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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第9章「大陸に響く噂」

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第162話「加盟希望者の列が見えるんだが」

 翌朝、目が覚めたらカイが書類の山を抱えて立っていた。


 俺の寝床の前に。朝日が差し込む扉の前に。逃げ場を塞ぐように。


「ユウト、加盟の申し出が十一件来てる」


「……十一? 昨日は五組だっただろ」


「夜中に六組増えた」


 増えるな。夜中に増えるな。俺が寝ている間に増えるな。


「俺が対応するのは零件がいいんだけど」


「無理だ。来い」


 腕を引かれた。抵抗する気力はあったが、体力がなかった。寝起きだ。朝飯も食ってない。人間は朝飯を食わないと動けない生き物なのだ。


 カイは聞いてなかった。


***


 広場の横に急造された応接所は、すでに戦場だった。


 来訪者の代表たちが思い思いに座り、カイの前に書類を突き出している。革靴と草履が混在する足元。人の体温と声の反響が、狭い空間に充満していた。


「うちの集落の水源が枯れかけている。早急に共同体に加えてほしい」


「我々は鍛冶の技術がある。技術提供の見返りに、永住の保証を」


「いやいや、うちの方が先に来ただろう。順番を守ってくれ」


 カイが全力で仕切っている。声を張って、一人ずつ話を聞こうとしている。だが代表たちは一人ずつ話す気がない。全員が同時に喋っている。


「落ち着いてくれ! 一人ずつ、順番に——」


「順番って何だ。誰が決めたんだ」


「それを今から——」


「うちの要求が最優先だ。水がないんだぞ」


「水より鍛冶の方が価値がある。まず技術力で判断すべきだ」


 カイの額に汗が浮いている。書類を捌く手が追いついていない。声を張っているのに、声量で代表たちに負け始めていた。


 前世で見た光景に似ている。一人の担当者に全部押し付けて回らなくなるやつ。胃の底が、じわりと重くなった。


「……お前一人に全部やらせるの、非効率だろ」


 カイが振り返った。


「非効率とかじゃなくて、物理的に無理なんだが」


「それを非効率って言うんだよ」


***


 作業場に戻った。カイを連れて。


 代表たちには「順番は後で決める。それまで待ってろ」と伝えた。半分は不満顔だったが、残り半分は「賢者さまの判断なら」と妙に納得していた。崇拝が役に立つ日が来るとは思わなかった。今回だけだ。今回だけ許す。


「で、どうするんだ」


「順番を決める」


 カイが首を傾げた。当たり前のことを言っただけだが、順番を決める基準が問題なのだ。「先着順」では不公平だし、「声が大きい順」では話にならない。


 目を閉じた。頭の奥に意識を集中させる。


『加盟申し出の優先度を策定する。三つの軸で分類──緊急度、共存適性、資源貢献度』


 スキルの声が響いた。昨日の分類結果を土台に、さらに深い分析が走る。


『緊急度:高が三件。水源枯渇の集落、交易路の治安悪化で孤立した商団、周辺の魔獣被害で退避中の小部族──いずれも対応が遅れると人命に関わる』


「人命か……」


 面倒だが、死人が出る話は後回しにできない。後回しにしたら、もっと面倒なことになる。


『共存適性:高が四件。多種族との共存実績がある集落が四件──うち二件は緊急度とも重複。低が二件──昨日信頼度が低と判定された二件は、共存適性も低い。「獣人排除」を条件とする申し出は、この町の基本原則と矛盾する』


「矛盾っていうか、論外だろ」


 カイが書類をめくりながら頷いた。


「獣人を追い出せって要求、俺も却下でいいと思う」


「ああ。そもそもルナたちがいなかったら、この町は成り立ってない」


『資源貢献度を算出──鍛冶技術の集落が最高評価。次点で薬草栽培の知識を持つ小集落。食料供給を申し出た三件は中程度だが、いずれも交易路の治安が前提条件となる』


 交易路。治安。カイが反応した。


「治安か。そういえば、来る途中で盗賊に遭ったって言ってた代表がいたな」


「交易路の安全が確保されないと、食料も技術も運べない。議題に入れとけ」


「了解。外交の議題に治安問題を追加する」


 カイがさらさらと書き留めた。やる気だけは十分だ。やる気があれば何とかなるわけではないが、ないよりマシだ。


 優先度の一覧ができた。緊急度が高い三件を最優先。共存適性が低い二件は保留。残りは資源貢献度で順位をつけた。


「全部断れば楽なのに」


「断ったら、あいつら行き場がないぞ」


「……わかってる」


 全部断れば今日中に昼寝できる。——カイの顔を見た。汗を拭きもせず、書類に向かっている。それだけで、もういい。


「これやっとけば、明日は楽になる」


「お前のモチベーション、毎回それだよな」


「他に何がある」


***


 優先度の一覧をカイに渡して、俺は作業場の裏口に向かった。


 任務完了。あとはカイに任せた。俺は昼寝を——。


 裏口の扉を開けた瞬間、ルナが振り返った。


「ユウトさん、どこ行くの?」


 裏口の前に座っていた。陽だまりの中で、尻尾をぱたぱた揺らしながら。午後の光がルナの銀色の毛並みに反射して、きらきらと輝いている。


「……散歩」


「嘘。ユウトさんの匂い、逃げる時の匂いだよ」


 嗅覚を持つ獣人を相手に嘘をつくのは不可能だった。匂いで心理状態がわかるのは、便利なようで非常に不便だ。


「散歩しながら逃げようとした」


「それ、逃げてるよ」


 正論だった。


 ルナが声のトーンを上げて、小首を傾げた。逃げようとする俺が面白いらしい。面白くない。こっちは真剣に逃げようとしていたのだ。


「……逃げても、どうせ明日また同じことになるか」


「うん。たぶんね」


 ルナが首を傾げた。銀色の髪がさらりと揺れる。


「でも、ユウトさんがさっき作った一覧、カイさんすごく助かってたよ。匂いでわかった。安心の匂いがしてた」


 ……そうか。まあ、あれで少しは捌きやすくなるだろう。三軸の優先度があれば、少なくとも「誰から対応するか」で揉めなくなる。


「あとは、誰かが窓口になってくれれば……」


「窓口?」


「来訪者の対応をする専門の場所だ。カイだけじゃ回らない。外交のプロみたいな奴がいれば——」


 言いかけて、止めた。


 心当たりが、ある。


 作業場に戻ると、カイが優先度の一覧を広げて書類を捌いていた。俺はその横で、一覧をぼんやり眺め直していた。ふと目が止まる。分類の末尾に、一行だけ異質な項目がある。


「──旧大陸の商人ギルドから、非公式の接触? なんだこれ……」


 スキルの分類に引っかかっていた。来訪者の中に紛れていた情報。商人ギルドの紋章を持つ者が、非公式に接触を求めている。


 商人が来るのは珍しくない。トビアスだっている。だが「非公式」が引っかかる。正式な窓口を通さずに来る理由が、俺にはまだわからない。


 面倒事の種が、また一つ増えた。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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