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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第7章「交易路を拓く」

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第133話「どっちも選ぶ。あいつは、そういうやつだ」

 三日目の朝、ルナが俺の前に立った。

 耳はまっすぐ立っている。尻尾も、しっかりと。


「ユウトさん。あたし、決めたよ」


 朝の光が、ルナの銀色の髪を柔らかく照らしていた。

 昨日まで伏せていた耳が、今朝はぴんと立っている。目が真っ直ぐだ。泣いた跡はない。


「あたし、部族に帰る」


 一瞬、息を吸い込む空気が冷たくなった。

 わかっていた。覚悟はしていた。だが、実際に聞くと、肺の奥に妙な重さが残る。


「でも、ここも捨てない」


「……両方は無理だろ」


「無理かもしれない。でも、どっちも、すてられないの」


 ルナの言葉は拙い。飾りがない。

 だけど、耳はまっすぐだった。迷いのない角度で、朝の空に向かって立っている。


「お兄ちゃんに、話してくる。あたしはここにいたいって。でも、部族のこともちゃんとするって」


「……話して、どうにかなるのか」


「わかんない。でも、やってみなきゃわかんないもん」


 ルナが笑った。

 不安を押し殺した笑顔ではなかった。覚悟を決めた、まっすぐな笑顔だった。

 目が乾いていた。泣きながら夜を過ごして、それでも今朝は目が真っ直ぐだ。


 ……こいつは、いつもこうだ。

 難しいことを、単純な言葉でまっすぐ突破してくる。頭で考えすぎる俺には、絶対にできないやり方だ。

 俺なら百通りの結果を想定して、一番楽な道を選ぶ。ルナは、一本しかない道をまっすぐ走る。どっちが正しいかなんて知らないが、こいつの走り方は眩しい。


「行ってこい。道は作ってある」


 それだけ言った。

 「待ってる」は、言えなかった。言いたかったけど、喉の奥で引っかかって出てこなかった。

 言ったら、認めることになる。こいつがいないと困る、と。……面倒だ。


「ユウトさん、あたし、帰ってくるからね」


「ああ」


 ルナの声が一瞬揺れた。

 でも、目の奥にある不安も、俺には見えていた。


***


 南の道に、ルナが立っていた。

 小さな荷物を一つだけ背負って、圧縮砂利の交易路の上に。


 フィーネが、森の方から歩いてきた。


「……気をつけなさい。あなたがいない間、森は私が見ます」


 フィーネの声は硬かったが、目は違った。心配しているのが見えた。


「フィーネさん、ありがとう。森のことよろしくね」


「よろしく、ではありません。当然のことです」


 フィーネが横を向いた。照れているのか、不機嫌なのか。たぶん両方だ。


 ガロンが腕を組んで鼻を鳴らした。


「さっさと行ってさっさと帰ってこい。お前がいないと、飯がまずくなる」


「ガロンさん、あたし料理してないよ?」


「味の話じゃない」


 ガロンが目を逸らした。こいつも、言いたいことを素直に言えないタイプだ。


 カイが、ルナの前に立った。


「待ってるからな」


 真っ直ぐだった。カイは、言いたいことをそのまま言える。俺にはそれができない。


 ルナが振り返った。

 全員の顔を見て、笑った。


「みんな、ありがとう。すぐ帰るから!」


 ルナが走り出した。

 銀色の尻尾が、朝の光の中を跳ねるように遠ざかっていく。

 速い。獣人の脚は速い。あっという間に小さくなって、道の向こうに消えた。

 最後に見えたのは、尻尾の銀色だった。朝日に透けて、白く光っていた。


「……静かだな」


 呟いた。誰にでもなく。

 ルナがいなくなった広場は、噴水の音と風の音だけが残っていた。

 いつもなら、あいつの声が混ざっている。今は、何もない。


***


 作業場に戻った。

 やることがある。ルナがいない間の偵察体制を組み直さなければならない。面倒だが、放っておくわけにもいかない。


 【効率化】を起動した。

 ルナが担っていた偵察任務の代替を組み立てる。


『嗅覚偵察──代替不可。視覚偵察──レオンの配置で補填可。聴覚偵察──夜間見張りで対応。総合判定──嗅覚偵察の代替は存在しない』


 『代替不可』の文字が、頭の中に残った。


 窓の外から、子供たちの笑い声が聞こえた。いつもの日常だ。だが、何かが足りない。あいつの声が混ざっていない。

 ……いちいち気にしている自分が、一番厄介だ。


 カイが作業場に入ってきた。


「偵察の組み直しか?」


「ああ。レオンに哨戒を増やしてもらって、夜は見張りを追加すれば視覚と聴覚は補える。だが、鼻だけはどうにもならん」


「ルナの代わりはいない、ってことか」


「……わかってるよ」


 わかっている。わかっているから、厄介なんだ。

 いないと困る存在がいるというのは、つまりそういうことだ。楽に暮らしたいだけなのに、人が増えるたびに、いなくなると困るやつが増えていく。


 カイが出ていった後、俺はしばらく作業場の椅子に座っていた。

 やることはまだある。ヴェルナーの件もある。交易路の管理もある。全部面倒だ。全部後回しにしたい。


 夕方、新居に帰った。

 隣の部屋の扉が、閉まったままだ。

 いつもなら、俺が帰ってくると「おかえり!」の声が飛んでくる。尻尾が床を叩く音がして、「今日ね、こんなことがあったの!」と早口で喋り始める。


 今日は、何もない。


 扉の向こうに、気配がない。


 廊下に立ち止まって、耳を澄ませた。風の音。遠くで犬が吠えている。それだけだ。

 扉の取っ手に手をかけた。自分の部屋のではなく、隣の——ルナの部屋の。

 開けたところで、誰もいない。わかっている。


 手を離した。馬鹿馬鹿しい。何をやっている。


 自分の部屋に入って、寝台に横になった。


 天井を見上げる。壁一枚向こうに、誰もいない。いつもなら、寝返りを打つ音や、尻尾が毛布をはたく音が聞こえるのに。


 壁越しの「おやすみ」がない夜は、静かすぎた。


 眠れなかった。静かすぎると、逆に頭が冴えて仕方がない。楽に眠りたいだけなのに。


 翌朝、カイが険しい顔でやってきた。


「ユウト。ヴェルナーが動き出した。ルナがいない今のうちに、方針を固めるつもりだ」


 ……あいつ、このタイミングを狙ったのか。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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