木に斧を振り下ろした。

 ──ばきっ、と音がした。


 木ではなく、斧の柄の方だ。


 折れた柄がくるくると宙を舞い、草むらに落ちた。

 カイが斧の刃だけを握りしめて、固まっている。


「…………」


「……言わんこっちゃない」


「い、いや、今のは柄が腐ってただけで──」


「カイ。間伐ってのは力任せにやるもんじゃない」


 俺は【効率化】で一本の木を指定した。

 幹の根元の、ここ。この角度で、三回。それだけで倒れる。


 カイが言われた通りに、予備の手斧で三度だけ振った。

 こん、こん、こん。乾いた音。


 木がゆっくりと傾いて、計算通りの方向にすとんと倒れた。


「おお……」


「な。正しい場所を正しく伐れば、力はいらない。効率がいいだろ」


「……ユウト、お前すげえな」


「すごいのは計画を立てた俺じゃなくて、毎日伐ってくれたお前たちだけどな」


 つい口が滑った。

 カイが目を丸くしている。


「……今のは、効率の話をしただけだ。深い意味はない」


「ははは、お前も素直じゃないよな!」


 うるさい。


 フィーネが、倒れた木のそばに立っていた。

 切り株の断面を見つめている。年輪の中心が黒く変色していた。

 ──芯が腐っていたんだ。立っていても、もう長くなかった木。


「……偶然かもしれない」


 フィーネがそう呟いて、背を向けた。

 金髪が木漏れ日の中で揺れる。


「この木がたまたま弱っていただけ。マナの改善も、季節の変動の範囲内かもしれない」


「成果出てるのに認めないとか、効率悪すぎだろ……」


 聞こえたのか、フィーネの足が一瞬止まった。

 でもそのまま、森の奥へ歩いていく。


 ……ま、いいけど。

 認めたくないなら、勝手にしろ。俺は木陰で寝る。


 ちょうどいい木を見つけた。間伐で隣の木が消えて、日当たりが良くなった一本。

 根元の草が柔らかい。枕にぴったりだ。


 寝転がって目を閉じた。

 風が頬を撫でる。二週間前より暖かい。


 木陰は静かだった。

 鳥の声が聞こえる。トカゲが草を踏む音。遠くでカイが何かを運んでいる気配。


 ──と。


 頭上で、かすかな声がした。


「偶然よ。……偶然に、決まっている」


 フィーネだった。

 帰ったんじゃなかったのか。木の反対側にいたらしい。


 その声は、俺に言い聞かせているというより──自分自身を説得しているように聞こえた。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!

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