第142話「全員集合、意見はバラバラ」
会議の前にすでに揉めていた。
ガロンが机を叩き、ドスが「殴りゃいいだろ!」と吠え、フィーネが眉を寄せている。
俺は席につく前に帰りたくなった。
カイが緊急会議を招集したのは、ヴェルナーの通達から半日後のことだ。
集会所に全種族の代表が集められた。が、「集められた」という表現は正確ではない。呼ぶ前から全員が押しかけてきていた。
「ワシらドワーフは退かんぞ! この町の基礎を築いたのは誰だ。ワシらの鍛冶と石工がなければ、人間どもは未だに野ざらしじゃ」
ガロンが太い腕を組んで言い放った。隣でドスが大きく頷いている。
「そうだそうだ! 兵士なんて殴りゃ倒れるだろ!」
「師匠、百人ですよ。殴って倒れるのは最初の三人くらいです」
エルマが冷静に突っ込んだ。ドスが唸る。
「……うるさい。四人はいける」
「増えてもたった一人じゃないですか」
師弟漫才はさておき、ガロンの主張は明確だ。戦って守る。ドワーフらしい直線的な答えだった。
「愚かですわ」
フィーネの声が、氷の刃のように空気を裂いた。
「百人の正規兵に、鍛冶師と石工で正面からぶつかると? 勝算のない戦いに突っ込むのは勇気ではなく蛮勇です。法と交渉で解決すべきですわ」
「エルフの理屈は現場では役に立たん!」
「理屈なしに壁は立ちませんでしたよね、師匠」
エルマがぼそりと言った。ドスが口をつぐむ。融合建築のとき、理論設計をエルマに頼っていたのは記憶に新しい。
「……それとこれとは話が違う」
「同じですよ」
エルマの的確さに、一瞬だけ場の空気が緩んだ。だがすぐにガロンとフィーネの視線がぶつかり、また張り詰める。
カイが立ち上がった。
「両方の準備をすべきだ。法で戦う道を探しつつ、万が一に備えて防衛の手も打つ。どちらかに偏るのは危険だ」
正論だ。だが正論は往々にして誰も納得させない。ガロンが「甘い」と吐き捨て、フィーネが「中途半端ですわ」と首を振った。
全員の視線が、俺に集まった。
やめてくれ。
***
「めんどいから結論だけ言う」
立ち上がるのも億劫だったが、座ったまま話すとガロンに「なめとるのか」と言われそうだったので、しぶしぶ立った。
頭の中で【効率化】に問いかける。選択肢を並べろ。全部だ。
『選択肢は四つ——第一、武力衝突。勝率三分の百。敗北時の損害は壊滅的。第二、逃亡。町を捨てて移動する場合、資産の九割を失い、移動先の確保も未定。第三、直接交渉。現時点でヴェルナーの判断は本国の命令に基づいており、交渉余地は限定的。第四、法的闘争。旧大陸の法制度には手続き上の要件が存在する。手続きの瑕疵を突けば、通達自体を無効化できる可能性がある。成功率は不明だが、他の三つよりも損失が少ない』
頭に流れ込んできた情報を、噛み砕く。
「戦う——勝率三分の百、負けたら全部終わり。逃げる——持ち物の九割を捨てて野ざらし。交渉——ヴェルナーは本国の命令で動いてる。あいつ個人を説得しても上が変わらなきゃ意味がない」
指を三本折った。
「残りは一つ。法で戦う。成功するかは知らないが、少なくとも町を壊さずに済む。一番被害が少ないのはこれだ」
ガロンが腕を組んだまま黙っている。気に入らない顔だが、反論もしない。数字を出されると、ドワーフは黙る。職人は数字に嘘がないことを知っている。
「……数字は嘘をつかんか」
「つかない。少なくとも、気合いよりは信用できる」
ドスが「気合いも大事だろ!」と叫んだが、エルマに肘で突かれて静かになった。
カイが頷いた——が、すぐには口を開かなかった。
椅子の背に手をかけたまま、視線を落としている。指先が白くなるほど木を握りしめていた。
「……ユウト」
低い声だった。会議の場では聞いたことがない、押し殺したような声。
「三分の百って言ったな。戦ったら、三分の百」
「言った」
「負けたら、全部終わりとも」
「そうだ」
カイが顔を上げた。目の奥に、怒りとは違う何かが揺れていた。
恐怖——いや、焦りか。こいつの目にこの色が浮かぶのは、珍しい。
「俺は……前に、守れなかったことがある。大事な奴を、目の前で」
声が、ほんの少しだけ震えた。集会所の空気が、さっきまでのガロンとフィーネの衝突とは違う種類の重さに変わった。
ガロンが腕を組んだまま黙っている。フィーネも口を挟まない。カイの声には、茶化せない何かがあった。
「だから——法でも、力でも、なんでもいい。今度は、守りたいんだ。この町にいる全員を」
正直、面倒な空気だった。だが——不思議と、嫌ではなかった。こいつの「守りたい」には、打算がない。純度百のただの本音だ。
「……だからこそ、勝てない喧嘩は買うな。三分の百に賭けたら、お前の守りたいもの全部消えるぞ」
カイが息を吸い込んだ。拳を握り、ゆっくりと開いた。
「ああ……わかってる。わかってるから、法で行く」
よし。まとまった。
面倒だったが、カイの目から焦りの色が消えたのを見て、少しだけ安堵した。……たぶん。
「まずフィーネに法を調べてもらおう。旧大陸の法制度に詳しいのは、この中ではフィーネだけだ」
フィーネが静かに頷いた。三百年生きたエルフの目に、微かな光が宿った。
「承りましたわ。旧大陸の開拓に関する法典は膨大ですが——心当たりがないわけではありません」
「防衛の備えも同時に進めてくれ。ガロン、防壁の補強を頼む。万が一のときに、住民を守れる構えだけは作っておきたい」
ガロンが鼻を鳴らした。「最初からそう言え。ワシらに法の話をされても困るわい」
会議が終わった。
全員が渋々ながら一つの方向を向いた——というには、まだ空気がぎこちなかったが。それでも、バラバラだった意見が少なくとも衝突を止めた。
***
集会所の外に出た。
空を見上げて、深い、本当に深いため息をついた。
「なんで俺がまとめ役なんだよ……」
ルナがそっと隣に立った。耳がぴこぴこと動いている。風の匂いを嗅いでいるのか、俺の匂いを嗅いでいるのか。
「ユウトさん、頑張ってた匂いがする」
「頑張ってない。効率よく終わらせただけだ」
「ふふ。それ、頑張った人の匂いと同じだよ」
反論する気力もない。
明日からが本番だ。法典を調べ、手続きの穴を探し、三十日以内に答えを出す。
正直、気が重い。だが——
フィーネが長い髪を束ねた。
「旧大陸の法典の写し。心当たりがあります」
三百年生きたエルフの知恵が、この町の最後の切り札になるかもしれない。
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