第162話「加盟希望者の列が見えるんだが」
翌朝、目が覚めたらカイが書類の山を抱えて立っていた。
俺の寝床の前に。朝日が差し込む扉の前に。逃げ場を塞ぐように。
「ユウト、加盟の申し出が十一件来てる」
「……十一? 昨日は五組だっただろ」
「夜中に六組増えた」
増えるな。夜中に増えるな。俺が寝ている間に増えるな。
「俺が対応するのは零件がいいんだけど」
「無理だ。来い」
腕を引かれた。抵抗する気力はあったが、体力がなかった。寝起きだ。朝飯も食ってない。人間は朝飯を食わないと動けない生き物なのだ。
カイは聞いてなかった。
***
広場の横に急造された応接所は、すでに戦場だった。
来訪者の代表たちが思い思いに座り、カイの前に書類を突き出している。革靴と草履が混在する足元。人の体温と声の反響が、狭い空間に充満していた。
「うちの集落の水源が枯れかけている。早急に共同体に加えてほしい」
「我々は鍛冶の技術がある。技術提供の見返りに、永住の保証を」
「いやいや、うちの方が先に来ただろう。順番を守ってくれ」
カイが全力で仕切っている。声を張って、一人ずつ話を聞こうとしている。だが代表たちは一人ずつ話す気がない。全員が同時に喋っている。
「落ち着いてくれ! 一人ずつ、順番に——」
「順番って何だ。誰が決めたんだ」
「それを今から——」
「うちの要求が最優先だ。水がないんだぞ」
「水より鍛冶の方が価値がある。まず技術力で判断すべきだ」
カイの額に汗が浮いている。書類を捌く手が追いついていない。声を張っているのに、声量で代表たちに負け始めていた。
前世で見た光景に似ている。一人の担当者に全部押し付けて回らなくなるやつ。胃の底が、じわりと重くなった。
「……お前一人に全部やらせるの、非効率だろ」
カイが振り返った。
「非効率とかじゃなくて、物理的に無理なんだが」
「それを非効率って言うんだよ」
***
作業場に戻った。カイを連れて。
代表たちには「順番は後で決める。それまで待ってろ」と伝えた。半分は不満顔だったが、残り半分は「賢者さまの判断なら」と妙に納得していた。崇拝が役に立つ日が来るとは思わなかった。今回だけだ。今回だけ許す。
「で、どうするんだ」
「順番を決める」
カイが首を傾げた。当たり前のことを言っただけだが、順番を決める基準が問題なのだ。「先着順」では不公平だし、「声が大きい順」では話にならない。
目を閉じた。頭の奥に意識を集中させる。
『加盟申し出の優先度を策定する。三つの軸で分類──緊急度、共存適性、資源貢献度』
スキルの声が響いた。昨日の分類結果を土台に、さらに深い分析が走る。
『緊急度:高が三件。水源枯渇の集落、交易路の治安悪化で孤立した商団、周辺の魔獣被害で退避中の小部族──いずれも対応が遅れると人命に関わる』
「人命か……」
面倒だが、死人が出る話は後回しにできない。後回しにしたら、もっと面倒なことになる。
『共存適性:高が四件。多種族との共存実績がある集落が四件──うち二件は緊急度とも重複。低が二件──昨日信頼度が低と判定された二件は、共存適性も低い。「獣人排除」を条件とする申し出は、この町の基本原則と矛盾する』
「矛盾っていうか、論外だろ」
カイが書類をめくりながら頷いた。
「獣人を追い出せって要求、俺も却下でいいと思う」
「ああ。そもそもルナたちがいなかったら、この町は成り立ってない」
『資源貢献度を算出──鍛冶技術の集落が最高評価。次点で薬草栽培の知識を持つ小集落。食料供給を申し出た三件は中程度だが、いずれも交易路の治安が前提条件となる』
交易路。治安。カイが反応した。
「治安か。そういえば、来る途中で盗賊に遭ったって言ってた代表がいたな」
「交易路の安全が確保されないと、食料も技術も運べない。議題に入れとけ」
「了解。外交の議題に治安問題を追加する」
カイがさらさらと書き留めた。やる気だけは十分だ。やる気があれば何とかなるわけではないが、ないよりマシだ。
優先度の一覧ができた。緊急度が高い三件を最優先。共存適性が低い二件は保留。残りは資源貢献度で順位をつけた。
「全部断れば楽なのに」
「断ったら、あいつら行き場がないぞ」
「……わかってる」
全部断れば今日中に昼寝できる。——カイの顔を見た。汗を拭きもせず、書類に向かっている。それだけで、もういい。
「これやっとけば、明日は楽になる」
「お前のモチベーション、毎回それだよな」
「他に何がある」
***
優先度の一覧をカイに渡して、俺は作業場の裏口に向かった。
任務完了。あとはカイに任せた。俺は昼寝を——。
裏口の扉を開けた瞬間、ルナが振り返った。
「ユウトさん、どこ行くの?」
裏口の前に座っていた。陽だまりの中で、尻尾をぱたぱた揺らしながら。午後の光がルナの銀色の毛並みに反射して、きらきらと輝いている。
「……散歩」
「嘘。ユウトさんの匂い、逃げる時の匂いだよ」
嗅覚を持つ獣人を相手に嘘をつくのは不可能だった。匂いで心理状態がわかるのは、便利なようで非常に不便だ。
「散歩しながら逃げようとした」
「それ、逃げてるよ」
正論だった。
ルナが声のトーンを上げて、小首を傾げた。逃げようとする俺が面白いらしい。面白くない。こっちは真剣に逃げようとしていたのだ。
「……逃げても、どうせ明日また同じことになるか」
「うん。たぶんね」
ルナが首を傾げた。銀色の髪がさらりと揺れる。
「でも、ユウトさんがさっき作った一覧、カイさんすごく助かってたよ。匂いでわかった。安心の匂いがしてた」
……そうか。まあ、あれで少しは捌きやすくなるだろう。三軸の優先度があれば、少なくとも「誰から対応するか」で揉めなくなる。
「あとは、誰かが窓口になってくれれば……」
「窓口?」
「来訪者の対応をする専門の場所だ。カイだけじゃ回らない。外交のプロみたいな奴がいれば——」
言いかけて、止めた。
心当たりが、ある。
作業場に戻ると、カイが優先度の一覧を広げて書類を捌いていた。俺はその横で、一覧をぼんやり眺め直していた。ふと目が止まる。分類の末尾に、一行だけ異質な項目がある。
「──旧大陸の商人ギルドから、非公式の接触? なんだこれ……」
スキルの分類に引っかかっていた。来訪者の中に紛れていた情報。商人ギルドの紋章を持つ者が、非公式に接触を求めている。
商人が来るのは珍しくない。トビアスだっている。だが「非公式」が引っかかる。正式な窓口を通さずに来る理由が、俺にはまだわからない。
面倒事の種が、また一つ増えた。
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