第131話「酒で外交するのは、ドワーフの文化らしい」
カイが突然「宴をやろう」と言い出した。
あの堅物のヴェルナーを相手に、宴会で懐柔しようという作戦らしい。
……正気か?
「堅い相手には、まず飯だろ。ガロンもそう言ってる」
「ガロンの外交手段は全部酒だろうが」
「酒も出す」
カイの目が妙に真剣だった。
こいつ、本気で宴でどうにかしようとしている。計画は壮大だが、実行力が追いつかないのがカイの常だ。
溜め息が勝手に漏れた。だが、カイが言い出したら止まらない。逃げ道がない。
しゃーない。やるなら、さっさと終わらせる段取りだけ整えるか。
***
食堂でマーレンが腕まくりをしていた。
「あたしの料理で落とせない相手はいないよ!」
……頼もしいんだが、もう少し穏やかな表現はないのか。
「で、席の配置なんだが」
カイが考え込んだ顔をしている。
「ヴェルナーの隣にはガロンを——いや、まずいか。喧嘩になる」
「なるな」
「じゃあフィーネを——」
「もっとまずい。あいつ官僚嫌いだぞ」
カイが唸った。こういうときは、頭を使うしかない。
【効率化】を起動する。
頭の中に、宴席の配置が浮かんだ。各人の性格、関係性、摩擦の可能性——全部が一瞬で整理される。
『ヴェルナーの隣にベルトを配置。緩衝となる。対面にカイ──交渉の窓口。隣接にルナ──天然の解毒剤として有効』
「ヴェルナーの隣にベルトを置いて、対面にお前、隣にルナだ。これが一番揉めない」
「おお、完璧だな!」
「完璧かどうかは知らんが、一番面倒にならない組み合わせだ」
宴席の配置を考えるだけで、もう疲れた。昼寝したい。
***
広場に長い木机が並べられた。
石窯に火が入り、マーレンが仕切り始めた瞬間から、この宴は彼女のものだった。
石窯焼きの肉が、じゅうと音を立てて皿に載る。脂が弾けて、広場の空気が炭火の香ばしさで塗り替わった。
焼きたてのパンが、籠に山盛り。湯気がほこほこと立ち上っている。マナ香草のスープは大鍋の蓋が取られるたび、芳醇な蒸気を吐き出していた。
ヴェルナーが仮設宿舎から出てきた。護衛の兵士を二人連れている。
宴の席を見て、眉がわずかに動いた。
「何の騒ぎだ」
「宴だよ。せっかくだから、一緒にどうぞ」
カイが笑って手招きする。ぎこちない。このぎこちなさがカイだ。
ヴェルナーは渋い顔をしていたが、マーレンがずかずかと近づいた。
「お役人さん、まず食べなさい。話はそれからよ」
マーレンがヴェルナーの前に、山盛りの皿をどんと置いた。
石窯焼きの肉。脂の滴る厚切りが、湯気を立てている。
「私は——」
「食べなさいって。痩せてんのよ、あんた。ほら、スープも。温まるから」
有無を言わさない。マーレンの押しの強さは、ヴェルナーの冷たさを正面から突破した。
ヴェルナーが仕方なく席に着いた。配置通り、隣にはベルトが座っている。ベルトは穏やかな顔で、スープを啜っていた。
ガロンがドワーフ酒の瓶を持ってきた。
マナを含んだ醸造酒だ。度数は普通の酒の三倍はある。旧大陸でも「ドワーフの酒を飲み干せたら一人前」と言われているらしい。
「さあ飲め! 飲まんやつは信用できん!」
ガロンが杯を押しつける。ヴェルナーの顔がさらに渋くなった。
「酒席を強要されるのは——」
「飲まんのか? ドワーフの宴で酒を断るのは、喧嘩を売るのと同じだぞ」
ガロンが豪快に笑う。ヴェルナーの眉間の皺がさらに深くなった。
だが——仕方なく、杯に口をつけた。
一口。
ヴェルナーの目が、僅かに見開かれた。
マナを含んだ醸造酒の、深く澄んだ味わいが舌を打ったのだろう。
次に、石窯焼きの肉を一切れ。
噛んだ瞬間、肉汁が弾けたのが遠目にもわかった。顎の動きが止まる。ゆっくりと、噛み締めるように咀嚼が再開された。あの鉄面皮の奥で、舌が降参しているのが見えた。
二口目を切り取る手つきが、さっきより丁寧になっている。無意識だろう。肉の脂が指先を濡らしたのを、拭いもせずに三口目へ手を伸ばした。
ルナが隣から覗き込んだ。
「ヴェルナーさん、おいしい?」
「…………」
ヴェルナーの口元が、ほんの一瞬だけ緩んだ。あの鉄壁の事務面が、マーレンの料理の前に僅かな綻びを見せた。
「……悪くない」
その一言に、肩から少し力が抜けた。
懐柔とは言わない。だが、飯を一緒に食えたなら、それだけで十分だろう。
面倒な仕事は全部マーレンとガロンが片づけてくれた。俺は何もしていない。席の配置だけだ。楽でよかった。
***
宴が終わって、片づけの時間になった。
カイが広場の隅で息をついている。
「少しは打ち解けたか?」
「打ち解けたかは知らんが、飯は食った。それだけで十分だろ」
「……だといいな」
カイが空を見上げた。星が出始めている。
「俺、あいつのこと嫌いにはなれないんだよな。堅いけど、悪いやつじゃない気がする」
「お前はいつもそうだ」
「……それが俺の武器だと思ってるんだけど、まだ上手く使えない」
カイの声が、珍しく静かだった。
空回りしがちな熱血の裏に、ちゃんと考えている部分がある。こいつはそういうやつだ。
「お前の武器は、たぶんそのままでいい」
小さく呟いた。カイには聞こえたかどうか、わからない。
宴の片づけをしているとき、ルナの耳がぴくりと動いた。
銀色の耳が、南の方角に向かってまっすぐ立っている。
「……南から、誰か来る。部族の匂いだ」
ルナの表情が、初めて曇った。
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