第123話「種族ごとの弁当が、全部おかしい」
道路工事の昼飯は、毎回が異文化交流だった。
ドワーフの携帯食は歯が欠けそうなほど固いパンで、エルフの弁当は花と木の実だけ。
そしてルナは、何か得体の知れない干し肉を嬉しそうに齧っている。
東の街道の工事は三日目に入っていた。
朝から砂地を圧縮する作業が続いて、昼になると全員がへたり込む。遠くで石を砕く音が止むと、昼の静けさだけが残った。
問題は、この昼飯の時間だった。
「フィーネ、お前それ何を食ってるんだ」
フィーネが広げた包みの中身を見て、俺は思わず聞いた。
花弁だ。赤と紫と白の花弁が、木の実の上に散らしてある。
「森の恵みですわ。マナを含んだ花弁は栄養価が高く、少量で十分な滋養が取れます」
「……見た目は完全に花束だけどな」
「味で判断していただけます?」
その隣で、ガロンが岩みたいなパンを齧っている。
がりっ、という嫌な音がした。人間の歯なら確実に折れる音だ。
「お前たちの飯はいつ見ても頼りないな。花を食って力が出るか」
「石を食べているのですか?」
フィーネが冷たい目でガロンの岩パンを見た。
「これはマナで硬化させた穀物を焼いたもんだ! ドワーフの携帯食は百年前から変わっておらん!」
「それは自慢にならないと思いますけれど」
ガロンが鼻を鳴らし、フィーネが涼しい顔をする。
いつもの口論だ。
「はい、おすそ分け!」
ルナが二人の間に、自分の干し肉を差し出した。
薬草で処理された獣人の保存食だ。独特の匂いが立ち上る。干した草と、獣の脂と、何か説明しにくい発酵臭が混ざったような。
ガロンとフィーネが同時に顔を背けた。
「……遠慮する」
「わたくしも、お気持ちだけ」
「えー、おいしいのに」
ルナが残念そうに肩を落とした。
俺は自分で握ったおにぎりを食べていた。マーレンの食堂で貰った塩と、マナ香草を混ぜた簡単なやつだ。
この場で一番まともな飯を食っているのは、たぶん俺だろう。
***
「何をやっとるんだい、あんたたちは!」
聞き覚えのある声が、工事現場の向こうから響いた。
振り向くと、マーレンが大きな鍋を両手で抱えて歩いてきた。湯気が立っている。
その後ろから、木箱を抱えた住民が二人ついてきている。
「マーレン? なんでここに?」
「見に来たのよ。あんたたち、ちゃんと食べてるかなって。案の定じゃないの」
マーレンが全員の弁当を見回して、呆れた顔をした。鍋の蓋を開けると、肉と野菜の煮込みの匂いがぶわっと広がった。
腹が鳴りそうになるのを堪えた。
「こんなもん食って動けるの? ドワーフのそれは固すぎ、エルフのそれは足りなすぎ、獣人のそれは偏りすぎ。あたしが作ったのを食べなさい!」
マーレンが木箱から器を取り出して、全員の前に煮込みをよそった。
「いや、わざわざここまで持ってきたのか?」
「当たり前でしょ。工事してるって聞いたら、飯の心配するのが食堂の仕事よ」
有無を言わさない迫力だった。
……せっかくだ。ちょっと調べてみるか。
【効率化】を軽く発動して、全員の昼飯の栄養を比べてみた。
頭の中に情報が流れ込む。
『ドワーフの岩パン──穀物由来の炭水化物に極端に偏る。硬さゆえに消化にも力を使い、午後の作業効率が落ちる。持久力は出るが瞬発力に欠ける』
まあ、そうだろうな。あんな石みたいなもの、胃が処理するだけで疲れそうだ。
『エルフの花弁サラダ──マナを含む植物由来の微量栄養は豊富だが、総量が足りない。半日の肉体労働には向かない』
きれいだけど腹は膨れない。見た目通りだ。
『獣人の干し肉──獣肉のたんぱく質に偏重。薬草処理で保存性は高いが、穀物も野菜も足りない。匂いで他種族との共食が困難』
ルナには悪いが、あの匂いは確かにきつい。
『マーレンの煮込み──肉・根菜・豆・香草をバランスよく含む。マナ香草が風味と滋養の両方を補い、消化も良い。肉体労働に最適な構成』
……やっぱりか。
「マーレンの飯が一番バランスいいぞ。他のは全部偏ってる」
「ほらね!」
マーレンがドヤ顔をした。腰に手を当てて、胸を張っている。
「あたしの料理に文句つけたやつ、いたかしら?」
ガロンがぼそっと言った。
「……誰も文句は言っておらん」
全員がマーレンの煮込みを口に運んだ。
ガロンが岩パンを置いた手が、しばらく動かなかった。
肉の旨味と根菜の甘みが、マナ香草の風味と一緒に広がる。汗をかいた体に、温かい汁が沁みた。
「……うまい」
ガロンが言った。
「うまいですわね」
フィーネが言った。
「おいしーい! マーレンさんのごはん、だいすきー!」
ルナが尻尾をぶんぶん振った。
マーレンが満足そうに頷いた。
***
「明日から全員分、あたしが作るわ。文句は受け付けないからね」
「いや、毎日ここまで来るのか? 工事現場だぞ」
「だから、携帯食を作ればいいのよ。あんた、その仕掛けで長持ちするやつ作れないの?」
「……保存食の効率化か」
めんどい。
めんどいが、確かに毎日マーレンに弁当を届けてもらうよりは、保存食を作った方が楽だ。一回手間をかければ、あとは放っておける。
「しゃーない。やるか」
「素直じゃないねぇ、あんたは」
マーレンが笑って、空になった鍋を回収し始めた。
ルナが器を舐めるように最後の一滴まで飲み干して、満足そうに言った。
「マーレンさんのごはん、あったかい匂いがする。お日さまと、土と、ちょっとだけ煙の匂い。好きだなぁ」
耳がぴこぴこ揺れている。
ルナの嗅覚は、味だけじゃなくて作り手の温度まで嗅ぎ取るらしい。
午後の作業に戻った。マーレンの煮込みのおかげか、全員の動きが明らかに良くなっている。
やっぱり飯は大事だ。特に、人に作ってもらえるなら最高に楽だ。
翌日、東の道の工事現場に見慣れない荷車が近づいてきた。
ルナが鼻をひくつかせる。
「ユウトさん、この匂い……前に来た人だ。あの、値段ばっかり言う人」
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