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第3話「家って言うな。寝床だ」

 木に触れた瞬間、頭の中に「何か」が浮かんだ。

 設計図──というか、完成形のイメージだ。この木をどう切り出せば最も無駄がないか。どの角度で組めば強度が最大になるか。

 全部、一瞬で分かる。……なにこれ。


 昨日まではせいぜい「この実は食える」「この石は刃物向き」程度だった。素材の良し悪しを教えてくれるだけの、まあ便利な直感。

 それが今朝、森の入り口で最初の木に手を当てた途端──


『この木、乾燥が進んでいて軽い。柱に向いている。根元から三十の高さで切り出せば梁が二本取れる──接合部は蔓で縛り、粘土で目止めすれば雨漏りを防げる』


 ……いや、情報量おかしくないか。

 昨日の「食える・食えない」から、急に一段跳んでいる。寝て起きたら進化してたのか、このスキル。


 試しに隣の倒木にも触れてみる。


『根元の腐食が進んでいるが上部は使える。壁材として優秀──八枚に割り、交互に組めば通気と遮風を両立できる』


 脳内に、淡い線で描かれた完成形の像がぼんやりと浮かぶ。壁の組み方、柱の立て方、屋根の傾斜。丸ごと全部だ。

 昨日の「素材の良し悪しが分かる」から、「どう組み合わせれば形になるか」まで見えるようになっている。

 ……これ、ものすごく便利じゃないか?

 俺がやりたかったことの全部を、勝手に最適解にまとめてくれている。


 問題がひとつだけある。

 体力がない。


 致命的だった。

 頭の中には理想の寝床がくっきり浮かんでいる。しかし俺の腕は前世の事務仕事で錆びついたまま転生してきたらしく、倒木を一本引きずるだけで息が上がる。

 設計は一瞬で終わったのに、運搬で日が暮れそうだ。

 ……めんどくさ。いや、めんどくさいとかそういう次元じゃなく、物理的に無理だ。


 だが【効率化】は、そこまで見越していたらしい。


『蔓を用いた滑車の要領で引けば、運搬に必要な力をおよそ五分の一に減らせる。丸太のころを三本並べ、その上を滑らせるとなお良い』


 五分の一。最初からそう言えよ。


 文句を垂れつつ、言われた通りにやる。太い蔓を木の枝に通して滑車もどきを作り、地面にころを並べる。

 倒木を蔓で縛って引っ張ると──嘘みたいに軽い。さっきまでびくともしなかった丸太が、するすると動く。

 少ない力で最大の成果。これだよ、これ。


 そこからはプラモデルを原寸大で組んでいるような感覚だった。

 頭の中の完成形に向かって、ひとつずつ部品をはめていく。柱を立て、梁を渡し、壁板を組む。蔓で縛り、粘土で隙間を埋める。

 手は泥まみれ。爪の間にまで粘土が入り込んで気色悪い。木の皮で手のひらが擦れてヒリヒリする。

 けど──形になっていく過程は、悔しいけど、ちょっと楽しかった。


 骨組みが立ち上がり、壁が三面まで仕上がった頃。

 西の空が、急に暗くなった。


 風が変わる。穏やかだった空気が、湿気を含んで肌にまとわりつく。

 まずい。雨だ。


 ぽつ、と額に一滴。


 その瞬間、頭の中でスキルが弾けた。


『屋根を最優先にすること──北側の梁に横木を五本渡す。次に大きい葉を重ねて並べ、南側に傾斜をつけて雨水を流す。葉の固定には粘土を薄く延ばして重なりに塗り込むのが最適』


 普段はぼそぼそ呟くだけのくせに、怒涛の指示だ。


 雨脚が強まる。もたもたしている暇はない。

 俺は泥だらけの手で横木を渡し、集めておいた大きな葉を重ね、粘土を塗った。


『南側の傾斜が足りない。あと三度上げること』


 うるさい、分かってる。


『粘土の厚みが偏っている。左端を補強すること』


 だから分かってるって。


 雨が本降りになる。髪から水が滴り、服が肌に張りつく。指先がかじかんで粘土をうまく掴めない。

 それでもスキルの声に従って手を動かし続け──


 最後の葉を押し込んだ瞬間、滝のような雨が降り始めた。


 間に合った。


 壁と屋根に囲まれた空間に転がり込む。外では激しい雨音。中は──濡れていない。一滴も漏れてこない。

 背中を壁に預け、泥だらけの手を膝の上に投げ出して、天井を見上げた。

 木の梁。重なった葉。粘土で塞いだ隙間。

 ……俺が作ったのか、これ。


「家って言うな。寝床だ」


 誰に言ってるんだか分からないが、そう呟いた。

 家なんて大層なものじゃない。最低限の屋根と壁。雨をしのげて、風を防げて、横になれるだけの場所。

 それだけで──こんなに安心するとは思わなかった。


 雨音を聞きながら目を閉じる。

 すると、スキルがまた囁いてきた。


『雨水を利用した排水溝の設計案がある。聞くか』


 ……は?


『かまどの配置は南東が最適。煙の逆流を防げる──ついでに、食料保存庫の間取りも提案できる。北側の壁沿いに涼しい空間を確保すれば長期保存が可能になる』


 待て。

 俺は寝床を作っただけだぞ。最低限の、雨風しのぎ。それなのに排水溝? かまど? 保存庫?

 お前、なんでそんなにやる気だ。


「わかったわかった。お前も盛り上がってんのは伝わった」


『壁の内側に乾燥した草を詰めれば断熱性能が──』


「うるさいな……明日にしろ」


 俺は仰向けになって、目を閉じた。

 雨音が屋根を叩いている。一定の間隔。心地いい。

 体中が痛い。腕は上がらないし、腰も背中もばきばきだ。前世の残業明けよりひどい。

 でも──前世の疲れとは、何かが違う。


 俺、今日、頑張ったな。


 ふと浮かんだ言葉に、少しだけ顔をしかめた。

 「頑張った」嫌いな言葉だ。前世じゃ頑張っても頑張っても報われなくて、だから嫌いになった。

 でも今日は、頑張った分だけ、ちゃんと屋根がある。壁がある。雨に濡れずに横になれている。

 ……複雑だ。


 スキルがまだ何か言いたそうにしているのを感じながら、俺は意識を手放した。

 明日。全部、明日だ。

 今日の俺は──もう何もしない。

お読みいただきありがとうございました!


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