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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第7章「交易路を拓く」

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第139話「束の間の平穏は、尻尾の温度をしている」

 ヴェルナーが黙った。


 ここ数日、要求も通達も書類もない。ただ黙って、町を見ている。


 静かすぎて、逆に怖い。


「検討してるのか?」


 カイが聞いてきた。


「わからん。黙ってるのが一番怖い」


「怖いって、お前が言うと説得力があるな」


「怖いんじゃない。いつ何を言ってくるかわからないのが、一番めんどいんだ」


 だが町は平穏だった。

 交易路を商人が行き来し、市場では朝から声が飛び交っている。石窯から焼きたてのパンの匂いが漂い、ガロンの鍛冶場からは金属を叩く音が響いている。

 住民が笑っている。子供が走り回っている。普通の、日常だ。


 まあ、今のうちに休んどくか。

 嵐の前に昼寝をしておくのは、効率的な判断だ。怠けてるわけじゃない。


***


 丘に向かった。

 町を見下ろせる、お気に入りの場所だ。草が生えていて、寝転がるとちょうどいい。風が気持ちいい。完璧な昼寝の場所だ。


「ユウトさん、あたしも行く!」


 ……なぜバレた。

 こっそり出たつもりだったのに、ルナが走ってきた。銀色の尻尾が大きく揺れている。


「匂いでわかったの。ユウトさん、のんびりしたいときの匂いがするから」


「のんびりしたいときの匂いって何だ」


「んー、ふわーってなる匂い。いつもよりゆるい感じ。体の力が抜けてる匂いっていうか……甘くなるの」


「甘くなるな。勝手に」


「なるもん」


 獣人の鼻は便利なのか迷惑なのか、判断がつかない。匂いで心情を読まれると、嘘がつけない。


 丘の上に並んで座った。

 眼下に町が広がっている。交易路が三方に伸びて、市場の屋根が光っている。融合建築の壁が日差しを受けて、石と木の模様が遠くからでも見えた。


「きれいだね」


 ルナが呟いた。


「みんなの匂いがする。ガロンさんの鉄の匂い、フィーネさんの木の匂い、マーレンさんのごはんの匂い。いろんな匂いが混ざって、あったかい」


「……そうか」


 俺は横になった。草の上に寝転がると、空が広い。雲が流れている。いい天気だ。最高の昼寝日和だ。


「あ、膝枕する!」


「いらん」


「する!」


 断る間もなく、ルナが俺の頭の下に膝を滑り込ませた。


 ……柔らかい。困る。

 膝の上の布地越しに、体温が伝わってくる。獣人の体温は人族より高い。頭の後ろがじんわりと温かくなって、首の筋肉が勝手にほぐれていく。


 視界にルナの顔がある。上から覗き込んでいる。銀色の髪が垂れてきて、頬に触れた。髪の先から、草と陽だまりの匂いがした。

 そして、耳だ。銀色のふわふわした耳が、ぴこぴこと動いている。俺の顔のすぐ上で。手を伸ばせば届く距離で。

 毛先が日光を透かして、薄い金色に光っている。耳の内側はほんのり桃色で、細い血管が透けて見える。


 尻尾が俺の横で地面を叩いている。草を叩くたびに、青い匂いが立ち上る。


「ユウトさん、気持ちいい?」


「……寝る」


 目を閉じた。

 だが眠れない。

 ルナの匂いが近い。森と陽だまりを混ぜたような匂い。ふわふわの毛並みが、風に揺れるたびに肌をくすぐる。

 膝の上にいると、ルナの心臓の音が聞こえる。とくとくと、規則正しい拍動。

 腕に尻尾が巻きついてきた。もふもふの毛並みが腕を温めている。振りほどく気力がない。温かすぎて。


 無理だ。眠れるわけがない。別の意味で意識が冴えてしまう。


「ユウトさん」


「……なんだ」


「この町、好き?」


 唐突な質問だった。


「……別に。楽だから住んでるだけだ」


「嘘」


 ルナが笑った。見えなくても、声でわかった。


「あたし、わかるよ。匂いでわかるの」


「……」


「ユウトさん、この町の話するとき、匂いが変わるんだよ。あったかくなるの。好きなときの匂い」


 黙った。

 反論できなかった。匂いで嘘がわかるのは、ずるい。


 ルナが小さく笑った。俺が黙ったことが、肯定だと知っているのだ。


***


 この時間が続けば——


 そう思いかけて、視線を空に戻した。


 ヴェルナーは黙っているだけで、消えたわけじゃない。旧大陸だって、いつ何を言ってくるかわからない。


 だが、ルナの耳の温度は心地よかった。

 膝の上の柔らかさと、草を叩く小さな音と、森の匂い。


 ルナが眠り始めた。

 呼吸がゆっくりになって、耳の動きが止まった。ときどき、尻尾が草をぱた、と叩く。夢を見ているのかもしれない。


 眠ると、体温がさらに上がるらしい。膝の温度が、じわりと増した。銀色の髪が風になびいて、俺の首筋に触れた。くすぐったい。

 寝息が小さく聞こえる。穏やかな呼吸だ。警戒心がない。完全に、安心しきっている。


 ……無防備に眠れるのは、信頼しているからだ。信頼されると、裏切れなくなる。楽に生きたいだけなのに、逃げ道がどんどん減っていく。


 空を見上げた。

 雲が流れている。風が吹いている。町から、笑い声が聞こえる。


 目を閉じた。今度は、少しだけ眠れそうだった。


 ——目が覚めたのは、カイの声だった。


「ユウト!」


 丘を駆け上がってくる足音。ルナも跳ね起きた。声のした方に体が向く。


「どうした」


「ヴェルナーが何か書いてる。本国への報告書らしい」


 カイの顔が険しかった。


「報告書の中身は見れなかった。だが、ベルトが一言だけ教えてくれた」


「……何て?」


「『書かない方がいいことが、書かれている』」


 束の間の平穏が、終わる音がした。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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