表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第8章「法と秩序、めんどい」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

144/175

第144話「三十日と、俺の昼寝」

 三十日。


 それが、この町に残された時間だった。


 ヴェルナーの書状には他にも山ほど制限が書いてあったが、この数字だけが頭に残る。


 書状の全文をカイと一緒に読んだ。

 追放期限は三十日。異種族——エルフ、ドワーフ、獣人の全住民が対象だ。

 それだけではない。交易路の使用制限。町から外部への物資輸送は、統治府の許可制となる。

 さらに、臨時税の徴収。「異種族共生に伴う統治負担」の名目で、通常の三倍の税が課せられた。


 旧大陸の法制度を、新大陸にそのまま適用している。新大陸の開拓地には開拓地の事情があるのに、旧大陸の役人は自分たちの物差ししか持っていない。


 広場に、再びヴェルナーが現れた。


***


「臨時税の詳細を通達する」


 ヴェルナーの声は、相変わらず平坦だった。


「通常税に加え、異種族共生活動に対する管理費として、月ごとに追加の納税を求める。交易路の使用は、統治府発行の通行証を持つ者に限定する。違反者は拘束の対象となる」


 交易路を止められた。

 これがどういう意味か、すぐにわかった。トビアスの商売が止まる。旧大陸との交易で成り立っている町の経済が、根元から絞められる。道が止まれば商人も来ない。物資も入らない。


 カイが立ち上がった。


「横暴だ! この町は自分たちの力で開拓した土地だ。税を三倍にする根拠がどこにある!」


 ヴェルナーが目を向けた。表情は変わらない。


「横暴ではありません。旧大陸統治府令に基づいた、法的に正当な措置です」


 兵士が一歩前に出た。手が剣の柄にかかっている。

 カイが歯を食いしばった。拳が震えている。だが——座り直した。

 広場の住民たちが息を詰めていた。カイが座ったことで、かろうじて場が保たれた。


 ヴェルナーが書状を巻き戻す。


「三十日後、退去が完了していない場合は、強制的な措置を講じます」


 強制的な措置。実力行使だ。百人の兵を使った。


 ヴェルナーが踵を返す直前、フィーネが静かに口を開いた。


「聞かせていただきました。総督殿」


 ヴェルナーが一瞬だけ足を止めた。フィーネの声には怒りも焦りもなかった。ただ、静かな確認。

 ヴェルナーは何も言わず、去った。


***


 集会所に戻った。


 カイが机に拳を置いた。音は立てなかった。だが、指の関節が白くなっている。


「俺の言葉じゃ、あいつは動かない……」


「動かなくていいのです」


 フィーネの声が、冷えた空気を切った。


「法で縛ればいいのです」


 カイが顔を上げた。


「お前の武器は、そっちか」


「ええ。三百年、生きてきました。旧大陸の法典はかつて読んだことがあります。新大陸の開拓に関する規定がどこかにあるはず——記憶は曖昧ですが、手がかりがあれば辿れます」


「三十日で足りるのか」


「三十日あれば、三百年分の知恵を読み込めます」


 大きく出たな。だがフィーネの目には、虚勢ではない確信があった。エルフの記憶力は人族のそれとは比較にならない。読んだものは忘れない——と以前ルナが感心していた。


「三十日あれば昼寝は六十回できるな」


 全員に睨まれた。


「……冗談だ。たぶん」


 カイが苦笑した。フィーネは眉を上げただけだったが、空気がほんの少し緩んだ。


「フィーネ、法典の調査を頼む。必要な資料があれば言ってくれ。ベルトにも協力を仰ぐ」


 フィーネが頷いた。長い金髪が揺れる。

 法で戦う。三十日の期限の中で、百人の兵を退ける武器を紙の中から探し出す。

 途方もない話だが、他に道はない。


***


 夜。

 作業場で一人、書状の写しを広げていた。


 交易路の制限——トビアスが動けなくなる。この町の商売が止まる。

 臨時税——住民の負担が跳ね上がる。税を払えなければ、それも退去の口実にされる。

 三十日——法を見つけなければ、全部崩れる。


 めんどい。最高にめんどい。

 だがこの面倒は、放っておけば勝手に解決する種類のものじゃない。放置したら町が消える。


 窓から外を見た。兵士たちの松明が、町の外周に等間隔に並んでいる。

 夜の闇に浮かぶ炎の列。町を囲む檻のように見えた。


 ルナの耳が寝室の入口から見えた。ぴこり。


「ユウトさん、まだ起きてるの?」


「寝てる。ちゃんと寝てる」


「起きてるの。匂いでわかるよ。紙の匂いと、考えてる匂い」


 考えてる匂いってなんだ。

 ルナの嗅覚は便利すぎて、たまに怖い。


「……少し考え事をしてるだけだ。寝ろ」


「ユウトさんも寝ないとだめだよ」


「わかってる。あと少しだけ」


 ルナの耳がぴこりともう一度動いて、引っ込んだ。


 一人になった作業場で、書状をもう一度読み返した。

 三十日。たったの三十日。

 フィーネが法典を読む。カイが交渉の場を保つ。ガロンが防壁を固める。マーレンが飯を作る。

 それぞれが、それぞれの持ち場で踏ん張る。

 俺は——何をする?


 効率化だ。全部を繋いで、最短で終わらせる。それが俺の仕事だ。

 仕事って言うな。やりたくてやってるわけじゃない。


 窓の外、ヴェルナーの兵士たちの松明が揺れている。


 三十日。たった三十日で、三百年生きたエルフの知恵は答えを出せるのか。


「……出せなかったら、俺が何とかする」


 誰にも聞こえない声で、そう呟いた。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ