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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第6章「地下からの職人」

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第120話「町が完成した日に、面倒な手紙が届いた」

 丘の上から見下ろしたとき、俺は少しだけ、息を呑んだ。


 石畳の広場。木と石が織りなす建物の列。水路が朝の陽光を反射して、細い光の帯を町中に走らせている。


 ……これ、村じゃない。町だ。


 隣でルナが「わあ」と声を上げた。風が丘を吹き抜けて、ルナの髪をふわりと揺らす。


「きれい……ユウトさん、すごいよ。すごい」


「俺がやったわけじゃないだろ。ガロンが石を積んで、フィーネが木を植えて、カイが人を動かして……俺は寝転がって設計しただけだ」


「それがすごいんだよ」


 ルナが笑う。琥珀色の瞳が朝日を映して、きらきらしている。


 ……まぶしいな。町じゃなくて、こいつが。


 いや、今のなし。


 頭の中で、スキルが勝手に動き出した。


『暮らしの土台を評価した──住居はほぼ全員に行き渡り、水路は隅々まで届いている。食料は必要量を上回り、建物の耐久は三十年を超える見込みだ』


 頼んでない。頼んでないぞ、この余計な読み取り。


「ユウトさん、またあの顔してる。スキルが何か言ってるんでしょ」


「……住居がほぼ足りてて、水路は全部通ってて、飯は余るくらい取れて、建物は三十年もつらしい」


「三十年!」


「あたしたち、三十年ここにいられるんだね」


 三十年。


 その言葉が、なぜか胸の奥にじわりと染みた。


 ……めんどくさいこと考えるのはやめよう。丘の上は風が気持ちいい。このまま昼寝したい。


「ユウトさーん、降りよ。みんな待ってるよ」


「あと五分……」


「だめー」


 尻尾でばしっと背中を叩かれた。獣人の尻尾は地味に痛い。


 広場に降りると、すでに人だかりができていた。


 石畳を踏みしめる住民たちの表情が、やたらと晴れやかだ。


「賢者さまが丘から町を見守ってくださった!」


「見守ってない。ぼーっとしてただけだ」


「お言葉まで慎ましい!」


 ……どうして否定すればするほど崇拝が強化されるんだ。この仕掛け、欠陥だろ。


 広場の中央で、フィーネとガロンが融合建築を見上げていた。


 木と石が組み合わさった壁面。金属の骨が内側から支え、フィーネが植えた蔦が外壁を柔らかく覆っている。朝露がその葉に光って、建物全体がほんのり輝いて見えた。


「……認めたくはありませんが」


 フィーネが静かに口を開いた。切れ長の翠の瞳が、建物の頂上から足元までゆっくり降りていく。


「この町の景観は、石だけでは実現できなかった。木だけでも、無理だった」


 ガロンが腕を組んだまま、ふん、と鼻を鳴らした。


「耳長。……お前の木がなければ、ただの要塞だったな」


 二人が顔を見合わせた。


 一瞬だけ、視線が交差する。ガロンが赤い髯を引っ張り、フィーネが髪の先を指で弄った。どちらも、次の言葉を探しているように見えた。


 そして、同時にそっぽを向いた。


 カイが横で苦笑している。


「素直じゃないなぁ、二人とも」


「うるさい」


「黙りなさい」


 声が重なって、カイが両手を上げた。


 ルナが「仲良しさんだ!」と笑って、フィーネが咄嗟に視線を逸らした。


 ……まあ、これでいいんだろう。嫌いだけど腕は認める。それくらいの距離が、あの二人にはちょうどいい。


 ガロンがふと、北の山脈のほうに目を向けた。


「……なあ、ユウト」


「ん?」


「最近、北の山から切り出した石が、前と違う気がする。硬さっていうか、手触りっていうか……気のせいか」


 北の山の石が変わっている。


 大規模な建設で石材を大量に使った影響か。それとも、別の何かか。


「気のせいじゃなかったら教えてくれ。石のことは俺よりお前のほうがわかる」


「ふん。当たり前だ」


 ガロンはそれきり、何も言わなかった。


 腕を組んだまま、広場に立つ融合建築を見上げている。その横顔に、かつての苦い葛藤はない。完全に消えたわけでもない。

 ただ、今はこの町の景色を、職人の目で見つめていた。


 そのとき、カイの声が広場に響いた。


「ユウト。ちょっと来てくれ」


 カイの表情が、さっきまでと違う。笑みが消えて、眉間に浅い皺が寄っている。


 手に一通の書状を持っていた。


「旧大陸の新大陸開拓総督府から、正式な書状だ」


「……総督府?」


「ああ。読むぞ」


 カイが書状を広げた。羊皮紙に硬い筆跡で、こう記されている。


「『新大陸における無許可の大規模定住活動について、実態調査のため視察団を派遣する。到着までに代表者を定め、受け入れの準備をせよ』……だそうだ」


 無許可の大規模定住活動。


 俺が楽するために始めたことを、旧大陸のお偉いさんは、そう呼ぶらしい。


「面倒だ」


 口をついて出た、心の底からの本音だった。


「面倒だけどな、ユウト。無視はできない。この町に許可なんてそもそもないんだ。向こうにとっちゃ、勝手に町を作った連中ってことになる」


 カイの声は落ち着いていたが、目の奥に緊張があった。


 ルナが書状にそっと鼻を近づけた。くんくん、と小さく嗅ぐ。


「この紙……偉そうな匂いがする」


「偉そうな匂いってなんだ」


「インクが濃くて、紙が古くて、あと……冷たい匂い。知らない人の匂い」


 面倒な匂いだろ、と言いかけて、やめた。


 ルナの耳がわずかに伏せている。不安なときの耳だ。


 ガロンが書状をちらりと見て、鼻で笑った。


「おい、外の連中がどう言おうと、ワシらの仕事は変わらん。石を積むし、鉄を打つ。それだけだ」


 ワシら。


 少し前まで「ワシの仕事」と言っていた男が、いつの間にか「ワシらの仕事」と言っている。


 フィーネが小さく頷いた。


「……同意しますわ。珍しく」


「珍しくは余計だ、耳長」


 二人がまた睨み合って、カイが苦笑した。ルナの耳が少しだけ持ち直した。


 ……こいつら、なんだかんだで強いな。


***


 俺はどうだ。


 窓の外で、町の灯りが夕暮れの中に浮かび始めている。


 石畳に反射する橙の光。水路を流れる水の音。どこかの家から漂ってくるマーレンの煮込みの匂い。


 俺が楽するために始めたことが、旧大陸にまで届いたらしい。


 面倒だ。とんでもなく、面倒だ。


 ──でも、この町の匂いは、守りたいと思った。


 ……今のは独り言だ。聞いてないだろ、ルナ。


 隣の部屋から、尻尾がぱたん、と床を叩く音がした。


 ……聞いてたな。絶対聞いてた。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


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