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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第6章「地下からの職人」

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第119話「新居に隣室を用意したら、住人が増えた」

 新居が完成した日、俺は重大な設計ミスに気づいた。


 自分の部屋のすぐ隣に、もう一部屋作ってしまったのだ。


 ……誰のために作ったんだ、これ。


 石の壁が日差しを受けて、ほんのり温かい。木の内装から漂う、マナを含んだ甘い木の香り。金属の骨組みが見えないところで建物を支え、それでいて圧迫感がない。融合建築の技術を自分の住処に使った結果、想像以上に居心地のいい空間ができてしまった。


 問題は、間取りだ。


 俺が【効率化】で設計したはずの間取り。自室と、作業場と、最低限の水場。それだけでよかったのに、なぜか自室の隣にもうひとつ、同じくらいの広さの部屋がある。


 頭の中に、あの声が響く。


『隣室は居住用として最適化してある。寝台の配置も収納の配分もすべて整えた。同居人の動線まで考慮に含まれている』


「いや、同居人って誰だよ」


 俺は一人で住むつもりだったんだが。ハンモックが限界を迎えたから新しい寝床が必要になっただけで、別に誰かと一緒に暮らすなんて一言も言ってない。


 ……言ってないよな?


 壁を叩いてみる。石と木が組み合わさった、しっかりした壁だ。隣の部屋とは完全に仕切られている。だが薄すぎず厚すぎず、ちょうど声が聞こえるか聞こえないかくらいの、絶妙な厚さ。


 なんでこんなところまで最適化してるんだ、俺のスキル。


 めんどくさいことになった。一人で静かに昼寝するための城を作ったはずなのに、最初から設計が狂っている。


 ……狂ってない。俺の無意識が、勝手にこうしたんだ。


 その事実が、一番めんどくさい。


 外から足音が聞こえた。軽くて、速い。


「ユウトさーん! 新しいお家できたの? 見ていい?」


 ルナだ。銀色の耳がぴんと立っている。走ってきたらしく、息が少し弾んでいる。


「……まあ、入っていいけど」


 止める理由がない。ないんだが、どう考えても碌なことにならない気がする。


 ルナが玄関を通って中に入った瞬間、鼻をひくひくさせた。


「わあ……いい匂い。木の匂いと、石の匂いと、あと……ユウトさんの匂い」


「俺の匂いは別にいいだろ」


「ううん、いい匂い。安心する匂い」


 声が柔らかい。嬉しいのが丸わかりだ。


 獣人にとって「匂いが近い」というのは、信頼と親しみの証らしい。前にルナ自身がそう言っていた。信頼する相手の匂いの近くで眠るのが、一番安心するのだと。


 だから頼む、そんな顔でこっちを見るな。


 ルナが廊下を進んで、隣の部屋を見つけた。


「あ、もうひとつお部屋がある! ……ここ、あたしの部屋?」


「お前の部屋とは言ってない」


「でも、ユウトさんの隣だよ? ユウトさんの匂いが近い! うれしい!」


 全身が喜びを叫んでいる。本人は気づいていないだろうが、尻尾が壁を叩いてぱたぱた音を立てている。


 ルナが部屋に入って、寝台を見つけた。


「ふかふかだ!」


 飛び込んだ。


 銀色の髪が寝台の上に広がる。スタイルのいい体が無防備に仰向けになって、琥珀色の瞳がこっちを見上げている。幸せそうに目を細めている。


 ……けしからん。


『ルナとの距離が近い。ユウトの心拍が通常の一・三倍に上がっている。このまま安定させるには深呼吸を三回──』


「うるさい黙れ」


 誰が心拍の話をしろと言った。余計な情報を垂れ流すな。俺のスキルは一体何を最適化しようとしている。


「ユウトさん? どうしたの? 顔、赤い?」


「赤くない。日焼けだ」


「室内なのに?」


 鋭いな、この獣人。


 ルナが寝台の上で転がって、くんくんと匂いを嗅いでいる。枕に顔を埋めて、幸せそうだ。


「ここ、ユウトさんの匂いがする。壁の向こうがユウトさんのお部屋でしょ? ……あたし、ここに住んでいい?」


 上目遣い。琥珀色の目がまっすぐ俺を見ている。


 ずるい。ずるすぎる。この上目遣いに勝てる人間がいたら連れてきてほしい。


「……好きにしろ」


 二度目だ。この台詞を言うのは。前も似たような流れで折れた気がする。


 ルナが「やったー!」と跳ね起きた。幸せそうな顔が眩しい。俺の昼寝専用の城計画は、もう完全に崩壊した。


 ──と思っていたら、外からもうひとつ足音が聞こえた。


 規則正しく、優雅な歩調。この足音に聞き覚えがある。


「まあ、立派な建物ですこと。融合建築の良い見本ですわ」


 フィーネだった。長い金髪が風に揺れている。翠の瞳で建物を上から下まで眺めて、小さく頷いている。


「……エルフの木とドワーフの石が、これほど自然に馴染むとは。認めたくはありませんが、見事な仕上がりです」


「ありがとう。で、何の用だ」


「内部を拝見してもよろしいかしら」


 断る理由もないので通した。フィーネが室内をゆっくり歩き、壁を指先で撫で、天井を見上げ、木の内装の質感を確かめている。


 そして、隣の部屋を覗いた。ルナがまだ寝台の上で転がっている部屋を。


「……もう一部屋ありますわね」


「ああ」


「ルナがもう居座っているようですが」


「そうだな」


 フィーネが少し黙った。それから、咳払いをひとつ。


「監視のために、わたくしも常駐用の部屋が必要では?」


「は?」


「べ、別にあなたの近くにいたいわけでは……森の管理上、この場所は拠点として最適なのです! 西の森からの距離を考えれば、ここに常駐するのが効率的で……」


 早口だ。視線があちこちに泳いでいる。エルフがここまで言葉に詰まるのは、珍しい。


「フィーネさんも一緒に住むの? わー! 楽しくなるね!」


 ルナが寝台から起き上がって、無邪気に喜んでいる。


 フィーネの声がさらに上ずった。


「い、一緒に住むなどと……監視です、監視! このまちの森林管理の一環として……」


「うんうん、一緒に住もう! あたし、フィーネさんの匂いも好きだよ!」


「に、匂いの話はやめてくださいまし!」


 ルナが嬉しそうにフィーネの手を取って、フィーネが早口で言葉を探しながら視線を泳がせている。


 ……俺の新居計画はどこで狂ったんだ。


 一人で静かに昼寝するための家が、気づけば共同住宅になりかけている。しかも住人は美少女二人だ。贅沢な悩みだと言われるかもしれないが、俺が求めていたのは静寂と怠惰であって、賑やかさではない。


 めんどくさい。ひたすらめんどくさい。


 だが、不思議と嫌ではなかった。


 ……その事実が、一番めんどくさいんだが。


 夜になった。


 フィーネは結局「今日のところは帰ります」と森に戻り、ルナは隣室にすっかり荷物を運び込んでいた。


 行動が早い。

 獣人の決断力を舐めていた。


 壁一枚の向こうに、ルナの気配がある。かすかに聞こえる呼吸音。

 ときおりぱたんと床を叩く尻尾の音。木の匂いに混じって、ルナの匂い──いや、俺には嗅覚はない。


 だが、なんとなく、気配でわかる。


 寝台に横になって目を閉じた。静かだ。だが一人じゃない。


 壁の向こうから、小さな声が聞こえた。


「ユウトさん。おやすみ」


「……おやすみ」


 壁一枚の向こうで、尻尾がぱたん、と床を叩く音がした。


 嬉しいときの音だ。


 ……まずい。こういうの、慣れたらもう戻れなくなる気がする。めんどくさいことになった。本当に、めんどくさいことに──


 そして翌朝、カイが血相を変えて飛び込んできた。


「ユウト! 旧大陸から、正式な書状が届いた!」

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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