第127話「税を取られるのは、怠ける権利の侵害だ」
「税を納めろ」と言われた瞬間、俺の中の何かが死んだ。
働きたくないから効率化してきたのに、ここまで来て税金かよ。
……胃の底から何かが込み上げてきた。前世の記憶のせいだ。
翌朝。広場に住民が集められた。
ヴェルナーが広場の中央に立ち、背後に兵士が整列している。朝日を背にしたその姿は、まるで裁判官が判決を読み上げる直前のようだった。
「これより、新大陸開拓総督としての統治方針を伝達する」
ヴェルナーの声が広場に落ちた。住民たちが息を詰める。
「第一。この町の生産物に対し、旧大陸の税制に基づく徴税を行う。具体的な税率は後日通達する」
ざわ、と空気が揺れた。
「第二。新たな建設活動は、総督府の事前認可を必要とする。無認可の建設は撤去の対象とする」
ガロンが「はあ?」と声を上げかけた。フィーネが目だけで制した。
「第三。四半期ごとに、町の状況を旧大陸に書面で報告する。報告の義務は町の代表者に帰属する」
税。認可。報告。
三重の鎖だ。
前世で見たやつと同じだ。自由にやらせておいて、後から管理の網をかぶせてくる。あの手口だ。
住民たちがこちらを見ている。
「賢者さまが何とかしてくれる!」
頼むから勝手に期待するのをやめてくれ。
「何とかするのは俺じゃない」
そう呟いたとき、カイが前に出た。
「話し合おう。俺たちにも言い分がある」
カイの声は真っ直ぐだった。腰に手を当てて、ヴェルナーの前に堂々と立っている。こういうときに前に出られるのが、こいつの強さだ。
ヴェルナーが僅かに顎を引いた。
「交渉は受ける。場所を移そう」
***
広場の端に、仮設の机と椅子が置かれた。
飾り気のない板と脚だけの粗末な造りで、交渉の場にしては殺風景だった。周囲では住民たちが遠巻きにこちらを見ている。声は出さないが、視線の圧が背中にじわじわ刺さる。
カイとヴェルナーが向かい合って座る。俺は後ろに立って見守ることにした。めんどいが、ここで昼寝するわけにもいかない。
「俺たちはこの町を自分たちの手で作った。旧大陸の助けは一切借りていない。税を払う筋合いはないはずだ」
カイが切り出した。声に力がある。正しいことを言っている自信がある。
「お気持ちは理解します」
ヴェルナーが答えた。表情は変わらない。
「しかし、旧大陸の法では、新大陸における定住活動は総督府の管轄下に置かれます。これは法的事実です。規則ですので」
「規則って──俺たちが知らないうちに勝手に決められたやつだろ!」
カイの声が大きくなった。当然の怒りだ。知りもしない法律を持ち出されて、従えと言われている。
「知らなかったことは、免責にはなりません」
ヴェルナーの声には一切の感情がなかった。まるで書面を読み上げているようだ。
カイが拳を握った。
「じゃあ聞くが、旧大陸はこの町に何をしてくれた? 道を作ったのは俺たちだ。建物を建てたのも、畑を耕したのも全部俺たちだ。何もしてない連中が、税だけ取りに来るのか?」
「総督府は秩序を提供します。法と治安の保障。それが税の対価です」
「秩序なら、俺たちは自分たちで守ってる!」
「自治には限界があります。規模が大きくなれば、なおさら」
噛み合わない。
カイの言葉は正しい。だがヴェルナーは正しさではなく、法という枠組みで動いている。土俵が違う。
俺はカイの肩に軽く手を置いた。
「カイ。今の交渉は噛み合ってない」
小声で言った。カイが振り返る。
「わかってる。でも──」
「あいつは感情で動かないやつだ。正しいかどうかじゃなくて、法がどうかだけで話してる。こっちも別の切り口がいる」
カイが唇を噛んだ。
だが、数秒の沈黙の後、ふっと肩の力を抜いた。
「……わかった。今は引く。でも、次は別の手で来る」
頷いて、席を立つ。背中は真っ直ぐだった。
空回りしても折れないまま引ける。俺にはできない芸当だ。
***
カイが席を立った後、俺はヴェルナーの前に残った。
別に話す気はなかったが、なんとなく足が動かなかった。
「あんたさ」
ヴェルナーが顔を上げた。
「俺たちから税を取って、何がしたいんだ。俺はただ楽がしたいだけなんだけど」
「楽……ですか」
ヴェルナーの眉が僅かに動いた。
「私には理解できません。秩序は義務の上に成り立つものです。義務を果たさず楽を望むのは、怠惰と言います」
「怠惰で悪いか。俺は前世で──」
言いかけて、止めた。前世の話をしても通じるわけがない。
「……まあいい。で、あんたは義務を果たしてれば楽しいのか」
ヴェルナーは答えなかった。
代わりに、広場の噴水を見た。マナ循環式の噴水。水が絶えず流れ、光を弾いている。
「……この噴水は、誰が設計したのです」
「俺。水汲みがめんどくさかったから作った」
「面倒だから……」
ヴェルナーの目に、何かが過ぎった。ほんの一瞬だけだ。
「検討の余地はあります。ただし、規則は規則です」
ヴェルナーが立ち上がり、背を向けた。
軍靴の音が遠ざかっていく。
……完全な拒否じゃなかった。
「検討の余地」。あの堅物がそんな言葉を使った。
めんどい。本当にめんどい。
昼寝の時間を返してほしい。こいつが来てから、ゆっくり休めた日がない。
だが、ただ追い返せる相手でもない。こいつは兵百人を連れてきた男だ。
カイが戻ってきた。
「ユウト、どうだった」
「さあな。ただ、完全に扉を閉めたわけじゃなさそうだ」
「そうか。……俺の交渉は空回りだったな」
「お前は間違ってない。ただ、相手の言語が違っただけだ」
カイが少し笑った。悔しそうだが、前を向いている顔だった。
その夜、俺は窓の外を見た。
ヴェルナーが一人で広場を歩いていた。
噴水の前で立ち止まり、水面をじっと見つめている。
懐から、あの金属の板を取り出して──握りしめた。
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