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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第7章「交易路を拓く」

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第140話「交易町は完成した。報告書には、別のことが書かれていた」

 交易路が、全線繋がった。


 北の山、西の森、東の港。三本の道が町を中心に伸びている。

 丘の上から見下ろすと——それは、一つの経済圏の形をしていた。


「……でかくなったな」


 隣でカイが呟いた。ルナが反対側に立って、鼻をひくひくさせている。


「ユウトさん、この町、前より大きな匂いがする。いろんな人の匂い。遠くから来た人の匂いもいっぱい」


 頭の奥で、【効率化】が動いた。聞いてないのに。


『経済圏評価──交易路三方面、全線完成。年間流通量は当初想定の十二倍。町の人口は章開始時の一・五倍。商人の定期来訪数は月あたり三十組を超過。経済的な自立度は七割八分。旧大陸の中規模交易町と同等の機能を有する』


 十二倍。

 道がだるくて作った交易路が、想定の十二倍のものを運んでいる。


「お前、本当にただ道を作りたかっただけか?」


「道がだるかっただけだ。移動が面倒だから、楽な道を作った。それだけだ」


「それだけ、か」


 カイが笑った。信じてないが、突っ込まない。ありがたい。


 丘の下で、住民たちがざわめいた。


「賢者さまが経済圏まで作ってくださった……!」


「経済圏って何だ。俺は道を作っただけだ」


「道を作ったら経済圏になったんだろ。それがすごいんだよ」


「知らん。昼寝がしたい」


***


 市場に降りた。

 商人たちが集まって、交易品を並べている。朝から活気がある。声が飛び交い、値段の交渉が行われ、笑い声が上がる。


 おもちゃ工芸品が、もう「定番品」になっていた。

 木の実のおもちゃ、匂い当て玉、ぱちん弓、金属の鈴玉。トビアスが旧大陸に持っていった四種が、商人の間で評判になったらしい。「多種族融合工芸品」という名前まで付いている。


 マナ香草は遠方から買い付けに来るほどの人気だ。石窯焼きの保存食も、旅の商人たちが競って買い求めている。

 ガロンの金属製品は高値で取引されている。融合建築を見に来る建築家まで現れた。


「……俺、移動がだるいから道を作っただけなのに」


「お前が認めなくても、この町が証拠だよ」


 カイが笑った。言い返す気力もない。昼寝がしたい。


「まあ、これで当分はのんびりできるだろ」


 言った瞬間、自分でも「これは駄目だ」と思った。

 こういうことを言うと、大体ろくなことが起きない。


 ルナの鼻が小さく動いた。


「ユウトさん、のんびりしたいときの匂い、消えちゃった」


「……わかるな、お前」


***


 夕方。

 作業場に戻ると、ベルトが待っていた。


 静かな老文官だ。穏やかな目をしているが、今日は少し違う。目の奥に、迷いがある。


「ユウト殿。……お伝えしなければならないことがあります」


「報告書の件か」


「ご存知でしたか」


「ベルトが『書かない方がいいことが書かれている』と言っていたのは聞いた」


 ベルトが頷いた。

 懐から、紙を取り出した。ヴェルナーの報告書の写し——その一部だ。


「これを、ユウト殿にお見せすべきかどうか、悩みました。ヴェルナー様のお立場を考えれば、私がこのようなことをするのは……」


「見せてくれ」


 ベルトが紙を差し出した。

 読んだ。


 旧大陸の統治府宛て。ヴェルナーの署名入り。文面は堅い公文書の書式だが、内容は——


「『新大陸東部定住地における異種族共生活動の継続について、排除を含む対応の指示を仰ぐ』」


 排除。

 あの単語が、公式の文書に書かれていた。


「……排除」


「はい。ヴェルナー様は本国に、統治方針の確認を求めています。自治の可否だけではなく——この町の異種族共生そのものについて、上からの判断を仰ごうとしています」


 カイの交渉。トビアスの展示。ガロンの融合建築。

 あれだけ見せて、あれだけ認めさせて——それでも、報告書にはこの言葉が書かれていた。


「さらに」


 ベルトが声を低くした。


「報告書の末尾に、旧大陸のマナ資源の問題についても言及されています。旧大陸ではマナを含む鉱物や薬草が年々減少していると。新大陸のマナ含有資源の確保が、統治の隠れた目的である可能性があります」


 マナ資源の確保。

 この町にはマナ香草がある。マナを含む鉱石がある。エルフの森にはマナが循環している。

 旧大陸が欲しいのは、自治権の上納金なんかじゃない。この土地そのものだ。


「ベルト。お前、なんでこれを俺に見せた」


 ベルトが、少し笑った。疲れた笑みだった。


「前任の総督殿——ヴェルナー様のお父上に、長く仕えました。あの方は、このような文書は書かなかった」


「……」


「私は、この町を見ました。四つの種族が笑い合っている町を。あの光景が消えるのを、黙って見ていることはできませんでした」


 ベルトが頭を下げた。

 俺は紙を手に持ったまま、しばらく動けなかった。


 窓の外で、交易町の灯りが瞬いている。

 ドワーフの鍛冶の火。エルフの木漏れ日の灯。獣人の焚き火。人族の窓から漏れる蝋燭の光。

 四つの光が、一つの町に混ざり合っている。


 ——排除。


 誰を排除するというのか。この光の、どれを消すというのか。


「……めんどいな」


 呟いた。


「とんでもなく、めんどい」


 紙を持つ指に、力がこもった。自分の目がどんな光を帯びているかはわからない。


 ただ——この灯りが消えるのは、もっとめんどい。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


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