第121話「移動がだるいので、道を作ることにした」
町が完成してから、人が増えた。
東の港方面からやってくる旅人も、北の山から下りてくるドワーフの荷馬車も、みんな口を揃えて同じことを言う。
「道が悪すぎて死ぬかと思った」
今日もまた、泥だらけの旅人が東門から転がり込んできた。
文字通り、転がってきた。足を取られて、門の前の坂で滑ったらしい。
「大丈夫か?」
カイが駆け寄って助け起こす。旅人は膝についた泥を払いながら、げっそりした顔で言った。
「港からここまで三日かかった。晴れてるのに道がぬかるんで、荷車が二回ハマった。頼むから何とかしてくれ」
俺はそれを、少し離れた木陰から眺めていた。
木漏れ日が気持ちいい午後だった。昼寝の場所を探していただけなのに、また面倒な話が聞こえてくる。
「ユウト、また道の苦情だ」
カイが俺のところまでやってきて、困った顔をした。
「知ってる」
「これで今月だけで十五件目だぞ。北のドワーフの荷馬車なんか、車軸が折れたって怒鳴り込んできたし」
「あいつらが勝手に来てるんだろ。俺が呼んだ覚えはないぞ」
カイが腕を組んで、真面目な顔になった。
「なあユウト。道があれば物資も増える。遠くから来る連中が楽に着けるようになれば、向こうから勝手に持ってきてくれるんだ。お前も楽になるぞ」
その一言が、妙に刺さった。
「……それは確かに、めんどくさくなくなるな」
俺が動かなくても、向こうからものが届く。
それは理想の形だ。究極の怠惰と言ってもいい。
「よし。道を直すか」
「おお、やる気になったか!」
「やる気じゃない。めんどくさいことを減らすためだ。勘違いするな」
カイが嬉しそうに笑っているが、無視する。
俺は別に、この町のためとか、旅人のためとか、そういう立派な動機で動いているわけじゃない。
ただ、苦情を聞くのがだるいだけだ。
***
町の東側にある小高い丘に登った。
風が心地よい。ここで昼寝したいくらいだが、今はそうもいかない。
丘の上からは町の全景と、周囲の地形がよく見える。北に山脈、西に森、東に砂地が広がる海岸方面、そして南には草原。
「ユウトさん、何するのー?」
ルナがぴょこんと隣に現れた。銀色の耳がぴくぴくと動いている。
「道を作る。その前に、地形を調べる」
「道! わー、楽しそう!」
楽しいかどうかは知らないが、まあいい。
俺は目を閉じて、【効率化】を発動した。
頭の中に、町を中心とした地形の情報が流れ込んでくる。
『北──岩盤が浅い。地表から三尺で硬い層に届く。石を敷くなら最も安定する方角。ただし勾配がきつい。つづら折りが要る』
北は硬い地盤か。石畳には向いてるが、坂道がだるそうだ。
『西──樹木の根が地中深くまで張っている。掘削は困難。根の上に板を渡す木道が適する。ただし腐食対策が必須』
西は根っこだらけ。掘るのは無理か。
『東──砂地。水はけは良いが、荷重が分散して車輪が沈む。マナを含む地盤を圧縮すれば、通常の石畳より頑丈な路面になる』
……北から東まで、全部ちがう。
「すごい……」
思わず声が漏れた。
Lv3になってから、分析の精度と範囲が段違いだ。町の周囲数十里の地形が、まるで上から見下ろしたように把握できる。
「ユウトさん、すごーい! 道がぜんぶ見えるの?」
ルナが目をきらきらさせて、耳をぴこぴこさせている。
「見えるっていうか、地面の下がわかる感じだな」
「へー! あたしは地面の上の匂いしかわかんないけど……」
ルナが鼻をひくつかせて、ふと南の方角を見た。
耳が少し倒れる。
「あたし、南の道も……気になるなぁ」
「南? お前の部族の方か」
「うん……いつか、帰らなきゃいけないって、約束したから」
風が吹いて、ルナの銀色の髪が揺れた。
口を一度開いて、閉じた。それだけだった。
南の草原の向こうに、獣人たちの集落がある。ルナがここに来る前に暮らしていた場所だ。
「まあ、そのうちな」
俺はそれだけ言って、話を切り上げた。
深く踏み込むと面倒なことになる。今は道のことだけ考えよう。
***
丘を下りて、作業場に向かった。
カイとガロンが待っている。
「で、どうだった?」
カイが身を乗り出す。
「三方面、全部わかった。北は石畳、西は木道、東は砂地を圧縮。それぞれ最適な工法が違う」
「ほう。で、どこから手をつける?」
ガロンが腕を組んで聞いてきた。
「全部だ」
「は?」
「全部同時にやる。一回でやった方が二度手間にならん」
俺は【効率化】をもう一度発動して、三方面の全ルートの設計図を描き始めた。
頭の中に、淡い青色の線が走る。北へ伸びる石畳の道、西に蛇行する木道、東へまっすぐ伸びる圧縮砂利の道。
勾配、排水路、待避所の位置まで、全てが一気に形になっていく。
「おい、全部同時にやるのか?」
カイが目を丸くした。
「一回でやった方が二度手間にならん。さっき言っただろ」
「いや、言ったけど……規模がおかしくないか?」
ガロンが設計図を覗き込んで、低く唸った。
節くれだった指で、北の山道の部分をなぞる。
「おい人間。北の山道だけで、石がどれだけ要ると思っておる? ワシの部族の採掘量でも数ヶ月はかかるぞ。それが三本。しかも排水まで入っとる」
「だから効率よくやるんだろ。石が足りないなら、マナを含んだ地盤を圧縮して使えばいい。東の砂地と同じ要領だ」
「……お前の『楽をするため』の規模がおかしいと、誰か言ってやれ」
ガロンがカイを見たが、カイは苦笑しているだけだった。
「これだけの道を作るとなると、人手が必要だな」
「……めんどい」
「お前が言うな」
カイのツッコミが飛んでくるが、俺の頭はもう次のことを考えていた。
道を作れば、物資が勝手に届く。人が勝手に来る。俺が動かなくて済む。
完璧な計画だ。
あとは誰かに任せて昼寝したい。
ガロンが設計図の全体像をもう一度見渡して、腕を組み直した。
「おい人間。これは……道じゃない。交易路だぞ」
……俺はただ、歩きたくなかっただけなんだが。




