第129話「堅物の総督が、黙って町を歩いている」
ヴェルナーが一人で町を歩いている。
護衛もつけず、軍服の上着を脱いで、袖をまくっていた。
……あの堅物が、散歩?
朝の見回り──というか、昼寝の場所を探していた俺は、東の通りでその姿を見つけた。
別に話しかけるつもりはない。ただ、あの男がふらふら歩いている光景が珍しくて、遠くからなんとなく目で追っていた。
ヴェルナーが足を止めたのは、建設現場の前だった。
ガロンとフィーネが、融合建築の住居の補修をしていた。
ガロンが石の基礎を叩いて調整し、フィーネが木の外装の位置を微妙にずらしている。二人の動きには言葉がなかった。視線と手の動きだけで、互いの意図が通じている。
ガロンが石をひと叩きすると、フィーネが即座に木をずらす。木がぴたりとはまる。ガロンが頷き、次の石に手をかける。
ドワーフとエルフが、無言で連携している。
旧大陸では、まず見ない光景だろう。
ヴェルナーがその場に立ち尽くしていた。
腕を組んだまま、微動だにしない。あの堅物の視線が、ドワーフとエルフの手元から離れない。旧大陸の常識では、あり得ない光景を見ているのだろう。
次に目を向けたのは、広場の噴水の近くだった。
ルナが子供たちと遊んでいる。獣人の子ルッツが人族の子リタと追いかけっこをして、ルナがその間を走り回りながら笑っている。銀色の尻尾がふわふわと揺れて、子供たちがそれを掴もうとする。
獣人と人族の子供が、何の隔てもなく遊んでいる。
ヴェルナーがまた足を止めた。
組んでいた腕が、一瞬だけ緩んだ。すぐに組み直したが、その間の取り方が不自然だった。
あいつ、噴水の前でまた止まってる。
俺は通りの影に寄って、しばらくそのまま眺めていた。昼寝の場所探しは後でいい。
***
午後になって、建設現場に足を運んだ。
別にヴェルナーのためじゃない。もともと今日は現場の進み具合を確認する予定だった。めんどいが、確認を怠ると後でもっとめんどいことになる。
現場では、三種族が入り混じって作業していた。
ドワーフが石を削り出し、エルフが木の骨組みを組み、人族が資材を運ぶ。それぞれの得意分野を活かした分業が、もはや自然に回っている。
ヴェルナーが現場の端に立っていた。腕を組んで、作業を見ている。
ちょうどいい。
俺はわざとヴェルナーの近くで【効率化】を発動した。
頭の中に、現場の作業効率が数値として浮かび上がる。同時に、淡い青の光が宙に漂った。文字のような、図のような、ぼんやりとした光。
『種族間連携による作業効率──ドワーフの石工技術、エルフの木工技術、人族の運搬力。この三者が連携した場合の効率は、単一種族で同じ作業を行った場合の三倍を超える。各種族の専門技術が相互に補完し、待ち時間と無駄な工程が大幅に削減されている』
光が数秒だけ宙に浮かんで、消えた。
ヴェルナーの足が止まった。視線が宙に残る光の筋を追っている。
「……何だ、今のは」
「俺の仕掛けだ」
あえて詳しくは説明しない。
「見えたか。一つの種族じゃ、あの数字は出せない」
ヴェルナーが黙った。
否定もしなかった。肯定もしなかった。ただ、現場を見つめている。
俺は現場を離れて、広場に向かった。
サボるなら噴水の近くがいい。日当たりがよくて、水の音が心地いい。
***
ベンチに座ろうとしたら、先客がいた。
白髪交じりの、穏やかな顔をした男だった。年は五十過ぎくらいか。上質だが飾り気のない服を着ている。旧大陸の文官の正装に近いが、もっと着崩している。
「おや。あなたがユウト殿ですか」
声も穏やかだった。敵意はない。だが、ただの旅人でもない。
「……あんたは?」
「私はベルト。ヴェルナー様の……ああ、いえ。正確に言えば、前任の総督殿にお仕えしていた文官です」
「前任? ヴェルナーの前にも総督がいたのか」
「ええ。ヴェルナー様の、父上です」
ベルトがゆっくりと頷いた。
父上。
ヴェルナーの親父が、前の総督だった。
「もう亡くなられましたがね。……もう少し柔軟な方でしたな。現地の声を聞き、現地に合った統治を模索される方だった」
ベルトが噴水を見た。水面に光が踊っている。
「良い町ですな。規則だけでは、こうはならない」
「……あんた、ヴェルナーの味方なのか?」
「さて。味方とは何でしょうな」
ベルトが穏やかに笑った。答えになっていない。だが、悪い笑い方ではなかった。
「私は長年、この仕事をしてきました。規則が必要な場面もあれば、規則が邪魔になる場面もある。大事なのは、どちらの場面かを見極めることです」
ベルトが噴水の水に手を浸した。マナの水が、指の間でほんのり光る。
「おや。温かい。面白い仕掛けですな」
文官の手だが、硬さがない。指先が水の感触を確かめるように、ゆっくり動いている。
ベルトが立ち上がった。
「ユウト殿。あまり急がないことです。ヴェルナー様も、まだ見極めている最中ですから」
そう言って、ベルトは穏やかな足取りで去っていった。
一人になって、俺は噴水の水面を見た。
午後の日差しが水面に散らばって、光の粒が踊っている。
ヴェルナーが握っていた金属の板。
あれは──紋章だ。旧大陸の総督の紋章。金の鷲が翼を広げた意匠。初日にヴェルナーの軍服に刺繍されていたのと同じ紋章。
だが、あの板はヴェルナー自身のものじゃない。軍服の紋章は新しかったが、あの板は古い。使い込まれて、角が丸くなっていた。
……あいつ、ずっと死んだ親父の紋章を握ってたのか。
お読みいただきありがとうございました!
本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。
【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!
もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!




