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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第5章「森の隣人たち」

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第86話「試験区画と三ヶ月のサボり権」

 三ヶ月。

 それだけの時間を稼げれば、俺は堂々とサボれる。

 ──問題は、あのツンデレエルフが何を条件にしてくるかだが。



---



 翌日の昼過ぎ。

 フィーネが集落と森の境界に立っていた。


 腕を組んで、長い金髪を風に遊ばせている。

 昨日の耳の赤さは──見なかったことにしよう。


「条件があります」


 開口一番がそれだった。

 俺の隣でルナが尻尾を振り、後ろにカイが腕を組んで立っている。


「200メートル四方。この境界から南東の一角だけ」


 フィーネが森の端を指差した。

 細い指先が示すのは、昨日一本伐った木の周辺だ。


「その範囲でだけ、あなたの言う──間伐を試しなさい」


「期限は」


「三ヶ月。それで結果が出なければ──集落ごと、ここから出ていってもらいます」


 カイが「おい、そりゃ横暴だろ」と声を荒らげかけた。

 俺は手で制した。


「いいぞ」


「……は?」


 カイとフィーネの声が重なった。珍しい。


「三ヶ月で結果を出せばいいんだろ。楽な話だ」


 フィーネの翡翠の瞳が揺れた。


「……舐めないでください。わたくしは本気で──」


「お前が本気なのはわかってる。だから三ヶ月で黙らせる」


 フィーネが口をつぐんだ。

 長い耳がぴくりと動く。


「ユウトさん、すごい! 三ヶ月!」


「ルナ、三ヶ月って長さわかってるか」


「わかんない! でもすごい!」


 わかってない。まあいい。


 フィーネが踵を返しかけて、足を止めた。


「……もし森が少しでも傷んだら、その時点で終わりです。三ヶ月を待たずに追い出します」


「了解」


 金髪が翻って、フィーネが森の中に消えていく。

 三ヶ月のサボり権、確保。計画さえ立てれば、実作業はカイたちに任せて俺は昼寝ができる。


 ──最高か。



---



 試験区画に入った。


 200メートル四方。歩いてみると、けっこう広い。


 足元の土を踏むと、じわりと湿った感触が靴底に伝わった。腐葉土の匂いが鼻先をかすめる。


「ルナ、ちょっと静かにしてろ。集中する」


「はーい」


 ルナが木の根元にちょこんと座った。足をぶらぶらさせている。静かにはしてくれるらしい。


 俺は一番手前の木に手を当てた。

 【効率化】を発動する。


『幹の太さ──両手で抱えるほど。樹齢およそ80年。マナ循環──良好。根の広がり──南東方向に偏り。隣接する三本との養分競合あり』


 次の木。


『太めの幹。樹齢120年超。マナ循環──やや低下。北側の枝が枯れかけている。間引き候補』


 次。その次。さらにその次。


 一本一本、手を当てるたびに情報が流れ込む。木の健康状態、根の広がり、マナの経路、日照、水分量。

 全部が繋がっている。一本の状態が隣に影響し、そのまた隣にも波及する。


 ──めんどくさ。


 でも、ここで手を抜くと三ヶ月後に怒鳴り込まれる。それはもっとめんどい。

 未来の俺の安眠のために、今だけ頑張る。今だけだ。


 20本を超えたあたりで、頭の中に地図が浮かび始めた。


『最適間伐計画──提案。この区画の木、87本のうち23本を間引くことで、マナ循環効率が1.6倍に向上。日照条件の改善により、残存する木の成長速度が推定1.3倍に加速。根の養分競合が解消され──』


 スキルが止まらない。


 200メートル四方の計画を立てていたはずなのに、情報が勝手に広がっていく。

 この区画の木の根は、当然ながら区画の外にも伸びている。外の木とも養分を分け合い、マナを循環させている。


 つまり──この区画だけ最適化しても、根本的な解決にはならない。


『森全体の将来設計図──生成中。対象面積:およそ2キロメートル四方。間伐対象──312本。段階的な手順──五段階。所要期間──約三年。最終的なマナ循環効率──現状の2.8倍』


「…………」


 200メートルの計画を立てるだけのつもりだった。

 三ヶ月黙らせるための、最低限の段取りだけ。


 なのに、頭の中には森全体の再生計画が出来上がっている。三年分の工程表付きで。


「……やりすぎた」


「ユウトさん? だいじょうぶ?」


 ルナが心配そうに見上げている。


「ああ……ちょっと考えすぎた。200メートルの計画を作るつもりが、森全部の計画ができちまった」


「すごい! もり全部!」


「すごくない。めんどくさいだけだ」


 本音だ。計画があるということは、実行する未来が見える。管理がめんどい。


 ……三ヶ月分だけ切り出して、残りは無視しよう。それが効率的だ。



---



「──何を、しているんですか」


 声が降ってきた。

 振り返ると、木の陰からフィーネが半身を覗かせていた。


 監視、と言っていた。本当にしていたらしい。律儀なエルフだ。


「計画を立ててた。この区画のどの木を間引くか」


「……見せなさい」


 フィーネが歩み寄ってくる。

 俺は地面の枝を拾い、土に図を描いた。間引く木の位置、残す木、マナの経路。


 フィーネが目を見開いた。


「この配置……マナの循環経路を考慮して……?」


「ああ。弱った木を伐るだけじゃなくて、残す木の間隔を最適にすれば、根を通じたマナの流れがもっと良くなる」


 フィーネが俺の描いた図の横にしゃがみ込んだ。

 細い指で地面のマナ経路をなぞる。


「……ここと、ここの間のマナが……確かに、滞っている……」


 フィーネが近くの木に手を当てた。

 金色の光が指先から広がり、根を伝って隣の木へ、そのまた隣へ。

 【植物操作】で、マナの流れを直接確かめているのだ。


「…………」


 フィーネの表情が変わった。驚きと、悔しさと、認めたくない何か。

 昨日、一本伐った後と同じ顔だ。


「なんで、あなたが……触れるだけで、ここまで……」


「スキルだ。便利だろ」


「便利、の一言で済ませないでください」


 声が震えていた。

 三百年以上、森と向き合ってきたエルフだ。よそ者に気づけなかったことを指摘されて、悔しいのだろう。


「フィーネさん!」


 ルナが駆け寄ってきた。

 フィーネの手を両手でぎゅっと握る。


「すごいんだよ! ユウトさん、もり全部の計画作っちゃったんだよ!」


「……森、全部?」


 フィーネの瞳がこちらを向いた。

 翡翠色の奥に、鋭い光がある。


「200メートルの話ではなかったの」


「いや、200メートルの計画だ。ちょっとはみ出しただけで」


「ちょっと?」


 ルナが無邪気に補足した。


「2キロだって! 3年分だって!」


 余計なことを言うな、ルナ。


 フィーネがゆっくり立ち上がった。

 腕を組んで、俺を見下ろす。長い耳の先が、わずかに赤い。


「……監視は続けます。今日見た計画が、本当に正しいかどうか。わたくしがこの目で確かめます」


「好きにしろ」


「好きにするのはあなたでしょう。勝手に森全体の計画を──聞いていません」


「だから、200メートルだけやる。残りは無視する」


「…………本当に?」


「本当に」


 たぶん本当に。三年分の計画なんてめんどくさすぎる。三ヶ月サボれればそれでいい。


 フィーネが背を向けた。

 金髪が夕方の光を受けて、淡く光っている。


「……明日も来ます。監視ですから」


 足早に森の奥に消えていく。

 ルナが手を振った。フィーネは振り返らなかった。でも、長い耳の先だけが、また赤かった。


「ユウトさん」


「なんだ」


「フィーネさん、うれしそうだった」


「……どこがだ」


「におい! うれしいにおい、してた!」


 獣人の鼻は黙っていてほしい。



---



 翌朝、試験区画に向かうと──フィーネが先に来ていた。


「……念のため確認が必要なので。監視です」


 木漏れ日の中で、長い金髪が揺れている。三ヶ月の勝負が、始まった。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!

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