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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第7章「交易路を拓く」

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第135話「おかえり、は効率化の範囲外だ」

 南の道の向こうから、銀色の光が走ってきた。

 あの速さ、あの尻尾の揺れ方。間違いない。


「ユウトさーーーーん!!」


 声が先に届いた。全力の声だ。

 続いて銀色の影が、交易路を一直線に駆けてくる。獣人の脚力は、馬より速い。砂利道を蹴る音が、だんだん大きくなる。


 ルナだ。

 帰ってきた。


 俺は南の道の入り口に立っていた。たまたまだ。散歩の途中に、たまたまこっちの道を歩いていただけだ。

 ……毎朝この道を確認していたことは、誰にも言わない。

 朝の空気が冷たかった。草の上に朝露が光っている。圧縮砂利の交易路が、南に向かって真っ直ぐ伸びていた。


「ただいま! ただいまっ! ユウトさん、会いたかったっ!」


 ルナが飛びついてきた。

 全力で。全体重で。容赦なく。


 衝撃が来た。銀色の塊がぶつかってきて、俺のバランスが一瞬で崩れた。


「おっ——」


 倒れた。背中から、地面に。

 ルナが俺の上に乗っている。銀色の髪が顔にかかった。


 耳が小刻みに震えている。目の前で。銀色のふわふわした耳が、俺の顎に触れた。

 ——柔らかい。温かい。ふわふわだ。

 耳の内側の毛が、うぶ毛みたいに細くて、肌に当たるとくすぐったい。体温がじかに伝わってくる。獣人の体温は人族より少し高い。じんわりと、心地よい温度だ。


 尻尾が左右に大きく振れている。勢いが強すぎて、風が起きている。

 その尻尾が、ぐるりと俺の腕に巻きついた。もふもふの、温かい重さ。銀色の毛並みが腕を包んで、ぎゅっと締まる。

 尻尾の毛先が手の甲をくすぐった。反射的に指が動く。毛並みの奥に、脈拍が感じられた。速い。嬉しいときは心拍が上がるらしい。


「ユウトさんの匂いだ。変わってない。よかったぁ……」


 ルナが俺の首元に顔を埋めて、くんくんと匂いを嗅いでいる。


 近い。いろいろと近い。

 ルナの体温が伝わってくる。薄い布越しに、体の柔らかさが——


 頭の中に、声が響いた。


『抱擁の最適角度──三十七度。密着面積──最大化中。心拍数の上昇を検知。対象の体温──やや高い。推奨──このまま維持することで好感度の——』


「やめろ! 今そういうのいらん!」


 叫んだ。

 ルナがきょとんとした顔で俺を見た。耳がぴこっと傾く。


「ユウトさん、誰と話してるの?」


「誰とも話してない。いいから離れろ。重い」


「えー、やだ。まだ匂い嗅ぐ」


「嗅ぐな」


「くんくん」


 離れない。尻尾も離さない。腕に巻きついたまま、ぎゅっと。

 ……まあ、いいか。少しだけ。少しだけなら。


***


 ようやくルナを引き剥がして——引き剥がすのに十分くらいかかった——新居の前のベンチに座った。

 服に銀色の毛がついている。払おうとしたが、細い毛が布に絡んで取れない。ルナの匂いが染みついている。森と草と、ほんの少し甘い匂い。

 カイがいつの間にか来ていた。にやにやしている。全部見ていたらしい。殴りたい。


「で、部族のほうは、どうだったんだ」


 カイが聞いた。俺の代わりに聞いてくれて助かった。自分からは聞きづらかった。面倒だからだ。面倒だからに決まっている。


 ルナの声のトーンが少しだけ変わった。さっきまでの弾み方が落ち着いて、真剣な響きが混じる。


「お兄ちゃんに話した。あたしはここにいたいって」


「兄さん、なんて言ったんだ?」


「怒った。すごく怒った。お前は部族を捨てるのかって」


 ルナの尻尾が、一瞬だけ垂れた。


「でも、あたし、ちゃんと言ったの。捨てるんじゃない。どっちも大事だから、どっちも捨てないって」


 ルナの視線が上を向いた。まっすぐに。


「お兄ちゃん、最後に言ってくれた。『半年に一度は帰ってこい。それが条件だ』って」


「追放にはならなかったのか」


「ならなかった。でも、まだ認められたわけじゃない。お兄ちゃんは許してくれたけど、長老たちは渋い顔してたから」


 カイが頷いた。


「上出来だ」


「……お前、よくやったな」


 口から出た言葉に、自分で驚いた。

 珍しく素直に出てきてしまった。


 ルナの声が一段高くなった。体ごとこっちを向いて、ベンチの上で膝を立てている。


「ユウトさんに褒められたっ!」


「褒めてない。事実を言っただけだ」


「褒めた! 今、褒めた! 聞いた、カイさん!」


「聞いた聞いた」


 カイが笑っている。こいつ、絶対楽しんでいる。


***


 夜になった。

 ルナが隣の部屋に戻っていった。荷物を置いて、片づけをしている音が壁越しに聞こえる。がさがさ、ぱたぱた。尻尾が床を叩く音。


 数日間、この音がなかった。

 静かすぎて、眠れなかった夜が何日かあった。そんなことは認めないが。

 壁の向こうから荷物を棚に置く音。革靴を脱ぐ音。寝台にどさっと座る音。全部、聞き慣れた音だ。こんなに安心するものが、世の中にあるとは思わなかった。面倒な感想だ。


「ユウトさん」


 壁越しに、ルナの声が聞こえた。


「なんだ」


「おやすみ」


「……おやすみ」


 壁の向こうで、かすかに音がした。


「えへへ」


「何がえへへだ。寝ろ」


「ユウトさんの声、久しぶり。嬉しいの」


「……寝ろ」


 静かすぎた夜が、終わった。

 壁一枚向こうに、体温がある。呼吸がある。生き物の気配がある。

 気配のある夜は——まあ、悪くない。楽に眠れる。それだけのことだ。


 翌朝、カイが設計図を持ってきた。


「ユウト。ルナが戻ったことだし、そろそろヴェルナーと本気で話をしないか」


「本気で?」


「ああ。俺が、交渉する」


 カイの目は、今まで見たことのない光を帯びていた。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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