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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第7章「交易路を拓く」

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第131話「酒で外交するのは、ドワーフの文化らしい」

 カイが突然「宴をやろう」と言い出した。

 あの堅物のヴェルナーを相手に、宴会で懐柔しようという作戦らしい。


 ……正気か?


「堅い相手には、まず飯だろ。ガロンもそう言ってる」


「ガロンの外交手段は全部酒だろうが」


「酒も出す」


 カイの目が妙に真剣だった。

 こいつ、本気で宴でどうにかしようとしている。計画は壮大だが、実行力が追いつかないのがカイの常だ。


 溜め息が勝手に漏れた。だが、カイが言い出したら止まらない。逃げ道がない。

 しゃーない。やるなら、さっさと終わらせる段取りだけ整えるか。


***


 食堂でマーレンが腕まくりをしていた。


「あたしの料理で落とせない相手はいないよ!」


 ……頼もしいんだが、もう少し穏やかな表現はないのか。


「で、席の配置なんだが」


 カイが考え込んだ顔をしている。


「ヴェルナーの隣にはガロンを——いや、まずいか。喧嘩になる」


「なるな」


「じゃあフィーネを——」


「もっとまずい。あいつ官僚嫌いだぞ」


 カイが唸った。こういうときは、頭を使うしかない。


 【効率化】を起動する。

 頭の中に、宴席の配置が浮かんだ。各人の性格、関係性、摩擦の可能性——全部が一瞬で整理される。


『ヴェルナーの隣にベルトを配置。緩衝となる。対面にカイ──交渉の窓口。隣接にルナ──天然の解毒剤として有効』


「ヴェルナーの隣にベルトを置いて、対面にお前、隣にルナだ。これが一番揉めない」


「おお、完璧だな!」


「完璧かどうかは知らんが、一番面倒にならない組み合わせだ」


 宴席の配置を考えるだけで、もう疲れた。昼寝したい。


***


 広場に長い木机が並べられた。

 石窯に火が入り、マーレンが仕切り始めた瞬間から、この宴は彼女のものだった。


 石窯焼きの肉が、じゅうと音を立てて皿に載る。脂が弾けて、広場の空気が炭火の香ばしさで塗り替わった。

 焼きたてのパンが、籠に山盛り。湯気がほこほこと立ち上っている。マナ香草のスープは大鍋の蓋が取られるたび、芳醇な蒸気を吐き出していた。


 ヴェルナーが仮設宿舎から出てきた。護衛の兵士を二人連れている。

 宴の席を見て、眉がわずかに動いた。


「何の騒ぎだ」


「宴だよ。せっかくだから、一緒にどうぞ」


 カイが笑って手招きする。ぎこちない。このぎこちなさがカイだ。


 ヴェルナーは渋い顔をしていたが、マーレンがずかずかと近づいた。


「お役人さん、まず食べなさい。話はそれからよ」


 マーレンがヴェルナーの前に、山盛りの皿をどんと置いた。

 石窯焼きの肉。脂の滴る厚切りが、湯気を立てている。


「私は——」


「食べなさいって。痩せてんのよ、あんた。ほら、スープも。温まるから」


 有無を言わさない。マーレンの押しの強さは、ヴェルナーの冷たさを正面から突破した。


 ヴェルナーが仕方なく席に着いた。配置通り、隣にはベルトが座っている。ベルトは穏やかな顔で、スープを啜っていた。


 ガロンがドワーフ酒の瓶を持ってきた。

 マナを含んだ醸造酒だ。度数は普通の酒の三倍はある。旧大陸でも「ドワーフの酒を飲み干せたら一人前」と言われているらしい。


「さあ飲め! 飲まんやつは信用できん!」


 ガロンが杯を押しつける。ヴェルナーの顔がさらに渋くなった。


「酒席を強要されるのは——」


「飲まんのか? ドワーフの宴で酒を断るのは、喧嘩を売るのと同じだぞ」


 ガロンが豪快に笑う。ヴェルナーの眉間の皺がさらに深くなった。


 だが——仕方なく、杯に口をつけた。

 一口。


 ヴェルナーの目が、僅かに見開かれた。

 マナを含んだ醸造酒の、深く澄んだ味わいが舌を打ったのだろう。


 次に、石窯焼きの肉を一切れ。


 噛んだ瞬間、肉汁が弾けたのが遠目にもわかった。顎の動きが止まる。ゆっくりと、噛み締めるように咀嚼が再開された。あの鉄面皮の奥で、舌が降参しているのが見えた。


 二口目を切り取る手つきが、さっきより丁寧になっている。無意識だろう。肉の脂が指先を濡らしたのを、拭いもせずに三口目へ手を伸ばした。


 ルナが隣から覗き込んだ。


「ヴェルナーさん、おいしい?」


「…………」


 ヴェルナーの口元が、ほんの一瞬だけ緩んだ。あの鉄壁の事務面が、マーレンの料理の前に僅かな綻びを見せた。


「……悪くない」


 その一言に、肩から少し力が抜けた。

 懐柔とは言わない。だが、飯を一緒に食えたなら、それだけで十分だろう。

 面倒な仕事は全部マーレンとガロンが片づけてくれた。俺は何もしていない。席の配置だけだ。楽でよかった。


***


 宴が終わって、片づけの時間になった。

 カイが広場の隅で息をついている。


「少しは打ち解けたか?」


「打ち解けたかは知らんが、飯は食った。それだけで十分だろ」


「……だといいな」


 カイが空を見上げた。星が出始めている。


「俺、あいつのこと嫌いにはなれないんだよな。堅いけど、悪いやつじゃない気がする」


「お前はいつもそうだ」


「……それが俺の武器だと思ってるんだけど、まだ上手く使えない」


 カイの声が、珍しく静かだった。

 空回りしがちな熱血の裏に、ちゃんと考えている部分がある。こいつはそういうやつだ。


「お前の武器は、たぶんそのままでいい」


 小さく呟いた。カイには聞こえたかどうか、わからない。


 宴の片づけをしているとき、ルナの耳がぴくりと動いた。

 銀色の耳が、南の方角に向かってまっすぐ立っている。


「……南から、誰か来る。部族の匂いだ」


 ルナの表情が、初めて曇った。

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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