第125話「野営で密着するのは、配置の問題であって」
なぜ俺は今、森の中で二人の女に挟まれて眠ろうとしているのか。
経緯を説明すると、全部「交易路の視察」のせいだ。
全部配置の問題だ。配置だけが悪い。
話は今朝に遡る。
交易路の三方面のうち、西の森ルートだけがまだ現地を確認していなかった。
北と東は実際に歩いて設計を固めたが、西はエルフの領域に近く、フィーネの案内なしには入れない。
「わたくしが同行しますわ。森の中を勝手に歩かれては困ります」
フィーネが朝一番でそう宣言した。
ルナが「あたしも行くー!」と当然のように手を挙げて、結局三人での視察になった。
西の森は、町の外れから歩いて半日の距離だ。
入口からして雰囲気が違う。木々が高く、幹が太く、地面に苔が分厚く積もっている。土と葉と樹脂の匂いが濃く、木漏れ日が苔の上に光の模様を作っていた。
「ここに道を通すなら、木を傷つけない方法を考えてちょうだい」
フィーネが振り返って、きっぱりと言った。
「わかってる。木道だ。根の間を縫うように板を渡す」
「言うのは簡単ですわね。この森の根がどれだけ複雑に絡んでいるか、見てから言っていただけます?」
フィーネが足元を指差した。
確かに、太い根が大蛇のように地表を這い回っている。これを避けて木道を通すのは、かなりの工夫がいる。
【効率化】を発動した。
根の配置が頭の中に浮かぶ。地中で絡み合う根の網目、その隙間を縫うように通せるルートが、淡い線となって見えてくる。
『根の隙間を縫い、最も影響の少ない経路がある。主要な太い根を三箇所で跨ぐ橋状の構造にすれば、根を傷つけずに通行できる。ただし、高低差が大きくなる区間がある』
「根を避けて、橋みたいに跨ぐ木道にする。太い根のところは高さを上げて、根の上を渡る形だ」
フィーネが少し考えて、目を細めた。
「……それなら、まあ。根を傷つけないなら許可しますわ。ただし、素材はこの森の間伐材を使うこと。外から持ち込まれた木は馴染みません」
「了解。めんどいけど、それが一番揉めない方法だ」
「面倒で済みませんわよ。森に道を通すのですから」
視察を続けているうちに、日が傾いてきた。
西の森は思ったより深く、町までの帰路を考えると微妙な時間だ。
「今日中に帰るのは無理だな」
「あたし、もう足がくたくたー」
ルナが木の幹にもたれかかって、声がいつもより低い。
「仕方ありませんわね。このあたりで一晩過ごしましょう」
フィーネが意外にもあっさり提案した。森の中なら慣れているのかもしれない。
***
さて、野営だ。
さっさと準備して、さっさと寝たい。明日は朝から帰り道だ。
少し開けた場所を見つけて、【効率化】で野営地を選定した。
『風向きは西。焚き火は西側に置き、風よけにする。地面の傾斜は緩やかに東へ。排水は問題なし。木の根が天然の枕になる位置あり』
なるほど。焚き火を風上に置いて、その東側で寝る形か。理にかなっている。
フィーネが森の中から乾いた枝を集めてきた。さすがに手慣れている。
ルナが焚き火の番を買って出て、火を起こした。マナを含んだ木の枝は普通の薪より長く燃え、炎がほんの少し青みがかっている。
焚き火の前に三人で並んで座った。
ルナが持ってきた干し肉と、フィーネが森で摘んだ木の実を分け合って、簡単な夕食を済ませた。
***
問題はここからだった。
「夜は冷えますわね」
フィーネが腕を抱えた。
西の森の夜は、思った以上に気温が下がる。
「フィーネさん、こっち来て! あたし、あったかいよ!」
ルナがフィーネの隣に寄った。獣人の体温は人族やエルフより高い。ルナの体からは、じんわりとした温もりが滲み出ている。
「……近いですわ」
「えー、でもあったかいでしょ?」
「……否定はしません」
フィーネがルナの隣に収まった。
二人が焚き火の片側にくっついて座っている。
俺は反対側で、一人で寝る準備をしていた。
落ち葉を集めて即席の寝床を作り、外套を被って横になる。よし、これで問題ない。
さっさと寝よう。
「ユウトさーん、こっち来ないのー?」
「行かない」
「えー、一人で寒くない?」
「寒くない」
寒い。それだけだ。
しかし、問題は自然の摂理として発生した。
フィーネが先に眠りに落ちた。
眠ったフィーネの体が、ゆっくりとルナの方に傾いていく。ルナの温もりに引き寄せられるように。
「んー、フィーネさん重い……」
ルナがフィーネの体重を支えきれずに、反対側に――つまり俺の方に――倒れてきた。
「おい」
「わっ、ユウトさん、ごめん。フィーネさんが寄ってきて……」
ルナの背中が俺の胸に当たった。銀色の耳が、俺の首筋にぺたりと触れた。
柔らかい。温かい。ほんのりと、森の花のような甘い匂いがする。
「ルナ、離れろ」
「動けないよー。フィーネさんが乗っかってるもん」
確かに、フィーネがルナにもたれかかっていて、ルナは身動きが取れない状態だった。
結果として、フィーネ→ルナ→俺、という連鎖密着が完成してしまった。
ルナの尻尾が、無意識にふわりと動いて、俺の腰に巻きつく。
温かくて、ふさふさで、重みがあって。
「ユウトさん、あったかい……」
ルナの声が、もう半分眠りかけている。耳がぴくぴくと微かに動いて、そのたびに首筋にくすぐったい感触が走る。
そこで、頭の中に余計な声が響いた。
『体温共有効率──現在の密着面積で体温維持効率は九割二分。推奨──密着面積を拡大すれば九割五分まで向上可能。腕を回すことを提案する』
効率化するな。
そこは効率化するな。
『追記──獣人の体温は人族より約二度高い。現在の配置は体温維持において合理的であり──』
黙れ。
俺は目を瞑って、必死に意識を別のことに向けた。
明日の帰り道。木道の設計。マーレンの保存食。何でもいい。
ルナの耳が、すん、と小さく動いた。
息が規則正しくなっている。眠ったらしい。
首筋に当たる耳の柔らかさと、腰に巻きついた尻尾の温もりが、容赦なく俺の意識を引き戻してくる。
「……何を騒いでいるのです?」
フィーネが薄目を開けた。
「何でもない」
「そうですか。……あら、なぜこのような配置に」
「配置の問題だ。物理的な」
「……そう」
フィーネが再び目を閉じた。
ルナはすやすやと眠っている。尻尾が俺の腰でゆるく脈打つように動いている。
結局、俺だけが眠れなかった。
青みがかった焚き火の光が、三人の影を揺らしている。虫の声と、木々がきしむ音だけが聞こえる。
温かくて、柔らかくて、全然眠れない。
最悪だ。
翌朝、ルナが目を覚ました。鼻がひくりと動いて、体が一瞬こわばった。
「ユウトさん……東の方から、たくさん人が来てる匂いがする」
「旅人か?」
「ううん。もっと……揃ってる。兵隊さんみたいな匂い」
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