第124話「商人の目は、おもちゃに光った」
「いやー、ユウトさん! お久しぶりです! 道、良くなりましたねぇ!」
トビアスが荷車いっぱいの品物を引っ張りながら、満面の笑みで現れた。
……この男、前に来たときも勝手に値段をつけてたやつだ。
「なんで来たんだ」
「商人が道の整備を聞きつけて来ないわけがないでしょう。噂はもう港町まで届いてますよ。新大陸の奥地に、道を切り拓いてる集落があるって」
トビアスは荷車を止めて、町の中をきょろきょろと見回した。
前回来たときとは、もう全然違う。融合建築の住居群が並び、石畳の広場の中央には噴水が水を吹き上げている。市場の骨組みには屋根がかかり、住民たちが行き来している。
「ユウトさん、前に来たときと全然違うじゃないですか。これは……本格的に町ですね。商売になる」
「商売とか面倒なこと言うなよ」
「面倒なんてとんでもない。むしろ楽になりますよ。あなたの町の産物を外に持ち出せば、欲しいものが向こうから届くようになるんですから」
向こうから届く。
その言葉だけは、ちょっと心が動いた。
トビアスを町の中に案内すると、奴はいちいち立ち止まっては目を丸くした。
マナ香草の乾燥棚を見て「これ、旧大陸じゃ手に入りませんよ」と呟き、融合建築の壁を触って「石と木と金属が一体になってる。こんな工法、見たことがない」と首を傾げ、石窯から漂うパンの匂いを嗅いで「この香り……マナ香草を練り込んでますね?」と鼻を利かせた。
商人の嗅覚もなかなかのもんだ。ルナとは違う意味で。
***
広場を横切ったとき、トビアスの足が止まった。
「……あれは?」
広場の隅の遊び場で、子供たちが遊んでいた。
人間の子供とドワーフの子供が一緒になって、何かを投げたり転がしたりしている。
「ああ、子供のおもちゃだ。住民が暇なときに作ってるやつ」
トビアスが遊び場に近づいて、しゃがみ込んだ。
商人の目が、すっと細くなった。さっきまでの愛想のいい顔とは違う。値踏みする目だ。
「この木の実のおもちゃ。中に石が入ってて振ると音がしますね。木の実の殻は人族の……いや、これは人族じゃない。獣人の薬草で処理した木の実ですか。匂いが違う」
「ああ、ルナが教えた方法で処理すると長持ちするらしい」
「こっちの匂い当て玉。中にいろんな匂いの素を詰めて、当てっこ遊びをするんですね。薬草はエルフの知識でしょう」
「フィーネの弟子が調合したやつだな」
「このぱちん弓。弓の部分はエルフの弾力のある木で、弦は……ドワーフの金属糸ですか?」
「ガロンのところの見習いが作った」
「この鈴玉。金属の細工が……これはもう完全にドワーフの仕事ですね。でも中の木の芯は森の木で、音を響かせてる」
トビアスが立ち上がった。
立ち上がり際に、膝の泥を一度だけ払った。その仕草がやけに丁寧だった。
「ユウトさん。ちょっと待ってください」
「何だ」
「このおもちゃ群。木の実は獣人の処理、匂い玉はエルフの薬草、弓はエルフの木にドワーフの金属、鈴は金属と森の木。四つの種族の素材と技術が、全部混ざってる」
「まあ、この町には四種族いるからな。自然とそうなるだろ」
「自然と、ですか」
トビアスが俺の顔をじっと見た。
「ユウトさん。これ、ここにしかない工芸品ですよ。旧大陸のどこを探しても、四種族の素材を混ぜたものなんか存在しない。持ち出したら……値がつきます。それもかなりの」
「……おもちゃ?」
「だからこそです。どこにも真似できない」
言われてみれば確かにそうだ。四つの種族が一つの町で暮らしているからこそ生まれたもの。素材も技術も、この場所でしか混ざらない。
***
市場の隅に腰を下ろして、トビアスと話を続けた。
「で、実際にどのくらい売れるんだ」
「それはですね、正直やってみないとわかりません。ただ、希少価値は間違いなく高い」
……めんどいが、どのくらいの価値があるかくらいは知っておいた方がいいか。
あとで面倒な交渉をしなくて済むように。
【効率化】を発動した。
町で作られているものの価値と需要が、頭の中に浮かび上がる。
『融合建築の技術──需要は極めて高い。だが技術の移転には職人の派遣が必要で、供給は困難。流出させると模倣される危険がある』
建築技術は出せない。これはガロンとフィーネの合作だ。勝手に外に漏らしたら怒られる。
『マナ香草──旧大陸では入手困難な素材。乾燥させれば長期保存が可能で、軽量。交易品として最も扱いやすい。需要は高い』
香草なら手軽だな。乾燥させるだけだし。
『おもちゃ工芸品──需要は未知数。だが四種族の融合という希少性は、他のどの交易品にもない独自の価値を持つ。量産は難しいが、一品の単価は高くなる可能性がある』
「マナ香草が一番手堅いな。軽いし、日持ちする。おもちゃは未知数だが、希少価値はある」
「さすがユウトさん、話が早い。俺もそう思いますよ。まずはマナ香草を軸に、おもちゃは少量の試し売りから始めましょう」
トビアスが手を叩いた。商談がまとまりそうな顔をしている。
いや、まとめるつもりはないんだが。
「ただ、一つ気をつけた方がいい」
トビアスの声が、少し低くなった。
「旧大陸の商人ギルドは、新しい交易路を好みません。既存の商売の枠組みを邪魔されるのが嫌なんです。この町が独自の交易路を持つようになると……目をつけられるかもしれない」
「……面倒そうだな」
「面倒ですよ。でも、避けては通れない。道を作ったってことは、人が来るってことです。商人だけじゃなく、いろんなのが」
いろんなの。
その言葉の中に、あの書状のことがちらついた。旧大陸の開拓総督府から届いた、視察団派遣の通知。
考えたくない。あとでいい。
「賢者さまが遠方の商人まで招いてくださった!」
いつの間にか集まっていた住民たちが、嬉しそうに声を上げた。
「招いてない」
「謙虚な賢者さまだ!」
「謙虚じゃない。本当に招いてない」
トビアスが荷車から何かを取り出した。
「おまけですよ」
差し出されたのは、妙な模様の壺だった。
「いらん」
「まあまあ。中に旧大陸の塩が入ってます。マーレンさんのお料理に使ったら喜びますよ」
塩か。それならまあ、マーレンに渡せばいい。
俺は受け取ってしまった。商人の口車に乗せられた気がする。
トビアスが荷車をまとめて出発の準備を始めた。
帰り際に、ふと振り返った。
「ユウトさん。あの道、もう少し整えたら旧大陸からも来ますよ。商人だけじゃなく……役人もね」
……それは、もう来ることが決まっている。
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