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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第8章「法と秩序、めんどい」

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第141話「さすがに『めんどい』じゃ済まない」

 朝、鳥の声がしなかった。


 代わりに聞こえたのは、百人分の靴音だ。


 レオンが駆け込んできた。「ユウトさん、兵士が……町を囲んでます」


 寝起きの頭に、その言葉が染み込むまで数秒かかった。


「……囲んでる?」


「はい! 東西南北、全部です。今度は本当です!」


 今度は本当、と強調するあたり、先走りの前科を本人も気にしているらしい。だが今回はレオンの声に余裕がない。


 窓に寄った。

 朝もやの向こうに、整列した兵の列が見えた。百人——いや、もう少しいるかもしれない。旧大陸式の制服を着た兵士たちが、町の外周をぐるりと取り囲んでいる。

 等間隔。無駄のない配置。ただの威嚇ではなく、完全に町を封じ込める意図が読み取れた。


「ルナ」


 声をかけると、隣の部屋からルナが顔を出した。耳がぺたんと伏せている。


「……わかってるの。朝から、鉄の匂いがすごいの」


 鉄の匂い。武器と鎧の匂いだ。ルナの嗅覚は、俺が窓を開ける前からこの異変を察知していたらしい。


「行くぞ」


 作業場を出て、広場に向かった。


***


 広場には、すでに住民たちが集まっていた。

 不安げな顔。囁き合う声。子供を抱えた獣人の母親が、エルフの老人と肩を寄せ合っている。


 その中央に、ヴェルナーが立っていた。

 背筋を伸ばし、手には巻物を持っている。旧大陸の公文書の形式だ。蝋印が押された、正式な通達書。


 カイがすでに広場にいた。俺の姿を見つけて、顎で合図を寄越す。

 フィーネも来ていた。長い金髪を風に揺らしながら、ヴェルナーを静かに見据えている。


 ヴェルナーが口を開いた。


「旧大陸統治府令、第七十三号に基づき、通達する」


 声は平坦だった。感情のない、公文書を読み上げるための声。


「新大陸東部開拓地における異種族の定住活動は、本国の方針に反するものと判断された。よって——」


 一瞬、ヴェルナーの声が途切れた。

 ほんの僅か。瞬きひとつほどの間。だがその揺れを、俺は聞き逃さなかった。


「——異種族は、三十日以内にこの地を退去すること」


 広場が凍った。

 退去。追放だ。この町に暮らすエルフも、ドワーフも、獣人も。三十日で出ていけと、そう言っている。


 ガロンの怒号が響くより先に、カイが立ち上がった。


「待ってくれ、ヴェルナー殿! それは——」


 ヴェルナーが目を上げた。鉄の仮面のような表情。


「異議があれば、文書で提出してください。受理するかどうかは、統治府の判断になります」


 カイの拳が震えていた。殴りかかりたいのだろう。だが——歯を食いしばって、座り直した。

 以前のカイなら突っ込んでいた。座り直せるようになったのは成長だが、今はそんなことを褒めている場合じゃない。


 ヴェルナーが巻物を巻き戻し、踵を返した。兵士たちが彼を囲むように退いていく。


 広場に、重い沈黙が残った。


***


 作業場に戻った。

 カイとベルトが続いてきた。ルナは俺の後ろに黙ってついてきている。耳はまだ伏せたままだ。


「武力で押し返せないのか」


 カイが言った。声は低い。怒りを押し殺している。


 俺は考えるまでもなかった。だが一応、確認しておく。


 頭の中に意識を向ける。【効率化】が応えた。


『兵力百二名。装備は旧大陸正規軍の標準。統率された陣形で包囲済み——対して、この町の戦闘可能な住民は約四十名。うちまともに戦えるのは十五名前後。正面衝突での勝率、およそ三分の百』


 百のうち三。ほぼ無理だ。

 しかも、負けたら町ごと潰される。


「無理だ。勝率三分の百。効率が悪すぎる」


「三分の……」カイが唇を噛んだ。


「正面から殴りに行っても、住民が傷つくだけだ。百人の正規兵相手に突っ込むのは、勇気じゃなくて自殺だよ」


 カイが黙った。わかってはいるのだろう。わかっていても、他に手段が思いつかない。

 俺だって同じだ。


 ベルトが、静かに口を開いた。


「ユウト殿。一つ、進言してもよろしいでしょうか」


「なんだ」


「法で、戦うのです」


 法。

 ベルトの声は穏やかだったが、芯があった。


「あの通達は旧大陸の統治府令に基づいています。しかし、新大陸の開拓に関する法には、別の規定がある可能性があります。ヴェルナー様の父上——前任の総督殿は、法を重んじた方でした。法の手続きを踏まずに住民を排除することは、あの方なら絶対にしなかった」


「つまり、手続きに穴があるかもしれないと?」


「はい。法は剣よりも確実です。正しく使えば」


 カイが顔を上げた。「法で戦う……? 俺は剣しか知らないぞ」


 知ってる。


「だから俺がめんどいんだよ」


 法律の知識なんて俺にもない。前世でだって、労働基準法すらまともに読んだことがない。ブラック企業に文句を言う暇もなく働かされてた人間に、法で戦えと。


 だがベルトの言葉には、一理あった。剣で勝てないなら、別の武器を探すしかない。


 作業場の隅で、ルナがそっと近づいてきた。


「ユウトさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫だ」


 ルナの鼻がひくひくと動いた。耳がぴくりと立ち、また伏せる。


「……嘘。ユウトさん、すっごく怒ってるの」


「怒ってない」


「匂いでわかるよ。いつもと全然違う匂い。ピリピリして、熱くて……すっごく怒ってる」


 怒ってる? 俺が?

 めんどいだけだ。面倒なことが増えて、迷惑で、やりたくなくて——


 ……たぶん。


 カイが立ち上がった。「法で戦う。よし、俺がヴェルナーと話をつける」

 ガロンの声が窓の外から飛んできた。「ふざけるな! 法なんぞでワシらの居場所が守れるか!」


 面倒なことになった。いや、最初から面倒だったか。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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