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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第7章「交易路を拓く」

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第123話「種族ごとの弁当が、全部おかしい」

 道路工事の昼飯は、毎回が異文化交流だった。

 ドワーフの携帯食は歯が欠けそうなほど固いパンで、エルフの弁当は花と木の実だけ。

 そしてルナは、何か得体の知れない干し肉を嬉しそうに齧っている。


 東の街道の工事は三日目に入っていた。

 朝から砂地を圧縮する作業が続いて、昼になると全員がへたり込む。遠くで石を砕く音が止むと、昼の静けさだけが残った。


 問題は、この昼飯の時間だった。


「フィーネ、お前それ何を食ってるんだ」


 フィーネが広げた包みの中身を見て、俺は思わず聞いた。

 花弁だ。赤と紫と白の花弁が、木の実の上に散らしてある。


「森の恵みですわ。マナを含んだ花弁は栄養価が高く、少量で十分な滋養が取れます」


「……見た目は完全に花束だけどな」


「味で判断していただけます?」


 その隣で、ガロンが岩みたいなパンを齧っている。

 がりっ、という嫌な音がした。人間の歯なら確実に折れる音だ。


「お前たちの飯はいつ見ても頼りないな。花を食って力が出るか」


「石を食べているのですか?」


 フィーネが冷たい目でガロンの岩パンを見た。


「これはマナで硬化させた穀物を焼いたもんだ! ドワーフの携帯食は百年前から変わっておらん!」


「それは自慢にならないと思いますけれど」


 ガロンが鼻を鳴らし、フィーネが涼しい顔をする。

 いつもの口論だ。


「はい、おすそ分け!」


 ルナが二人の間に、自分の干し肉を差し出した。

 薬草で処理された獣人の保存食だ。独特の匂いが立ち上る。干した草と、獣の脂と、何か説明しにくい発酵臭が混ざったような。


 ガロンとフィーネが同時に顔を背けた。


「……遠慮する」


「わたくしも、お気持ちだけ」


「えー、おいしいのに」


 ルナが残念そうに肩を落とした。


 俺は自分で握ったおにぎりを食べていた。マーレンの食堂で貰った塩と、マナ香草を混ぜた簡単なやつだ。

 この場で一番まともな飯を食っているのは、たぶん俺だろう。


***


「何をやっとるんだい、あんたたちは!」


 聞き覚えのある声が、工事現場の向こうから響いた。

 振り向くと、マーレンが大きな鍋を両手で抱えて歩いてきた。湯気が立っている。

 その後ろから、木箱を抱えた住民が二人ついてきている。


「マーレン? なんでここに?」


「見に来たのよ。あんたたち、ちゃんと食べてるかなって。案の定じゃないの」


 マーレンが全員の弁当を見回して、呆れた顔をした。鍋の蓋を開けると、肉と野菜の煮込みの匂いがぶわっと広がった。

 腹が鳴りそうになるのを堪えた。


「こんなもん食って動けるの? ドワーフのそれは固すぎ、エルフのそれは足りなすぎ、獣人のそれは偏りすぎ。あたしが作ったのを食べなさい!」


 マーレンが木箱から器を取り出して、全員の前に煮込みをよそった。


「いや、わざわざここまで持ってきたのか?」


「当たり前でしょ。工事してるって聞いたら、飯の心配するのが食堂の仕事よ」


 有無を言わさない迫力だった。


 ……せっかくだ。ちょっと調べてみるか。


 【効率化】を軽く発動して、全員の昼飯の栄養を比べてみた。


 頭の中に情報が流れ込む。


『ドワーフの岩パン──穀物由来の炭水化物に極端に偏る。硬さゆえに消化にも力を使い、午後の作業効率が落ちる。持久力は出るが瞬発力に欠ける』


 まあ、そうだろうな。あんな石みたいなもの、胃が処理するだけで疲れそうだ。


『エルフの花弁サラダ──マナを含む植物由来の微量栄養は豊富だが、総量が足りない。半日の肉体労働には向かない』


 きれいだけど腹は膨れない。見た目通りだ。


『獣人の干し肉──獣肉のたんぱく質に偏重。薬草処理で保存性は高いが、穀物も野菜も足りない。匂いで他種族との共食が困難』


 ルナには悪いが、あの匂いは確かにきつい。


『マーレンの煮込み──肉・根菜・豆・香草をバランスよく含む。マナ香草が風味と滋養の両方を補い、消化も良い。肉体労働に最適な構成』


 ……やっぱりか。


「マーレンの飯が一番バランスいいぞ。他のは全部偏ってる」


「ほらね!」


 マーレンがドヤ顔をした。腰に手を当てて、胸を張っている。


「あたしの料理に文句つけたやつ、いたかしら?」


 ガロンがぼそっと言った。


「……誰も文句は言っておらん」


 全員がマーレンの煮込みを口に運んだ。

 ガロンが岩パンを置いた手が、しばらく動かなかった。


 肉の旨味と根菜の甘みが、マナ香草の風味と一緒に広がる。汗をかいた体に、温かい汁が沁みた。


「……うまい」


 ガロンが言った。


「うまいですわね」


 フィーネが言った。


「おいしーい! マーレンさんのごはん、だいすきー!」


 ルナが尻尾をぶんぶん振った。


 マーレンが満足そうに頷いた。


***


「明日から全員分、あたしが作るわ。文句は受け付けないからね」


「いや、毎日ここまで来るのか? 工事現場だぞ」


「だから、携帯食を作ればいいのよ。あんた、その仕掛けで長持ちするやつ作れないの?」


「……保存食の効率化か」


 めんどい。

 めんどいが、確かに毎日マーレンに弁当を届けてもらうよりは、保存食を作った方が楽だ。一回手間をかければ、あとは放っておける。


「しゃーない。やるか」


「素直じゃないねぇ、あんたは」


 マーレンが笑って、空になった鍋を回収し始めた。

 ルナが器を舐めるように最後の一滴まで飲み干して、満足そうに言った。


「マーレンさんのごはん、あったかい匂いがする。お日さまと、土と、ちょっとだけ煙の匂い。好きだなぁ」


 耳がぴこぴこ揺れている。

 ルナの嗅覚は、味だけじゃなくて作り手の温度まで嗅ぎ取るらしい。


 午後の作業に戻った。マーレンの煮込みのおかげか、全員の動きが明らかに良くなっている。

 やっぱり飯は大事だ。特に、人に作ってもらえるなら最高に楽だ。


 翌日、東の道の工事現場に見慣れない荷車が近づいてきた。

 ルナが鼻をひくつかせる。


「ユウトさん、この匂い……前に来た人だ。あの、値段ばっかり言う人」

お読みいただきありがとうございました!


本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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