第119話「新居に隣室を用意したら、住人が増えた」
新居が完成した日、俺は重大な設計ミスに気づいた。
自分の部屋のすぐ隣に、もう一部屋作ってしまったのだ。
……誰のために作ったんだ、これ。
石の壁が日差しを受けて、ほんのり温かい。木の内装から漂う、マナを含んだ甘い木の香り。金属の骨組みが見えないところで建物を支え、それでいて圧迫感がない。融合建築の技術を自分の住処に使った結果、想像以上に居心地のいい空間ができてしまった。
問題は、間取りだ。
俺が【効率化】で設計したはずの間取り。自室と、作業場と、最低限の水場。それだけでよかったのに、なぜか自室の隣にもうひとつ、同じくらいの広さの部屋がある。
頭の中に、あの声が響く。
『隣室は居住用として最適化してある。寝台の配置も収納の配分もすべて整えた。同居人の動線まで考慮に含まれている』
「いや、同居人って誰だよ」
俺は一人で住むつもりだったんだが。ハンモックが限界を迎えたから新しい寝床が必要になっただけで、別に誰かと一緒に暮らすなんて一言も言ってない。
……言ってないよな?
壁を叩いてみる。石と木が組み合わさった、しっかりした壁だ。隣の部屋とは完全に仕切られている。だが薄すぎず厚すぎず、ちょうど声が聞こえるか聞こえないかくらいの、絶妙な厚さ。
なんでこんなところまで最適化してるんだ、俺のスキル。
めんどくさいことになった。一人で静かに昼寝するための城を作ったはずなのに、最初から設計が狂っている。
……狂ってない。俺の無意識が、勝手にこうしたんだ。
その事実が、一番めんどくさい。
外から足音が聞こえた。軽くて、速い。
「ユウトさーん! 新しいお家できたの? 見ていい?」
ルナだ。銀色の耳がぴんと立っている。走ってきたらしく、息が少し弾んでいる。
「……まあ、入っていいけど」
止める理由がない。ないんだが、どう考えても碌なことにならない気がする。
ルナが玄関を通って中に入った瞬間、鼻をひくひくさせた。
「わあ……いい匂い。木の匂いと、石の匂いと、あと……ユウトさんの匂い」
「俺の匂いは別にいいだろ」
「ううん、いい匂い。安心する匂い」
声が柔らかい。嬉しいのが丸わかりだ。
獣人にとって「匂いが近い」というのは、信頼と親しみの証らしい。前にルナ自身がそう言っていた。信頼する相手の匂いの近くで眠るのが、一番安心するのだと。
だから頼む、そんな顔でこっちを見るな。
ルナが廊下を進んで、隣の部屋を見つけた。
「あ、もうひとつお部屋がある! ……ここ、あたしの部屋?」
「お前の部屋とは言ってない」
「でも、ユウトさんの隣だよ? ユウトさんの匂いが近い! うれしい!」
全身が喜びを叫んでいる。本人は気づいていないだろうが、尻尾が壁を叩いてぱたぱた音を立てている。
ルナが部屋に入って、寝台を見つけた。
「ふかふかだ!」
飛び込んだ。
銀色の髪が寝台の上に広がる。スタイルのいい体が無防備に仰向けになって、琥珀色の瞳がこっちを見上げている。幸せそうに目を細めている。
……けしからん。
『ルナとの距離が近い。ユウトの心拍が通常の一・三倍に上がっている。このまま安定させるには深呼吸を三回──』
「うるさい黙れ」
誰が心拍の話をしろと言った。余計な情報を垂れ流すな。俺のスキルは一体何を最適化しようとしている。
「ユウトさん? どうしたの? 顔、赤い?」
「赤くない。日焼けだ」
「室内なのに?」
鋭いな、この獣人。
ルナが寝台の上で転がって、くんくんと匂いを嗅いでいる。枕に顔を埋めて、幸せそうだ。
「ここ、ユウトさんの匂いがする。壁の向こうがユウトさんのお部屋でしょ? ……あたし、ここに住んでいい?」
上目遣い。琥珀色の目がまっすぐ俺を見ている。
ずるい。ずるすぎる。この上目遣いに勝てる人間がいたら連れてきてほしい。
「……好きにしろ」
二度目だ。この台詞を言うのは。前も似たような流れで折れた気がする。
ルナが「やったー!」と跳ね起きた。幸せそうな顔が眩しい。俺の昼寝専用の城計画は、もう完全に崩壊した。
──と思っていたら、外からもうひとつ足音が聞こえた。
規則正しく、優雅な歩調。この足音に聞き覚えがある。
「まあ、立派な建物ですこと。融合建築の良い見本ですわ」
フィーネだった。長い金髪が風に揺れている。翠の瞳で建物を上から下まで眺めて、小さく頷いている。
「……エルフの木とドワーフの石が、これほど自然に馴染むとは。認めたくはありませんが、見事な仕上がりです」
「ありがとう。で、何の用だ」
「内部を拝見してもよろしいかしら」
断る理由もないので通した。フィーネが室内をゆっくり歩き、壁を指先で撫で、天井を見上げ、木の内装の質感を確かめている。
そして、隣の部屋を覗いた。ルナがまだ寝台の上で転がっている部屋を。
「……もう一部屋ありますわね」
「ああ」
「ルナがもう居座っているようですが」
「そうだな」
フィーネが少し黙った。それから、咳払いをひとつ。
「監視のために、わたくしも常駐用の部屋が必要では?」
「は?」
「べ、別にあなたの近くにいたいわけでは……森の管理上、この場所は拠点として最適なのです! 西の森からの距離を考えれば、ここに常駐するのが効率的で……」
早口だ。視線があちこちに泳いでいる。エルフがここまで言葉に詰まるのは、珍しい。
「フィーネさんも一緒に住むの? わー! 楽しくなるね!」
ルナが寝台から起き上がって、無邪気に喜んでいる。
フィーネの声がさらに上ずった。
「い、一緒に住むなどと……監視です、監視! このまちの森林管理の一環として……」
「うんうん、一緒に住もう! あたし、フィーネさんの匂いも好きだよ!」
「に、匂いの話はやめてくださいまし!」
ルナが嬉しそうにフィーネの手を取って、フィーネが早口で言葉を探しながら視線を泳がせている。
……俺の新居計画はどこで狂ったんだ。
一人で静かに昼寝するための家が、気づけば共同住宅になりかけている。しかも住人は美少女二人だ。贅沢な悩みだと言われるかもしれないが、俺が求めていたのは静寂と怠惰であって、賑やかさではない。
めんどくさい。ひたすらめんどくさい。
だが、不思議と嫌ではなかった。
……その事実が、一番めんどくさいんだが。
夜になった。
フィーネは結局「今日のところは帰ります」と森に戻り、ルナは隣室にすっかり荷物を運び込んでいた。
行動が早い。
獣人の決断力を舐めていた。
壁一枚の向こうに、ルナの気配がある。かすかに聞こえる呼吸音。
ときおりぱたんと床を叩く尻尾の音。木の匂いに混じって、ルナの匂い──いや、俺には嗅覚はない。
だが、なんとなく、気配でわかる。
寝台に横になって目を閉じた。静かだ。だが一人じゃない。
壁の向こうから、小さな声が聞こえた。
「ユウトさん。おやすみ」
「……おやすみ」
壁一枚の向こうで、尻尾がぱたん、と床を叩く音がした。
嬉しいときの音だ。
……まずい。こういうの、慣れたらもう戻れなくなる気がする。めんどくさいことになった。本当に、めんどくさいことに──
そして翌朝、カイが血相を変えて飛び込んできた。
「ユウト! 旧大陸から、正式な書状が届いた!」
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