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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第9章「大陸に響く噂」

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第171話「四千年を生きた者が折れるとき」

 フィーネの声が震えていたのは、一瞬だけだった。


 次の瞬間にはいつもの端正な表情に戻っていたが、長い耳の先端が微かに揺れている。あの耳は、嘘がつけない。


 エルフの長老が、フィーネを外交顧問として正式に認めた。三百年間「はみ出し者」扱いだったフィーネが、ようやく故郷に認められたのだ。俺にとっては一行で済む話だが――フィーネにとっては、三百年分の重さがある。


「……よかったな」


「はい」


 フィーネの声は平静だった。でも耳は揺れたままだ。


***


 翌朝、町の入り口に見慣れない来訪者が現れた。


 見慣れない、と言っても最近は見慣れない顔だらけだ。来訪者が増えすぎて、新しい顔が来ても驚かなくなった。慣れというのは恐ろしいものだ。


 だが、今回の来訪者は少し違う。


 生真面目な顔立ち。張り詰めた弦のような緊張感。長い耳。エルフだ。しかも、フィーネが「あ」と声を漏らした。


「セレン……」


 フィーネの声が、震えている。今度は隠す余裕もなく。


「フィーネ」


 セレンと呼ばれたエルフが、真っ直ぐにフィーネを見た。手に、古い革の筒を持っている。風に乗って革の匂いが漂ってくる。長い年月を経た革だ。少なくとも百年は経っているだろう。


「長老からの認証状だ。お前を外交顧問として認める――その正式な書面を持ってきた」


 昨日の通達は口頭だった。それを書面で裏付けるために、わざわざ西の森から来たのか。


 俺はフィーネの隣で立っていた。邪魔にならないよう、半歩後ろ。こういう場面で俺にできることは何もない。


「……あなたが持ってきてくれたの?」


 フィーネの声が小さい。


 セレンの生真面目な顔が――ほんの少し、柔らかくなった。目尻の力が抜けた、というべきか。四千年を生きた長老が動いた。その重みを担って来た者の顔だ。


「長老の言付けがある」


「聞きます」


「『百年、我らは人間を遠ざけてきた。だが、あのフィーネが認めた者たちならば――試す価値はある』と」


 百年か。


 俺の前世、二回分だ。いや、前世は三十年ちょっとだったから三回分か。どちらにせよ、途方もない。人族の感覚では「歴史」と呼ぶ単位の話が、エルフにとっては一人の者の判断で動く。四千年を生きた長老の「試す価値はある」の一言は、人族にとっての国家間条約に等しい。


 ……めんどくさい話だな。でも、重い話でもある。


***


 場所を移した。外交窓口の横にある、静かなところだ。


 セレンが認証状を革の筒から取り出す。古いエルフの書体が並んでいる。俺には読めない。曲線と直線が絡み合った、独特の文字。


 フィーネが受け取った。指先が、微かに震えている。


 認証状を広げて目を落とした。長い耳が――震える。目元が赤くなった。でも、泣かなかった。唇を噛んで、息を吸って、吐いて。


「……ありがとう、セレン」


「礼を言われることではない。長老の判断だ」


 セレンの声は堅い。だが、言葉の端に――何かが滲んでいる。


 俺は黙って見ていた。この二人、昔は仲が良かったのだろう。いや、エルフの「昔」がどのくらい前なのかはわからないが。数百年、だろうか。フィーネが「はみ出し者」になる前。人族と関わる前の話だ。


「……お前は変わった、フィーネ」


 セレンが言った。


 その声に、批判はなかった。


「以前のお前は、森の中でしか生きられなかった。今のお前は――ここで、多くの者を動かしている」


 フィーネの唇が、もう一度震えた。堪えている。エルフの三百年分の感情を、全力で堪えている。


「セレン。あなたも――」


「わたしの話はいい」


 セレンが遮った。生真面目な顔に戻っている。でも、声だけが少し柔らかいままだった。


「務めは果たした。帰る」


「もう?」


「長居する理由がない」


 セレンは背を向けた。町の入り口に向かって歩き出す。


 振り返らないつもりだろう。こういう奴だ、たぶん。不器用で、真っ直ぐで、感情を見せるのが下手な――


 振り返った。


「フィーネ」


「はい」


「……次は、もう少し長く来る。森との窓口の話がしたい」


 それだけ言って、今度こそ背を向けた。


 フィーネの長い耳が震えている。目元が赤いまま、微笑んだ。泣かなかった。でも――あと一言あったら、危なかっただろう。


***


 セレンが帰った後、俺は作業場に戻った。


 フィーネもついてきた。認証状を大切そうに抱えたまま。


「さて。感動に浸るのは結構だが、仕事がある」


「はい。――承知しておりますわ」


 長老がフィーネを認めた。それはいい。だが、認めたということは協力範囲が生まれる。協力範囲が生まれるということは、既存の協定との整合が必要になる。


 要するに、めんどい書類仕事が増えた。


「スキル、頼む」


 頭の奥に振動。Lv4の補助的な起動。昨日の全力起動に比べれば、微弱な振動だ。


 エルフの協力範囲と、今ある外交窓口の受け入れ条件。二つの書面を並べて見比べる。スキルの目が赤い糸を紡いだ。


 『エルフ協力範囲と窓口受入条件――三箇所に齟齬あり。森林資源の共有条件が重複。また、情報開示の範囲が協力範囲では「限定的」、窓口条件では「全面的」と記載されており矛盾している』


「……やっぱりか」


 矛盾が三箇所。放っておくと後で揉める。後で揉めるほうが、圧倒的にめんどい。


「フィーネ、ここの三箇所、被ってるか矛盾してる。見てくれ」


 フィーネが書面を覗き込んだ。翡翠色の瞳が素早く動いて、指で箇所を辿る。


「ええ。こちらの情報開示の範囲は『限定的』に揃えますわ。森林資源の重複は――統合して一つの条項にまとめましょう」


 さすがに早い。三百年の知識は伊達じゃない。俺が見つけて、フィーネが直す。いい分担だ。楽でいい。


「やればできるじゃないですか」


「二度目だぞ、それ」


「ふふ。事実ですもの」


 認証状がフィーネの机の上に置かれている。古い革の匂いが、作業場に漂っていた。三百年の孤独が報われた証が、そこにある。


 俺は――まあ、書類の矛盾を見つけただけだ。楽をするために。いつも通り。


 フィーネが作業しながら、ふと呟いた。


「セレンが認めてくれるなら、旧大陸の商人ギルドの方々にも――伝わるかもしれませんね」


「商人ギルド?」


「ええ。実は、交易の打診が来ているのです。旧大陸から、直接」


 ……また、めんどい話が増えた。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


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