第122話「嗅覚で地盤調査って、あり?」
ルナが地面に顔をくっつけている。
尻尾がぴんと立ち、耳がぴくぴくと動く。
「ユウトさん、ここ! この下、かたい土の匂いがするよ!」
……俺は今、非常にまずいものを見ている。
獣人の少女が四つん這いで地面に鼻を押しつけている姿を、正面から眺めているわけだが。
朝露に濡れた草の匂いが漂う中、ルナの銀色の髪が地面すれすれで揺れている。
「ルナ、その姿勢やめろ。いろいろまずい」
「えー? こうしないと嗅げないよ?」
本人に自覚がないのが一番たちが悪い。
視線の逃がし先がない。空を見る。鳥が飛んでいる。平和な朝だ。下を見なければ。
「いいから立て。立って嗅げ」
「立つとねー、風の匂いが混ざっちゃうの。地面にくっつかないと、土の奥の匂いがわかんないんだよ」
理屈は通っている。通っているが、見た目の問題がある。
仕方がないので、俺はルナから三歩離れて、別の方角を向くことにした。
これが最も精神衛生上、効率的な配置だ。
交易路の測量は、昨日から始まっていた。
まずは東の港方面への道から着手することになったのだが、実際に歩いてみると、設計図だけではわからない問題がいくつも見つかった。
「ユウトさん、ここの土、水の匂いがする。雨が降ったらぬかるむよ」
ルナが地面から顔を上げて言った。鼻の頭に土がついている。
「水脈が近いのか。ここは迂回した方がいいな」
「うん。あとね、あっちの方は甘い匂いがするの。マナがたくさんある土だよ」
甘い匂い。マナ含有量が高い地盤の証拠だ。
ルナの嗅覚は、地面の中の水脈やマナの分布まで嗅ぎ分ける。これは測量の道具なんかより、よほど正確な地盤調査だった。
***
「おーい! ユウト、ルナ!」
向こうから、カイが杭を何本も抱えて走ってきた。汗だくだ。
「よし、俺が測量してやる! 昨日のうちに杭を三十本用意してきた。東の道のルートを全部打ち込んで、距離と勾配を出すぞ!」
気合が入っている。
朝から張り切って、測量用の縄と杭を担いで出てきたカイは、そのまま黙々と作業を始めた。
杭を打ち、縄を張り、歩幅で距離を測り、水を入れた器で勾配を見る。地道な作業だ。
汗が額から顎に伝い、乾いた土にぽたりと落ちる。
俺はその間、木の下で横になっていた。設計した本人が現場に出なくていい。それが効率というものだ。
半日が過ぎた。
「……できた! 東の道のルート、全部測り終わったぞ!」
カイが額の汗を拭いながら、満面の笑みで戻ってきた。
その手には、びっしりと数字が書き込まれた羊皮紙がある。
「カイさん、おつかれー!」
ルナがぱたぱたと駆け寄る。
「で、結論は?」
俺が聞くと、カイは胸を張った。
「東の道は、この丘を迂回して、あの窪地を避けて、川沿いに南に下ってから東に折れるのが最短だ。距離は約十五里」
「ふーん」
俺はルナの方を見た。
「ルナ、お前の嗅覚調査の結論は?」
「えっとねー、あの丘のところは水の匂いが強いから回った方がいいでしょ、窪地のところは土が柔らかい匂いだから避けた方がいいでしょ、川のそばは地盤がかたい匂いだから、そこを通ればいいと思うの。距離はわかんないけど!」
カイが固まった。
「……同じ結論だ」
「うん、たぶんそうだよ? あたし、朝のうちに全部嗅いだもん」
半日。カイが汗だくで半日かけた測量の結論と、ルナが朝の散歩ついでに三十分で出した結論が、完全に一致した。
「……嗅覚って、すごいな」
カイが手に持っていた縄をゆっくり地面に置き、そのまましゃがみ込んだ。
「まあ、お前の測量も無駄じゃない。……たぶん」
「その『たぶん』が余計だ」
だが、カイの測量には測量の価値がある。距離と勾配の数字はルナの嗅覚では出せない。
ルナの感覚的な情報と、カイの数値的な情報。両方あれば、より正確な道が作れる。
「北の方も見てきたぞ」
ガロンが合流してきた。ハンマーを肩に担いでいる。
「北の山道は岩盤が浅い。石を敷くだけで立派な道になる。ワシが叩き出してやるから、石の心配はいらん」
「ガロンさん、たのもしー!」
ルナの足が弾むように一歩前に出た。
***
作業場に戻って、全ての情報を【効率化】に入れた。
目を閉じると、頭の中にじわりと熱が広がる。
ルナの嗅覚による地盤情報。カイの測量による距離と勾配。ガロンの鍛冶師としての地盤知識。
三つの情報が頭の中で混ざり合い、最適解が浮かび上がる。
まあ、頼りにはなる。
『北──全長約十二里。山麓の石畳道。勾配を緩和するつづら折りを三箇所設置。排水溝を両側に。石材はドワーフの採掘場から直接切り出し、運搬距離を最短化』
十二里か。坂道のつづら折りとか、考えるだけでだるい。
『西──全長約八里。森の根を避けた木道。腐食防止にマナを含む樹脂で表面を処理。主要な木の根は迂回し、細い根は橋状の板で跨ぐ。フィーネの許可が要る』
フィーネの許可。それが一番面倒かもしれない。
『東──全長約十五里。圧縮砂利道。マナを含む砂地を圧縮し、通常の石畳の二倍の強度を持つ路面に。港まで一直線に伸ばす。途中に三箇所の荷車待避所を設置』
三方面の最適ルートが確定した。
「ガロン、北の石畳で十二里って言ったら、どのくらいの石がいる?」
「……正気か? ワシの部族が総出で採掘しても、ひと月じゃ足りんぞ」
「正気だ。ていうか、さっさと終わらせてくれ。俺は設計だけで十分疲れた。もう昼寝したい」
ルナが完成した設計図を覗き込んで、目をきらきらさせた。
「わー、蜘蛛の巣みたい! 町から全部の方角にびゅーって伸びてるよ! ……あ、蜘蛛はきらい」
声のトーンが半音下がった。
さっきまで弾んでいたのに。忙しい子だ。
翌朝、ガロンがハンマーを肩に担いで現れた。
「さあ、道を作るぞ! 北の山から石を持ってきてやる!」
……俺は設計しただけなのに、なんでこんなに大事になるんだ。
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