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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第9章「大陸に響く噂」

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第172話「旧大陸の商人が頭を下げに来た」

 町の入り口に、見慣れない馬車が止まっていた。


 見慣れない、というのは正確じゃない。旧大陸の紋章が入った馬車だ。金の縁取りに、交差した天秤の紋章。あれは商人ギルドの印だ。


 ……なんか、やばいのが来た気がする。


 以前、来訪者の分類をしたときに紛れ込んでいた「非公式の接触」の男。外交窓口の列の最後尾で、旧大陸の正装を着て並んでいた男。フィーネが「ただの商人ではありません」と言っていた。


 あの男が――今度は正式に、馬車で来た。


「ユウトさん、だから言ったでしょう?」


 隣にトビアスがいた。いつの間に来たんだ、こいつ。


「お前が噂を広めたせいじゃないのか」


「噂じゃありませんよ。事実を正確に伝えただけです。結果として、ギルドが動いた。それだけのことです」


 トビアスの目が光っている。商人の目だ。獲物を見つけた目。こいつ、絶対に楽しんでいる。


***


 外交窓口。フィーネが対応に出た。


 商人ギルドの代表は、恰幅のいい中年の男だった。上等な革の靴が、泥道を歩くたびに不快そうに沈む。舗装された旧大陸の街から来た人間が、新大陸の泥に足を取られている。


 だが、その不快な顔が――町を見た瞬間、変わった。


 水路を見て、足が止まる。石と木の融合建築を見て、目が見開かれた。広場の中央にある共同井戸――ドワーフの技術とエルフの知恵が混ざった、多種族協働の結晶を見て、呆然と立ち尽くしている。


「これは……旧大陸にもない」


 代表の声が、震えていた。驚きの震え。


 トビアスが横で「ね?」という顔をしている。うるさい。


「お初にお目にかかります。わたくしはフィーネ。当共同体の外交顧問を務めております」


 フィーネが完璧な外交用の微笑みで迎えた。昨日まで認証状を抱えて感動していたのに、切り替えが早い。さすがだ。


「商人ギルド旧大陸支部、代表のマルクスと申します。本日は――交易協定のご提案に参りました」


 代表が頭を下げた。商人ギルドの代表が、新大陸の小さな共同体に頭を下げている。


 ……世の中、何が起きるかわからない。


***


 作業場に場所を移した。交易品の一覧を前に、俺はスキルを起動する。


 頭の奥に軽い振動。昨日の書類整合より、少し強い。


「交易品の需給と価値を見る。フィーネ、品目を読み上げてくれ」


「マナ含有農作物。ドワーフ精錬金属。融合建築技術。マナ香草。保存食」


 スキルが動いた。


 『交易品需給分析――マナ含有農作物の品質指数、旧大陸産と比較して四・七倍。要因は地下を流れるマナ脈の影響。主幹十二本、枝流路四十七本が作物に直接作用している。旧大陸ではこの規模のマナ脈は枯渇しつつある』


 四・七倍。


 俺がただ楽をしたくて効率化した農作物が、旧大陸の四倍以上の品質になっている。マナ脈のおかげだ。この土地に流れる地下のマナが、作物を勝手に強化していた。


「……マナ脈か」


「マナ脈?」


 フィーネが訊き返した。代表のマルクスも身を乗り出している。


「この土地の地下にマナの流れがある。主幹が十二本、枝が四十七本。それが作物に影響して品質を上げてる」


 マルクスの顔色が変わった。


「旧大陸では――マナが枯渇しつつあるのです」


 声が低くなった。商人の値踏みの顔ではない。もっと深刻な表情だ。


「農作物の品質が年々落ちている。特にマナ香草は、もう旧大陸では栽培が困難になりつつある」


 つまり、この町の作物は旧大陸にとって喉から手が出るほど欲しい。そういうことか。


 トビアスが横でにやにやしている。


「マナ含有作物一キロが旧大陸では金貨十枚相当。この畑の年間収量が――」


「計算するな」


「いやあ、つい。商人の性でして」


 こいつは本当に――。


 そのとき、鍛冶場の方角から怒号が聞こえた。


「誰が気づくんだ、こんな歪み!」


「師匠、見る人は見ます! 0.3ミリずれてます!」


 ガロンとニーナだ。商人ギルドに見せる展示品の仕上げで揉めているらしい。ニーナの甲高い声と、ガロンの太い怒号が交互に飛ぶ。


「……あいつら、来客中に喧嘩するな」


 マルクスが目を丸くしていた。ドワーフの師弟喧嘩を見るのは初めてだろう。


「精錬の品質管理がそこまで厳密なのですか」


「弟子が厳密なんだ。師匠は豪快なだけ」


 トビアスが「いい仕事をする工房ですね」と補足した。商人の顔に戻っている。


***


 交渉はフィーネに任せた。条件の整理もスキルで済ませてある。


 『交易条件の公平性検証――提示された条件に大きな偏りなし。ただし、マナ香草の独占買付条項は不均衡。共同体側に価格決定権を保持する条項を追加すること推奨』


「フィーネ、マナ香草の独占買付は外せ。うちに値段を決める権利がないと、あとで揉める」


「承知しております。わたくしも気づいておりましたわ」


 ……なら言ってくれ。


 俺は高台に上がった。町を見渡す。


 水路が走っている。畑が広がっている。石と木の建物が並んでいる。鍛冶場からまだガロンの怒号が聞こえる。住民たちが行き交い、来訪者と言葉を交わしている。


 「賢者さまのおかげだ」と通りすがりの住民が言った。


「やめろ」


 俺がやったのは、楽するために仕組みを作っただけだ。保存食の効率化とか、水路の設計とか、畑の作付けとか。それがなんで、旧大陸の商人ギルドが頭を下げに来る展開になるんだ。


 全てを無駄なく使い切る。それだけを考えてきた。余りが出たら保存する。保存したら交易に回す。交易に回せば流通が生まれる。流通が生まれたら――旧大陸から人が来る。


 ……やりすぎた。


 だが、悪い気分じゃない。高台から見下ろす町並みは、「楽をしたかった男」の仕組み作りの結果だ。怠惰が作った景色。


 昼寝の時間が欲しい。切実に欲しい。でも――まあ、もう少しだけ。もう少しだけ、仕組みを整えてから寝る。


 作業場に戻ると、フィーネが待っていた。


「ユウト殿」


 声をひそめている。


「商人ギルドの代表が、もう一つ持ってきた情報があります」


「……まだあるのか」


「ルナさんの部族から、返事が来たそうです。兄君ルガ殿が――直接こちらに来ると」


 フィーネの翡翠色の目が、まっすぐに俺を見ていた。


 ルナの兄が、来る。あの、金色の狼耳と瞳を持つ大男が。


 ……めんどくさいのが、また一つ増えた。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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