第117話「完成祝いの宴で、胃袋が効率化された」
石窯から立ち昇る煙が、夕焼けに溶けていく。
広場に長テーブルが並び、マーレンが鍋を三つ同時にかき回している。
「今日は全員食べなさい! 完成祝いだよ! 足りなくなったらあたしが怒るからね!」
……なぜ宴の準備だけでこんなに疲れるんだろう。
融合建築の試作が完成した。それ自体はめでたい。ガロンが一人で屋根まで仕上げた、あの化物じみた建物だ。石の骨に木の肌、金属の筋。控えめに言って傑作だった。
で、完成したらしたで「祝わなきゃ!」とマーレンが言い出し、気づけば広場が宴会場に変わっていた。
俺は食べるだけでいいのに。
「ユウトさーん! 見て見て、あたし珍しいキノコ見つけたの!」
ルナが革袋を抱えて駆け寄ってくる。中から出てきたのは、傘の裏が薄紫に光るキノコだった。
「森の奥で匂いがしたの。甘くて、ちょっとだけ土の匂い。食べられると思う!」
思う、じゃ不安なんだが。
俺は渋々キノコを手に取り、【効率化】を走らせた。
頭の中に、淡い声が響く。
『食用可。薬草肉との相性──極めて良好。加熱で甘みが増す。ただし、果実酒との同時摂取は注意──体質によっては蕁麻疹を引き起こす』
おお。有能だな、今日のスキルは。
「ルナ、このキノコ、薬草肉と一緒に焼くと最高らしい。ただし酒と一緒に食うな」
「えー! お酒と一緒に食べちゃだめなの?」
「駄目だ。蕁麻疹が出る」
「じんましんって何?」
「めちゃくちゃ痒くなる」
「やだ! それはやだ!」
耳がぺたんと倒れた。わかりやすい奴だ。
「おい、つまみ食いすんな!」
マーレンの怒声が飛ぶ。振り向くと、ハンスが石窯の前で焼きたてのパンを齧っていた。
「いやぁ、匂いがあんまり良くて、つい」
「つい、じゃないよ! まだ全員分焼けてないんだから!」
「すんません姐さん、でもこれうっめぇ……外がパリパリで中がもちもちで……」
マーレンが腕を掴んで引き剥がす。ハンスが名残惜しそうにパンを見つめている。
石窯の熱気が広場にまで届いて、焼きたてのパンの香ばしさが鼻をくすぐった。小麦と、ほんの少しの蜂蜜。食欲を刺激する匂いだ。
……腹が減ってきた。早く食べたい。それだけのために、ここにいる。
「あんた、料理の才能あるわよ。食材の相性がわかるなんて」
マーレンが俺を見て言った。
「ない。断固ない。俺はただ楽に美味いものを食いたいだけだ」
「それを才能って言うんだよ」
勝手に言ってくれ。
日が暮れる頃、広場に住民たちが集まってきた。
長テーブルの上に料理が並ぶ。石窯で焼いた肉とパン。マーレンが煮込んだ薬草入りのスープ。ルナのキノコは薄切りにして肉と一緒に炙られ、甘い香りを立てている。
そしてフィーネが持ち込んだエルフの果実酒。琥珀色の液体が木の杯に注がれると、花のような甘酸っぱい香りが漂った。
「賢者さまの新しい奇跡を祝おう!」
住民の誰かが叫んだ。
「融合建築の完成だ! 賢者さまがまた不可能を可能にした!」
いや、作ったのガロンだし。俺は設計しただけだし。
祝うのは勝手だが、俺を巻き込むな。
「まあまあ、たまにはいいだろ」
カイが酒の杯を押し付けてきた。
「お前がやったことは事実なんだから。素直に受け取っとけ」
「……素直にめんどくさがってるんだけど」
杯を受け取って、一口。果実酒は甘くて、喉を通った後にふわっと温かくなる。
悪くない。
悪くないが、それを認めるのもめんどい。
広場の端で、ガロンが一人で杯を傾けていた。
フィーネが、その対面にそっと座った。
「……何の用だ、耳長」
ガロンが低い声で言う。昨日までの葛藤がまだ顔に残っている。「師匠、間違っとるんですかね」と呟いたあのドワーフが、今は酒を煽っている。
「別に。ここしか空いていなかっただけですわ」
フィーネは涼しい顔で果実酒を注いだ。自分の分と、もう一杯。
もう一杯の方を、ガロンの前に置いた。
「……おい耳長。この果実酒は」
ガロンが一口飲んで、少し目を見開いた。
「……悪くないな」
「あなたの酒も……まあ、許容範囲ですわ」
ガロンの杯には、ドワーフが山から持ち込んだ強い蒸留酒が入っている。フィーネがそれを一口だけ舐めて、顔をしかめた。しかめたけれど、吐き出しはしなかった。
二人が同時に視線を逸らす。
「仲良しさんだ!」
ルナが声を上げて笑った。
「「違う!」」
同時に否定した。声のタイミングまで揃っている。
……前に宴をやったときは、この二人は同じ席に座ることすらなかった。ガロンは「耳長の近くは座りたくねえ」と言い、フィーネは「ドワーフの酒臭さは遠慮しますわ」と返していた。
今は渋々だが、同じテーブルで酒を交わしている。
まあ、進歩か。俺が口に出すと面倒なことになるから言わないけど。
宴が盛り上がる中、俺はこっそり広場の隅に移動した。
テーブルから少し離れた木の幹にもたれて、空を見上げる。
星が出始めていた。
石窯パンも、融合建築も、全部俺が楽したいから始めたことだ。
木造が壊れるのがめんどくさかった。修理がめんどくさかった。だから石で建てた。石だけだと味気ないから木を混ぜた。それだけだ。
なのに、なんでこんな大事になってるんだ。
広場では住民たちが笑い合い、四つの種族が同じ食卓で飯を食っている。人族の調理技術で焼かれた肉に、獣人が見つけたキノコが添えられ、エルフの酒で流し込み、ドワーフが作った石窯で焼いたパンを齧る。
誰も計画していなかった。少なくとも、俺は計画していない。
「ユウトさーん、みんな待ってるよー」
ルナが駆け寄ってきた。
「マーレンさんが、キノコの追加焼いてくれたの。ユウトさんの分もあるよ」
「……しゃーない。行くか」
立ち上がる。
楽するために始めたことが、誰かの笑い声になっている。
それは別に、悪いことじゃない。
──と思うのも、めんどくさいから考えるのはやめよう。
宴が終わる頃、カイが設計図を広げた。
「ユウト。融合建築を量産できるなら……この町の形を、変えられるんじゃないか」
広場、市場、住居区画。カイの指が地図をなぞる。
……町、か。
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