第128話「交易路が完成したら、物が勝手に流れ始めた」
ヴェルナーの圧力を無視して、俺は道を作り続けた。
理由は単純だ。やつの相手をするより、道を作る方がまだ楽だった。
そして今日──東の道が、繋がった。
最後の石畳を敷いたのはガロンだった。
巨大な石板をハンマーで叩き込んで、地面と水平にならす。がん、と重い音が響いて、砂利が震えた。
「よし。繋がったぞ!」
ガロンが振り返って叫んだ。額に汗が光っている。
東の圧縮砂利道、十五里。町から東の港方面までを一本で結ぶ道が、完成した。
マナを含む砂利を圧縮した路面は、普通の土道の三倍は頑丈だ。荷車が通っても轍ができにくい。
東門の外に出て、完成した道を踏みしめた。
靴底に返ってくる砂利の感触が硬い。白い路面が朝日を弾いて、真っ直ぐ東の地平まで伸びている。ところどころに植えた目印の低木が、道の線をくっきりと浮かび上がらせていた。
ただの砂利道だ。だが、一本の線が荒野を二つに割いて走る光景には、妙な迫力があった。
最初にその道を走ってきたのは、トビアスの荷車だった。
「いやー、ユウトさん! すごい道じゃないですか! いつもの半分の時間で来れましたよ!」
トビアスが荷車の上から手を振っている。荷台には布で包まれた商品がぎっしり積まれていた。
その後ろから、見慣れない荷車が続いてきた。二台、三台──数えるのをやめた。
「もう商人が来てるのか」
カイが口を開きかけて、閉じた。荷車の列を数え直している。
「道ができたら勝手に来るって言っただろ。道は人を呼ぶ。俺は何もしてない」
「いや、お前が道を作ったんだろ」
「設計しただけだ。作ったのはガロンと土木班だ」
言い訳にもなっていない。だが事実だ。俺は楽をしたかっただけで、商人を呼んだつもりはない。
住民たちが東門に集まってきた。
「見て! 道の向こうから荷車が来てるよ!」
「賢者さまの道だ! 賢者さまが外の世界と繋げてくださった!」
「俺の道じゃない。道は道だ」
誰も聞いていなかった。いつものことだ。
商人たちが町に入ってくる。荷車から降りて、広場を見回して、口々に驚いている。
「こんな立派な町が新大陸にあるのか」
「噴水まであるぞ。旧大陸の地方都市より整ってないか」
「建物の造りが見たことない。石と木が噛み合って……なんだこれは」
融合建築を見て首を傾げている商人もいた。旧大陸では見ない建築だから当然だ。
さて。
商人が来たのはいいが、この道がどれだけの流通を捌けるのか、把握しておきたい。めんどい問題が後から出てくるのは、もっとめんどい。
***
作業場に戻って、【効率化】を発動した。
頭の中に道の全容が浮かぶ。十五里の路面。幅。勾配。路面強度。全ての情報が一気に流れ込んでくる。
『東ルートの物流能力──一日あたりの通行可能量は荷車五十台。年間に換算すると当初の想定の八倍。町を中心とした商圏が三倍に広がる見込み』
……八倍? 三倍?
ただの道だぞ。砂利を固めて石を敷いただけの。
歩くのがだるいから作っただけの道が、いつの間にか経済圏を作ってるって、どういうことだ。
またやりすぎた。
さらに、頭の中に追加の情報が浮かんだ。
『推奨──流通量の増加に伴い、中継地点の設置が望ましい。また、通行の管理を行う拠点の設置を提案する』
関所を作れと言いたいのか。
面倒だからやらない。道は自由に通れてこそ道だ。管理なんか始めたら、俺がその管理をやる羽目になる。却下だ。
カイが作業場に顔を出した。
「ユウト、外の商人たちが取引の場所を聞いてるんだが」
「市場に案内してくれ。骨組みはできてるだろ」
「ああ。……しかし、これだけ人が来ると、治安の問題も出てくるな」
カイが腕を組んで呟いた。
「今はいい。今は考えたくない」
「そう言うと思った」
***
市場に向かうと、トビアスが忙しそうに動いていた。
見慣れない商人たちと挨拶を交わし、荷物を確認し、値段の話をしている。だが、その手に抱えているのは──子供たちのおもちゃだった。
「トビアス、何してるんだ」
「ユウトさん! ちょうどよかった。これ、見てください」
トビアスが荷台の上に、四つのおもちゃを並べた。
木の実おもちゃ。匂い当て玉。ぱちん弓。金属の鈴玉。
どれも町の子供たちが遊んでいるものだ。
「これが最初の交易品になります」
「おもちゃが?」
「おもちゃじゃないですよ。四種族融合の工芸品です」
トビアスの笑顔が消えて、目が鋭くなった。
「いいですか。木の実おもちゃはエルフの木工技術。匂い当て玉は獣人の薬草知識。ぱちん弓は人族の弾性利用。金属の鈴玉はドワーフの精密鍛造。四つの種族の技が一つの町で混ざり合って生まれた品です。こんなもの、他のどこにもない」
トビアスが一つ一つ丁寧に布で包んでいく。
「外で売れなかったら、俺の信用問題です。だから真剣なんですよ」
その手つきは、おもちゃを扱っているとは思えないほど慎重だった。
「トビアス。売れると思うか、正直なところ」
「売れますよ。旧大陸の貴族は珍しいものに目がない。新大陸の、しかも四種族が共同で作った工芸品。話題性だけで値が付きます。そこに品質が伴えば──大化けする」
そう言って、トビアスは荷車に荷物を積み込んだ。
「あと、ユウトさん」
トビアスが声を落とした。
「これだけの交易路ができたら、旧大陸の商人ギルドが黙ってないですよ。新しい流通路は、既存の利権を脅かしますから。気をつけてください」
……商人ギルドか。
ヴェルナーだけでも面倒なのに、商人ギルドまで出てくるのか。
「めんどいな」
「めんどいですよ。でも、それだけこの道に価値があるってことです」
トビアスが笑って、荷車を出発させた。
夕暮れ時。
東門の外に立って、交易路を眺めた。
夕日に染まった道の上を、商人たちの荷車が列を作って進んでいく。車輪がマナの砂利を踏む軽い音が、規則正しく響いている。
カイが隣に立って、同じ光景を見ている。
「ユウト。この町は変わるぞ。いい方にも……悪い方にも」
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