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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第8章「法と秩序、めんどい」

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第152話「しゃーない、やるか」

 見える。


 フィーネの条文の写し、第三条と第七条の間に矛盾がある。第十二条は第五条の言い換えだ。重複している。


 昨日までぼんやりと「おかしい」だった感覚が、今朝になって一変していた。条文の文字を目で追うだけで、矛盾する箇所が赤い光を帯びて浮かび上がる。マナの色だ。淡く、けれどはっきりと。羊皮紙の上で、その光だけが異質に明滅している。


 頭の中で声がした。


『他者の作業における非効率の検知——蓄積が限界を超えた。解放条件達成。検知の目、起動』


 ……なんだ、これは。


 声が消えた後も、赤い光は残っている。目を閉じても、まぶたの裏にうっすらと残像がちらつく。開けると、光はさらに鮮明になっていた。


「ユウト? どうかしましたか?」


 フィーネが怪訝な顔でこちらを見ている。俺の目に映っている光は、俺にしか見えていないらしい。フィーネの長い耳がわずかに傾いている。警戒の仕草だ。


「……ここ、矛盾してる」


 条文の一箇所を指で示した。赤い光が指先に吸い寄せられるように集まった。


「この条文はこっちの言い換えだ。重複を省けば三分の一になる」


 フィーネの目が見開かれた。羊皮紙の上に身を乗り出し、俺が指した箇所と原典とを見比べている。


「……驚きですわ。確かにその通りです。何故、あなたに法の矛盾が?」


「わからん。ただ、おかしいところが見えるだけだ。法律がわかってるわけじゃない」


 嘘じゃなかった。条文の内容は相変わらず読んでもさっぱりだ。旧大陸の法律用語は難解で、文字を追っても意味が頭に入ってこない。ただ——おかしい箇所だけが、赤く光る。何が書いてあるかは読めないのに、何がダメかだけはわかる。


 ……便利だけど、なんか釈然としない能力だな。答えが出せるわけじゃない。「ここが変」と指差すだけ。前世の俺と大差ないじゃないか。上司に「ここ変です」って報告して、直すのは別の人間で。あの頃と同じだ。


 いや——直してくれる人間が有能なら、それでいい。効率的だ。


***


 フィーネは最初こそ驚いていたが、すぐに順応した。さすがは三百年を生きたエルフだ。適応力が違う。驚くのは一瞬で、次の瞬間にはもう利用法を考えている。


「では、次はこちらの条文群を見ていただけますか」


 フィーネが羊皮紙の束を広げる。旧大陸本国が新大陸に発した法令の写し。文字がびっしりと詰まった古い書式だ。インクが褪せて茶色くなっている。古い羊皮紙特有の、乾いた埃っぽい匂いがした。


 目を通す。赤い光が、三箇所で浮かんだ。光の強さが箇所によって違う。矛盾の深刻さを表しているのかもしれない。


「ここ、矛盾。ここも。あと——この条文、さっきの引用と食い違ってる」


「それは……開拓地と本国の管轄の境界に関する条文ですわ」


 フィーネの指が条文をなぞる。長い耳がわずかに揺れた。集中している時の癖だろう。指先が文字の上を滑る動きは正確で、三百年の積み重ねを感じさせる。


「開拓地には本国の法が及ぶ範囲と及ばない範囲がある、ということ。これは……重要かもしれません」


「つまり?」


「本国の排除命令が、開拓地にどこまで効力を持つか——その境界線が、ここに定義されている可能性があります」


 なるほど。俺にはさっぱりだが、フィーネにはわかるらしい。俺が指差した箇所から、三百年の知識が答えを引き出す。分業だ。


「もっと見てください。お願いします」


 フィーネの目が光っていた。宝石を見つけた職人のような顔だ。


 俺は何がダメかを指摘するだけ。答えを出すのは、こいつの仕事だ。


 ……分業。効率いい。いや、俺がやってるのは指を差すだけなんだが。


「ここも矛盾」


「ここは重複」


「この条文、三つ前のやつと言ってること逆だぞ」


 指摘するたびに、フィーネが目を輝かせて解読に取りかかる。羊皮紙の束が、みるみる整理されていく。付箋代わりの細い紐が条文に次々と挟まれていった。


「あなたの目は反則ですわ」


「反則なのはお前だろ。三百年分の知識を三日で引き出してる」


「……ありがとうございます」


「礼はいい。早く終わらせたい。眠い」


 本当に眠かった。昨日の夜もろくに寝ていない。広場でルナに「なんとかする」と口走ってしまったせいで、頭がずっと回り続けている。身体は寝たいと言っているのに、頭が止まらない。面倒な状態だ。


***


 ふと視線を感じて窓の外を見ると、住民たちが覗いていた。窓枠に手をかけて、中を覗き込んでいる。何人いるんだ。五人はいる。全員こっちを見ている。


「怠惰の賢者さまが……本気になった……」


「覚醒なさった……」


「覚醒してない。ちょっと目が良くなっただけだ」


「謙虚……!」


「違う」


 ルナがひょこっと窓から顔を出した。住民たちの間からするりと首を出す。鼻をひくひくさせている。


「ユウトさん、すごい匂いがするの。キラキラしてるっていうか、ぱちぱちしてるっていうか」


「それはマナだろ。たぶん」


「いつものユウトさんと違うの。なんか……強い。ぱちぱちって、火花みたいな匂い」


 ルナの声がいつもより弾んでいる。昨日の夜、青ざめていた顔に色が戻っていた。鼻をひくひくさせながらこちらを見つめる目は、不安の影が消えている。


 ——頼むから崇めないでくれ。全員。


「頼むから崇めないでくれ。全員」


 住民たちが窓の外からいなくなった。ぞろぞろと去っていく足音が聞こえる。ルナだけが残って、窓枠に顎を乗せていた。銀色の髪が窓の光に透けている。


「まだ足りない」


 フィーネに向き直った。


「自治を認める条文を見つけなきゃ、排除命令は覆せないんだろ」


「ええ。ですが、手がかりは確実に近づいています。この矛盾の数は——法の体系そのものに、見落とされた穴があることを示しています」


「穴があるなら、見つけるだけだ。面倒だが」


「ええ。面倒ですけれど」


 フィーネが小さく笑った。「面倒」がこのエルフの口から出ると、どこか上品に聞こえる。不思議なものだ。


 十七番目の矛盾を指摘した時、フィーネの手が止まった。


「これは……新大陸開拓令」


 フィーネの声が震えていた。条文をなぞっていた指先が、微かに揺れている。


「ここに、誰も気づいていなかった条項がある」


 フィーネが羊皮紙を持つ手に力がこもった。薄い紙がかすかに音を立てる。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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