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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第5章「森の隣人たち」

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第87話「届かなかった手紙と、届いた声」

 間伐を始めて三日目。森の空気が変わり始めていた。

 ほんの数本を伐っただけなのに、木漏れ日の差し方が違う。踏みしめる落ち葉の湿り気まで。

 ……まあ、作業するのは俺じゃなくてカイたちなんだが。


「ユウト! 次はこの木か!」


 カイが手斧を肩に担いで、汗だくで振り返った。

 朝から黙々と指定した木を伐り続けている。こいつの体力はどうなってるんだ。


「ああ、その隣の細い方。根元にマナの滞りがある。倒す方向は北側な」


 俺は木陰に敷いた布の上から指示を飛ばす。

 立ち上がるのがめんどい。声が届くんだから、わざわざ近くに行く必要はない。


「了解!」


 カイの一撃で、乾いた音が森に響いた。

 こいつに任せておけば間違いない。間伐の監督なんて、寝ながらでもできる仕事だ。


 ……さて、昼寝の続きを──


「ユウトさん! ユウトさん!」


 ルナが走ってきた。鼻をひくひくさせている。


「この匂い……知ってる! 水のところ! 前に嗅いだのと同じ!」


「水のところ?」


「うん! こっち!」


 袖を引っ張られる。

 昼寝が遠のいていく。毎度のことだが、効率が悪い。


 ……しゃーない。ルナが興奮してるときは付き合った方が、あとで静かに寝られる。


 ルナに引きずられていく途中、端材の山が目に入った。

 間伐で出た枝や幹の切れ端──その中に、リタとルッツが潜り込んでいる。


 ルッツは先月ルナが部族に帰ったとき、「ルナねえについていく!」と泣いてくっついてきた六歳の男の子だ。小さな狼耳と灰色の尻尾がルナの小型版みたいで、リタの後ろをくーんと鳴きながら歩いている。


「リタねえ、この枝すごい! 曲げてもバキってならない!」


 エルフの木はマナを含んでいて、人族の木材とは弾力が段違いだ。ぐにゃりと曲がって、手を離すとびゅんと跳ね返る。


 リタが蔓を結んで、小石を挟んで──びゅん。

 石がカイの背中に当たった。


「いてっ!?」


「ごめんなさーい!」


 二人が端材を抱えて逃げていく。ぱちん弓、とリタが走りながら名付けていた。

 ……あとで飛距離を制限させよう。めんどいが、カイに当たり続けると間伐が止まる。



---



 試験区画の端を流れる小さな水路。

 幅は腕を広げた程度で、深さも膝ほどしかない。苔むした石の間を、透き通った水が静かに流れている。


 水面に木漏れ日が落ちて、きらきらと揺れていた。かすかに、青い葉の匂いがする。


「あれ!」


 ルナが水際にしゃがみ込んだ。

 指先が水面を指す。


 小さなものが、流れに乗ってゆっくりと漂ってきた。


 手のひらに収まるくらいの──葉の小舟。

 数枚の青い葉を細い蔓で精巧に編み合わせた、明らかに人工的な造形。


 見覚えがあった。


 ずっと前、集落の水路に流れ着いたことがある。あのときは「森の奥に誰かいる」と警戒したんだった。

 あれと、同じものだ。


「おー! ちっちゃいふね!」


 ルナが水から拾い上げる。

 濡れた葉が陽光を反射して、深い緑に光った。


 俺も受け取って、手のひらに乗せた。

 見れば見るほど緻密だ。葉脈に沿って蔓が通され、ほつれひとつない。


 【効率化】を発動する。


 意識を小舟に向けた瞬間、情報が流れ込んできた。


『植物のマナで情報を織り込んでいる。極めて効率的な通信の仕組みだ。受け手がマナを読めれば、文字よりも多くの情報を伝えられる』


 ……通信の仕組み?

 この小舟、ただの飾りじゃない。手紙みたいなものか。


「何を触っているの」


 声がした。

 振り返ると、フィーネが木の陰に立っていた。


 翡翠の瞳が、俺の手の中の小舟に釘付けになっている。

 表情が変わった。いつもの仏頂面でも、ツンとした顔でもない。


 ──翡翠の瞳が、小舟から離れなかった。


「フィーネ。これ、知ってるか」


「…………」


 フィーネがゆっくりと近づいてきた。

 長い指が、小舟に触れる。金色の光がかすかに灯った。マナを読んでいるのだ。


「……エルフの通信手段です」


 静かな声だった。


「葉にマナを編み込んで、水路に流す。受け手がマナを読めば、言葉を交わさなくても想いが伝わる。……わたくしたちの、古い風習」


「じゃあ、これは誰かへの手紙ってことか」


「ええ」


 フィーネの声が、少しだけ細くなった。


「外への手紙です。森の外に、同胞がいないか探すための」


 金髪が頬に落ちて、フィーネの表情を半分だけ隠した。


「でも──誰にも、届いたことはない」


 水路のせせらぎだけが、静かに流れていた。


「百年以上、流し続けています。返事は、一度も来たことがない」


 百年。

 俺には想像もつかない時間だ。


 エルフは長寿だと聞く。フィーネは三百年以上生きている。その三分の一を、返事の来ない手紙を流し続けて過ごしたということか。


 ……それは、めんどくさいとかいう次元じゃない。


「フィーネさん」


 ルナが、フィーネの横に立っていた。

 声が、いつもより低い。


「ずっと、ひとりだったの?」


「……エルフは孤独に強い種族です。森があれば、それで──」


「でも、おてがみ出してたんでしょ? だれかに届いてほしくて」


 フィーネの言葉が、途切れた。


 水路の水が、きらきらと光っている。

 木漏れ日が揺れるたびに、水面の模様が変わる。

 百年分の手紙が、この水路を流れていったのだ。誰にも届かずに。


「あたしたちがいたよ」


 ルナが、フィーネの手を両手で包んだ。


「届かなかったかもしれないけど──あたしたち、ここにいるよ。フィーネさんの声、聞こえてるよ」


 フィーネの翡翠の瞳が、揺れた。

 唇がわずかに震える。


「……あなたたちは、手紙の宛先では──」


「でも、いたよ!」


 フィーネが目を伏せた。

 長い金髪が頬にかかって、表情を隠す。


 ……俺は何も言わなかった。

 ここで気の利いたことを言うのは、俺の仕事じゃない。ルナに任せた方が効率がいい。


 しばらく、水の音だけが続いた。



---



「おへんじ書く!」


 ルナが突然叫んだ。

 水辺の落ち葉を一枚拾い上げて、その辺の小枝で何かを描き始める。


「ルナ、何を──」


「おてがみのおへんじ! フィーネさんに届いたよって!」


 ぐりぐりと葉っぱに模様を描いている。

 丸い顔。三角の耳。にっこりした口。


 ……それ、自分の顔か。


「はい! これ流す!」


 ルナが葉っぱを水路にそっと置いた。

 落ち葉は流れに乗って、くるくる回りながら下流へ漂っていく。


「ルナ」


 フィーネの声が、呆れと困惑の間で揺れていた。


「エルフの葉紙は文字ではなくマナで情報を──」


「まなってなに?」


「…………」


 フィーネが額に手を当てた。


「つまり、絵を描いても意味が──」


「でもかわいい!」


「……もういいわ」


 フィーネがため息をついた。

 だが──口の端が、ほんのわずかに上がっていた。


 笑っている。

 ほんの少しだけ。


 ルナはそれに気づいて、目を細めた。


「ね! フィーネさんも描く?」


「描きません」


「えー」


 水路に浮かんだルナの落ち葉は、もうずいぶん下流に流れていった。

 マナなんか一切込められていない、ただの落書き。


 でもまあ。

 百年間、誰にも届かなかった手紙に比べれば──ルナの落書きの方が、よっぽど届いてる気がした。


 俺はそれを口には出さない。言葉にするのがめんどくさい。



---



 帰り道、ルナが小さく笑った。


「フィーネさん、明日も来るって。監視だって言ってたけど──嬉しいにおい、してたよ」


 ……エルフの嗅覚事情はどうなってるんだ。いや、嗅いでるのはルナの方か。


 まあいい。

 明日も来るなら、成果を見せてやればいい。

 手紙が届かなかった分、目の前で森が変わっていくところを見せた方が早い。


 俺はあくびを噛み殺した。

 今日の昼寝は結局できなかった。明日こそは寝る。絶対に寝る。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!

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