表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第9章「大陸に響く噂」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

166/172

第166話「三百年の知恵は伊達じゃなかった」

 フィーネが怖い。


 いや、いつもの堅苦しい物言いは変わらない。変わったのは目だ。あの穏やかな翡翠色の瞳が、交渉相手の言葉をひと言も逃さないと言わんばかりに光っている。


 外交窓口を設けて二日目。俺が設計した仕組みが、ようやく本格的に動き始めた。


 窓口と言っても、広場の一角に長机を並べて、受付と整理と交渉の三段階に分けただけだ。来訪者はまず受付で名前と要件を伝え、分類された後に担当者と話す。それだけの、単純な流れ。


 だが、その「交渉」を担うフィーネの手腕が尋常ではなかった。


***


「ではあなたがたの集落は、主に河川流域の漁労で生計を立てている、と」


「あ、ああ。そうだが——」


 来訪者の代表は、四十がらみの男だった。日に焼けた肌と太い腕。漁師か、あるいは河川沿いの開拓者だろう。フィーネの前に座って、露骨に居心地が悪そうにしている。


 無理もない。目の前にいるのが長い耳のエルフだ。


「エルフが人族の代弁をするのか」


「わたくしは代弁をしているのではなく、仲介をしているのです」


 フィーネの声は凛としていた。書類を繰る指先の動きに迷いがない。


「それに、あなたの出身は河川域の南岸集落ですわね。三十年前の旧大陸入植時代に総督府が割り当てた区画の——第七番です」


「なっ——なんでそれを」


「旧大陸の入植記録は、エルフの公文書院に写しがございます。わたくしは三百年、それを読んできましたので」


 男が口をつぐんだ。隣に座っていた連れの男女も、顔を見合わせている。微妙な空気だ。男の視線が一瞬だけ泳いで、すぐに戻った。


 フィーネはそこを逃さなかった。


「南岸集落は旧来、秋口に干物を作る慣習がありますわね。塩漬けの魚を河風にさらす。あの味は——わたくしも好物です」


「……知ってるのか」


「ええ。あの干物は、三十年前から評判でした」


 男の肩から力が抜けた。連れの女が小さく笑った。


 ——すげえな、こいつ。


 俺は少し離れた位置から眺めていた。窓口の裏手、木の柱に背を預けて。サボっているわけではない。俺の仕事は「仕組みを作る」ことであって「仕組みを動かす」ことではない。設計者は現場に出ない。出たら負けだ。


 横でカイが目を丸くしていた。


「え——なんだ今の。なんで出身地がわかったんだ?」


「三百年読んでるんだとさ」


「三百年……?」


 カイが唇を噛んで、目を逸らした。こいつはさっき、同じ来訪者に対して正面から「何が必要だ! 言ってくれ!」と突撃して、逆に質問攻めに遭って混乱していた。


 熱意は認めるが、外交は熱意じゃ回らない。


***


 次の来訪者は、さらに厄介だった。


 三組が同時に窓口に押しかけた。ドワーフ系の鍛冶集団。エルフ系の薬草師の一団。そして獣人の小集落の代表。


「酒を出せ。話はそれからだ」


 ドワーフの代表が開口一番に言った。背が低いが横に広い。筋肉の塊のような腕を組んでいる。


「書面をいただけますか。口頭での交渉は記録に残りません」


 エルフの薬草師がすかさず口を挟んだ。白い指で羊皮紙を取り出している。


「あたしたちは匂いで確かめたい。あんたの町の匂いを、もっと近くで嗅がせてくれないか」


 獣人の代表が鼻をひくひくさせながら言った。耳がぴんと立っている。


 三者三様。要求がまるで噛み合っていない。


 カイが横で頭を抱えた。


「全部同時にやるのか……?」


「無理でしょ」


 俺はスキルを起動した。頭の奥に微かな振動が走る。来訪者たちの要求が、赤い糸のように視界に浮かび上がった。


 『交渉要求の分類──ドワーフ系は慣習上、酒の提供を信頼確認の手順とする。エルフ系は文書記録を前提とした段階的合意。獣人系は嗅覚による直接的な信頼判定。三者の手順に重複はないが、順序が競合している』


 なるほど。やることは同じだが、順序が違うだけか。


 フィーネはすでに動いていた。


「順にまいりましょう。まず獣人の方」


「おっ。あたしか」


「ええ。嗅覚での確認は短時間で済みますわ。どうぞ、近くへ」


 獣人の代表がフィーネの近くに来て、首元に鼻を寄せた。すんすん、と短く嗅いでいる。フィーネの耳が少しだけ動いた。くすぐったいらしい。


「……うん。嘘の匂いはしない。いい匂いだ。花の匂い」


「ありがとうございます。では次に、ドワーフの方」


「酒は?」


「こちらに」


 フィーネが机の下から小ぶりの酒瓶を取り出した。用意がいい。いつの間に準備したんだ。


「交渉の席には酒を用意するものと、ガロン殿に教わりました」


「ほう……わかっているじゃないか、嬢ちゃん」


 ドワーフが満足そうに杯を受け取った。琥珀色の液体が、午後の日差しに輝いている。


「そしてエルフの方。書面はこちらに準備してございます。先ほどの二名の確認事項も含め、記録いたしますわ」


 三者が、それぞれの流儀で納得した。一連の対応にかかった時間は、半刻もない。


 カイが呆然としていた。


「……え、なんで? 俺が朝からずっとやってたのに、全然まとまらなかったのに——」


「適材適所だ」


 俺はカイの肩を軽く叩いた。叩くつもりはなかったが、こいつの凹み方があまりに素直なので、つい。


「お前の仕事は他にある。フィーネの代わりに、力仕事を引き受けてやれ」


「力仕事……?」


「来訪者の宿舎の手配とか。荷物運びとか。お前、体力だけはあるだろ」


「だけは、って……」


 カイの声が少し沈んだ。


「褒めてないぞ」


「わかってる……」


 でも、カイの足取りは軽かった。自分の役割が見つかると、こいつは強い。真っ直ぐに次の仕事へ向かっていった。


***


 午後になって、俺は作業場に戻った。正確には、作業場の裏手の縁側に倒れた。仰向けに寝転がって、空を見上げている。


 俺の仕組みが動いている。フィーネが交渉をさばき、カイが現場を走り回り、窓口が回転している。設計者の仕事は終わった。あとは寝るだけだ。最高だ。


「ユウトさん」


 ルナが隣に座った。楽しそうだ。


「フィーネお姉さん、楽しそうだね」


「そうだな」


「匂いが違うの。朝は緊張の匂いだったけど、今は——なんだろ、わくわくしてる匂い」


 フィーネが楽しんでいる。三百年の知識が、ようやく現実の外交で使い道を得た。それはフィーネにとって、きっと大きなことだ。


 スキルが頭の奥で微かに動いた。フィーネの交渉案件の進捗を整理しようとしている。勝手に仕事をする。


 『窓口の処理効率——現状の対応速度を維持すれば、本日中に六件の案件が——』


 はいはい。わかった。順調だってことだろ。報告しなくていい。俺は寝る。


 ルナの尻尾が俺の膝にかかった。温かい。午後の日差しが柔らかくて、このまま寝てしまいそうだ。


「任せて正解だったな」


「うん。フィーネお姉さん、すっごく格好いいよ」


 ルナの耳がぴこっと跳ねた。嬉しそうに。自分のことじゃないのに、誰かの頑張りを自分の喜びにできるのは、こいつのいいところだ。


 俺はそのまま目を閉じた。仕組みが動いている間は、設計者は寝ていていい。それが効率化というものだ。


 ——うとうとしかけたときだった。


「ユウト、ルナに来客だ」


 カイが駆けてきた。息が上がっている。さっきまで荷物を運んでいたんだろう、額に汗が光っていた。


「来客? ルナに?」


「ああ。南から来た獣人だ。……ルナの部族の者だと名乗っている」


 ルナの耳が、ぴんと立った。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ