第86話「試験区画と三ヶ月のサボり権」
三ヶ月。
それだけの時間を稼げれば、俺は堂々とサボれる。
──問題は、あのツンデレエルフが何を条件にしてくるかだが。
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翌日の昼過ぎ。
フィーネが集落と森の境界に立っていた。
腕を組んで、長い金髪を風に遊ばせている。
昨日の耳の赤さは──見なかったことにしよう。
「条件があります」
開口一番がそれだった。
俺の隣でルナが尻尾を振り、後ろにカイが腕を組んで立っている。
「200メートル四方。この境界から南東の一角だけ」
フィーネが森の端を指差した。
細い指先が示すのは、昨日一本伐った木の周辺だ。
「その範囲でだけ、あなたの言う──間伐を試しなさい」
「期限は」
「三ヶ月。それで結果が出なければ──集落ごと、ここから出ていってもらいます」
カイが「おい、そりゃ横暴だろ」と声を荒らげかけた。
俺は手で制した。
「いいぞ」
「……は?」
カイとフィーネの声が重なった。珍しい。
「三ヶ月で結果を出せばいいんだろ。楽な話だ」
フィーネの翡翠の瞳が揺れた。
「……舐めないでください。わたくしは本気で──」
「お前が本気なのはわかってる。だから三ヶ月で黙らせる」
フィーネが口をつぐんだ。
長い耳がぴくりと動く。
「ユウトさん、すごい! 三ヶ月!」
「ルナ、三ヶ月って長さわかってるか」
「わかんない! でもすごい!」
わかってない。まあいい。
フィーネが踵を返しかけて、足を止めた。
「……もし森が少しでも傷んだら、その時点で終わりです。三ヶ月を待たずに追い出します」
「了解」
金髪が翻って、フィーネが森の中に消えていく。
三ヶ月のサボり権、確保。計画さえ立てれば、実作業はカイたちに任せて俺は昼寝ができる。
──最高か。
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試験区画に入った。
200メートル四方。歩いてみると、けっこう広い。
足元の土を踏むと、じわりと湿った感触が靴底に伝わった。腐葉土の匂いが鼻先をかすめる。
「ルナ、ちょっと静かにしてろ。集中する」
「はーい」
ルナが木の根元にちょこんと座った。足をぶらぶらさせている。静かにはしてくれるらしい。
俺は一番手前の木に手を当てた。
【効率化】を発動する。
『幹の太さ──両手で抱えるほど。樹齢およそ80年。マナ循環──良好。根の広がり──南東方向に偏り。隣接する三本との養分競合あり』
次の木。
『太めの幹。樹齢120年超。マナ循環──やや低下。北側の枝が枯れかけている。間引き候補』
次。その次。さらにその次。
一本一本、手を当てるたびに情報が流れ込む。木の健康状態、根の広がり、マナの経路、日照、水分量。
全部が繋がっている。一本の状態が隣に影響し、そのまた隣にも波及する。
──めんどくさ。
でも、ここで手を抜くと三ヶ月後に怒鳴り込まれる。それはもっとめんどい。
未来の俺の安眠のために、今だけ頑張る。今だけだ。
20本を超えたあたりで、頭の中に地図が浮かび始めた。
『最適間伐計画──提案。この区画の木、87本のうち23本を間引くことで、マナ循環効率が1.6倍に向上。日照条件の改善により、残存する木の成長速度が推定1.3倍に加速。根の養分競合が解消され──』
スキルが止まらない。
200メートル四方の計画を立てていたはずなのに、情報が勝手に広がっていく。
この区画の木の根は、当然ながら区画の外にも伸びている。外の木とも養分を分け合い、マナを循環させている。
つまり──この区画だけ最適化しても、根本的な解決にはならない。
『森全体の将来設計図──生成中。対象面積:およそ2キロメートル四方。間伐対象──312本。段階的な手順──五段階。所要期間──約三年。最終的なマナ循環効率──現状の2.8倍』
「…………」
200メートルの計画を立てるだけのつもりだった。
三ヶ月黙らせるための、最低限の段取りだけ。
なのに、頭の中には森全体の再生計画が出来上がっている。三年分の工程表付きで。
「……やりすぎた」
「ユウトさん? だいじょうぶ?」
ルナが心配そうに見上げている。
「ああ……ちょっと考えすぎた。200メートルの計画を作るつもりが、森全部の計画ができちまった」
「すごい! もり全部!」
「すごくない。めんどくさいだけだ」
本音だ。計画があるということは、実行する未来が見える。管理がめんどい。
……三ヶ月分だけ切り出して、残りは無視しよう。それが効率的だ。
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「──何を、しているんですか」
声が降ってきた。
振り返ると、木の陰からフィーネが半身を覗かせていた。
監視、と言っていた。本当にしていたらしい。律儀なエルフだ。
「計画を立ててた。この区画のどの木を間引くか」
「……見せなさい」
フィーネが歩み寄ってくる。
俺は地面の枝を拾い、土に図を描いた。間引く木の位置、残す木、マナの経路。
フィーネが目を見開いた。
「この配置……マナの循環経路を考慮して……?」
「ああ。弱った木を伐るだけじゃなくて、残す木の間隔を最適にすれば、根を通じたマナの流れがもっと良くなる」
フィーネが俺の描いた図の横にしゃがみ込んだ。
細い指で地面のマナ経路をなぞる。
「……ここと、ここの間のマナが……確かに、滞っている……」
フィーネが近くの木に手を当てた。
金色の光が指先から広がり、根を伝って隣の木へ、そのまた隣へ。
【植物操作】で、マナの流れを直接確かめているのだ。
「…………」
フィーネの表情が変わった。驚きと、悔しさと、認めたくない何か。
昨日、一本伐った後と同じ顔だ。
「なんで、あなたが……触れるだけで、ここまで……」
「スキルだ。便利だろ」
「便利、の一言で済ませないでください」
声が震えていた。
三百年以上、森と向き合ってきたエルフだ。よそ者に気づけなかったことを指摘されて、悔しいのだろう。
「フィーネさん!」
ルナが駆け寄ってきた。
フィーネの手を両手でぎゅっと握る。
「すごいんだよ! ユウトさん、もり全部の計画作っちゃったんだよ!」
「……森、全部?」
フィーネの瞳がこちらを向いた。
翡翠色の奥に、鋭い光がある。
「200メートルの話ではなかったの」
「いや、200メートルの計画だ。ちょっとはみ出しただけで」
「ちょっと?」
ルナが無邪気に補足した。
「2キロだって! 3年分だって!」
余計なことを言うな、ルナ。
フィーネがゆっくり立ち上がった。
腕を組んで、俺を見下ろす。長い耳の先が、わずかに赤い。
「……監視は続けます。今日見た計画が、本当に正しいかどうか。わたくしがこの目で確かめます」
「好きにしろ」
「好きにするのはあなたでしょう。勝手に森全体の計画を──聞いていません」
「だから、200メートルだけやる。残りは無視する」
「…………本当に?」
「本当に」
たぶん本当に。三年分の計画なんてめんどくさすぎる。三ヶ月サボれればそれでいい。
フィーネが背を向けた。
金髪が夕方の光を受けて、淡く光っている。
「……明日も来ます。監視ですから」
足早に森の奥に消えていく。
ルナが手を振った。フィーネは振り返らなかった。でも、長い耳の先だけが、また赤かった。
「ユウトさん」
「なんだ」
「フィーネさん、うれしそうだった」
「……どこがだ」
「におい! うれしいにおい、してた!」
獣人の鼻は黙っていてほしい。
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翌朝、試験区画に向かうと──フィーネが先に来ていた。
「……念のため確認が必要なので。監視です」
木漏れ日の中で、長い金髪が揺れている。三ヶ月の勝負が、始まった。
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