第164話「外交窓口を作れば俺は寝ていられる」
俺が作ったのは、ただの窓口だ。
来訪者の要求を受け付けて、分類して、対応する順番を決めるだけの仕組み。どこにでもある受付だ。たぶん。旧大陸にはもっと立派なものがあるだろう。
なのに、フィーネはなぜか目を見開いている。
「……これを、一人で?」
「一人じゃない。スキルを使った」
「スキルを使ったとしても、です。この手順の流れ——受付から分類、優先度の判定、担当の振り分けまで、全てが一本の筋で繋がっています。旧大陸の総督府なら、外交局の役人が十人がかりで組み立てる仕事ですわ」
「十人?」
「ええ。しかも半年はかかります」
半年かけて十人でやることを、俺は一晩でやったらしい。やりすぎた感はある。だが仕方ない。面倒事を一刻も早く片付けたかっただけだ。
「外交窓口って要するに、俺の代わりに面倒事を処理する場所だろ。最高だ」
「そのような認識で……いえ、結果として優れた仕組みができているのですから、動機は問いませんわ」
フィーネが呆れ半分、感心半分の顔をした。長い耳がわずかに揺れている。
***
作業場の机に羊皮紙を広げて、ベルトを呼んだ。
窓口の仕組みは俺が設計した。だが、公的な文書に落とし込むのは俺の仕事じゃない。文書のことは文書の専門家に任せる。それが効率化だ。
「ユウト殿、拝見いたしました」
ベルトが羊皮紙を眺めながら、穏やかに頷いた。万年筆をさらさらと走らせて、余白に注釈を書き加えていく。紙の上をペン先が滑る音が、静かな作業場に響いた。
「骨格は実に見事です。旧大陸の総督府でも、ここまで簡潔に組み上げた文書は見たことがございません。ただ、公的文書としての体裁を整える必要がございますな」
「頼む。書式は任せる」
「承知いたしました。旧大陸の書式を下敷きに、この町に合った形で整えましょう」
ベルトが書き始めた。旧大陸の公文書の様式を取り入れつつ、余計な格式は省いている。有能だ。思わず椅子の背もたれに体を預けた。こういう仕事を黙々とこなしてくれる人間がいると、肩の力が抜ける。
その間に、俺はスキルを起動した。
『外交窓口の手順を最適化する──受付で要求を聴取、分類で種別と緊急度を判定、優先度で対応順を決定、担当振り分けで適任者に引き渡す。この四段階で処理が完結する』
頭の中に手順の流れが浮かんだ。淡い光を帯びた線が、四つの段階を繋いでいる。
『追加提案──交渉相手の表情筋の動きから嘘の確率を算出する機能を——』
「いらん」
『また、相手の心理的弱点を分析し、交渉を有利に——』
「うるさい。余計なことを提案するな」
スキルの余計なお世話だ。外交の窓口に嘘発見器をつける必要はない。ルナの鼻がある。
ベルトがひな型を書き上げた。受付用の書式、分類表、優先度の判定基準、担当の連絡先。全部で四枚。簡潔だが必要な情報は全て揃っている。
「ユウト殿、これで——旧大陸の外交局にも引けを取らない体裁にはなったかと」
「四枚か。旧大陸だと何枚になる?」
「五十枚は下りませんな」
効率化。これだ。四枚で済むなら四枚でいい。
***
森寄りの丘で、フィーネと合流した。
町の全景が見渡せる場所だ。広場では来訪者たちがまだ残っていて、昨日の食事会の余韻を引きずっている。風が草の香りを運んできた。フィーネの長い耳が、その風に揺れた。
「フィーネ。外交窓口の顧問を、お前に任せたい」
単刀直入に言った。回りくどい言い方は面倒だ。
フィーネが目を瞬いた。
「わたくしが、外交を?」
「お前以外にいない。三百年分の知識がある。旧大陸の外交の慣習も知っている。種族間の調整もできる。適任だ」
「……そんな大それたこと」
「大それてない。お前がやらなかったら、俺がやるしかなくなる。それは困る。死ぬほど困る。楽をしたいんだ」
フィーネが口元を緩めた。呆れているのか、笑っているのか。
「動機が不純すぎますわ」
「動機は関係ない。結果が全てだ」
風が吹いた。丘の下に広がる町を見下ろした。人が動いている。来訪者も、住民も。多種族が入り混じって、一つの場所で暮らしている。小さな町だが、もう小さくはない。
フィーネが長い息を吐いた。
「……やってみましょう」
「助かる」
「ですが、条件があります」
「……条件?」
「わたくし一人では回しません。カイと、ベルト殿との連携体制を整えてください。外交は窓口だけで完結しないのです。行政との連携、文書の管理、全てが噛み合わないと——」
「わかった。全部やる」
面倒だが、フィーネが引き受けてくれるなら安いものだ。連携体制を組めば、俺は本当に寝ているだけでよくなる。最高の取引だ。
フィーネが引き受けた瞬間、スキルが反応した。
『外交顧問の最適配置を算出——フィーネの知識量と経験年数から、最適な補佐の——』
「いや、もう決まったから」
スキルを遮った。もう決まったことを最適化する必要はない。
***
広場に窓口を設置した。
ベルトが書き上げたひな型を元に、受付台を一つ。その横にフィーネが立ち、カイが後方で書類を管理する。三人の連携体制。
動き始めた。
来訪者たちが列を作った。列を。自発的に。誰に言われるでもなく、整然と並んでいる。……まあ、仕組みが合えばそうなるか。
フィーネが最初の来訪者に向き合った。穏やかだが毅然とした声で、要求を聴取していく。分類して、優先度をつけて、対応方針を決めて、カイに引き渡す。流れるように。滞りなく。
ベルトが横で、公的文書に判を押している。穏やかな声で来訪者に説明しながら、書類を整理していく。
カイが後方で、引き渡された案件を処理している。昨日までパンクしていたのが嘘みたいだ。三人で分担すれば、一人の負荷が三分の一になる。
「……なんか、行政機関みたいになってる」
呟いた。俺は窓口の向かいの木陰に座って、それを眺めているだけだ。眺めているだけ。仕組みを作って、人を配置して、あとは見ているだけ。
最高だ。最高だが——やりすぎた感は否めない。ただの窓口を作ったはずが、外交部門の原型みたいなものができてしまった。
まあいい。動いているなら、それでいい。俺は寝る。
——と思った瞬間、列の最後尾に目が止まった。
見慣れない男が並んでいた。旧大陸の正装を着ている。胸元に紋章。商人ギルドの印だ。だが——纏う空気が、商人のそれとは違う。背筋が真っ直ぐすぎる。目が冷たい。値踏みではなく、観察の目だ。
フィーネの耳がぴくりと動いた。
「——あの方、ただの商人ではありません」
面倒事の種が、また一つ。
芽を出す前に摘めるといいが——たぶん無理だろう。こういうのは大体、面倒な方向に育つ。
経験則だ。
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