第15話「新たなる来訪者。そして開拓団の合流」
味方か敵か──そんなことを考えている暇はなかった。
魔物の群れの背後から突入してきた武装集団が、戦場をたった一瞬で塗り替えた。
俺の完璧な迎撃で、根こそぎぶっ壊された瞬間でもあった。
先頭の男が、でかい。
テオより頭ひとつ高く、肩幅は倍近い。その巨体が、丸太のような戦斧を振り回しながらオークの群れに突っ込んでいく。革鎧同士がぶつかる鈍い音が響き、血と泥の混じった生臭い匂いが風に乗って番屋まで届いた。
一振りでオークの胴を薙ぎ払い、返す刃でゴブリンを弾き飛ばす。
「散開しろ! 群れを分断するんだ!」
男が吠える。声が割れるほどでかい。
その後ろから、十数人の武装した男女がなだれ込み、魔物の背中に斬りかかっていった。
テオが目を見開いた。
「あれは……カイ! カイじゃないか!」
「生きてたのね……!」
マーレンが声を震わせる。
感動の再会を喜ぶのは後だ。今は、もっと切実な問題がある。
味方と魔物が入り乱れたせいで、罠の起動紐が引けない。
全部起動すれば、あの連中も巻き添えだ。
……めんどくさい。本当にめんどくさい。何で勝手に突っ込んでくるんだよ。
だが、頭の中では【効率化】がすでに動いていた。
拠点の外周に仕掛けた罠の配置図が、脳裏に浮かび上がる。区画ごとに色分けされた立体の見取り図。味方の位置が、青い光の点になってそこに重なった。
『南西区画──味方の気配なし。起動に支障なし。北区画──十二名の味方を感知。起動すれば巻き添えになる。東区画──味方三名が後退中。安全圏到達まで、あと数秒』
全部を同時に起動する必要はない。味方のいない場所だけ、選んで動かせばいい。
「テオ! 南西の紐だけ引け! 北は絶対に触るな、味方がいる!」
テオが一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。
紐が引かれた瞬間、南西の地面が裂けた。落とし穴にオークが三匹消え、逆茂木の杭がゴブリンを串刺しにする。南西区画に固まっていた魔物が、一息で壊滅した。
「東、いけるか」
『東区画──味方の退避を確認。起動可能』
「カルル、東の紐!」
間髪入れず、東の罠も作動する。
傾斜に仕込んだ丸太が転がり落ち、逃げ場を失ったゴブリンの群れを押し潰した。悲鳴と地響きが重なり、土煙が視界を覆う。舞い上がった砂塵が喉に張りつき、鉄錆のような血の匂いが鼻腔を焼いた。
北側では、あの戦斧の男が残った魔物を力任せに叩き伏せていた。計画性の欠片もないが、腕力だけは化け物じみている。
数分後、拠点の周囲に立つ魔物は一匹もいなくなっていた。
土煙が晴れると、血と泥にまみれた十数人の男女が立っていた。
全員が革鎧を身につけ、手には剣や斧。疲弊しきった顔に、それでも生き延びた安堵の光が浮かんでいる。
「やったぜ! 全滅だ!」
戦斧の男が斧を地面に突き立て、拳を天に突き上げた。
……声がでかい。
「おう! お前がこの砦を作った男か!」
男がこちらに大股で歩いてくる。日に焼けた顔に、人懐っこい笑みを浮かべていた。泥だらけの手をぐいっと差し出してくる。
「俺はカイ! この開拓団をまとめてる! ドスから聞いたぜ、すげえ砦を作った男がいるって!」
声がでかい。距離感が近い。暑苦しい。
……だが、後ろを振り向いて「全員無事か! 怪我した奴は名乗り出ろ!」と叫ぶ横顔は、本気で仲間を気にかけている奴の顔だった。
「ユウトだ。とりあえず、声をもう少し落としてくれ」
「はっはっは! よく言われる!」
落とす気は一切なかった。
寝床から這い出してきたドスが、カイの前によろめきながら歩み出る。
「カイ……無事だったか」
「ドス! 生きてたか、この野郎! 心配させやがって!」
カイがドスの肩を掴んで豪快に揺さぶる。傷が開きそうだったが、ドス本人は嬉しそうに笑っていた。
ドスがカイに振り返り、俺を指し示した。
「カイ、紹介する。こちらが、この砦を築いた大賢者様だ」
大賢者。
……いや。待て。何だ今の。
「大賢者様!?」
カイの目が輝く。開拓民たちがざわめいた。
「すげえな! たった数日でこの砦を!? どおりで尋常じゃねえと思ったぜ!」
「大賢者じゃない。断じて違う。ただの怠け者だ」
「はっはっは! 謙虚だな大賢者殿!」
謙虚じゃない。事実だ。俺はただ楽をしたかっただけだ。
……この呼び方、絶対に定着する。面倒な予感しかしない。
マーレンが俺の隣に来て、カイと開拓民たちを見渡した。
「あの連中、あたしたちと同じだわ。旧大陸から来た開拓民よ」
カイが戦斧を担ぎ直し、腕まくりをした時、俺の目がそこに止まった。
右の前腕に刻まれた紋章。鉄の焼き印のような、くすんだ赤の紋様。
見覚えがある。マーレンの腕にあったものと、まったく同じだ。
周りの開拓民たちの腕にも、同じものが見えた。
「……あの紋章」
俺が呟くと、マーレンが一瞬だけ目を伏せた。
「奴隷紋よ」
短く、静かな声だった。
「旧大陸で奴隷だった者に刻まれる印。あたしも、カイも、ドスも。ここにいる連中は、みんなそうよ」
奴隷。
その一言の重さが、朝の冷えた空気と一緒に胸の奥に沈んだ。旧大陸から逃げてきた理由。未開の新大陸を目指した理由。全部がたった一語で繋がった。
「……そうか」
俺がそれだけ言うと、マーレンはふっと口の端を上げた。
「気にしなさんな。もう旧大陸の話よ。あたしたちは自由になるためにここへ来たんだから」
その声に湿っぽさはなかった。振り返らないと決めた人間の声だ。
だから俺も、それ以上は何も聞かなかった。
夕暮れ時。
拠点に人が溢れていた。
カイの開拓団が二十人。俺たちが五人。合わせて二十五人。
焚き火を囲む人の輪が、昨日までの五倍に膨れ上がっている。泥だらけの顔で笑い合い、分け合った干し肉を頬張り、生き延びたことを噛みしめている。
焚き火の煙に混じって、マーレンが急ごしらえで作った汁物の匂いが漂ってきた。獣肉と根菜を煮込んだだけの素朴な匂いだが、今日を生き延びた人間の腹には、何よりも沁みるだろう。
カイが焚き火の前に立ち上がり、両手を広げた。
「おう! 今日からここが俺たちの家だ!」
歓声が上がった。泣いている者もいた。
行き場のない連中を追い出すほど、俺は薄情じゃない。
だが二十五人だ。食料の配分。寝床の確保。水の管理。防衛の見回り。やることが一気に五倍になった。
俺は番屋の隅で毛布にくるまり、歓声を遠くに聞きながら天井を見上げた。
一人で始めた拠点。気づけば五人になり、今日、二十五人になった。
「……めんどくさいことになった」
小さく呟いた声は、焚き火を囲む笑い声にかき消された。
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