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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第6章「地下からの職人」

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第117話「完成祝いの宴で、胃袋が効率化された」

 石窯から立ち昇る煙が、夕焼けに溶けていく。

 広場に長テーブルが並び、マーレンが鍋を三つ同時にかき回している。


「今日は全員食べなさい! 完成祝いだよ! 足りなくなったらあたしが怒るからね!」


 ……なぜ宴の準備だけでこんなに疲れるんだろう。

 融合建築の試作が完成した。それ自体はめでたい。ガロンが一人で屋根まで仕上げた、あの化物じみた建物だ。石の骨に木の肌、金属の筋。控えめに言って傑作だった。

 で、完成したらしたで「祝わなきゃ!」とマーレンが言い出し、気づけば広場が宴会場に変わっていた。

 俺は食べるだけでいいのに。


「ユウトさーん! 見て見て、あたし珍しいキノコ見つけたの!」


 ルナが革袋を抱えて駆け寄ってくる。中から出てきたのは、傘の裏が薄紫に光るキノコだった。


「森の奥で匂いがしたの。甘くて、ちょっとだけ土の匂い。食べられると思う!」


 思う、じゃ不安なんだが。

 俺は渋々キノコを手に取り、【効率化】を走らせた。


 頭の中に、淡い声が響く。


『食用可。薬草肉との相性──極めて良好。加熱で甘みが増す。ただし、果実酒との同時摂取は注意──体質によっては蕁麻疹を引き起こす』


 おお。有能だな、今日のスキルは。


「ルナ、このキノコ、薬草肉と一緒に焼くと最高らしい。ただし酒と一緒に食うな」


「えー! お酒と一緒に食べちゃだめなの?」


「駄目だ。蕁麻疹が出る」


「じんましんって何?」


「めちゃくちゃ痒くなる」


「やだ! それはやだ!」


 耳がぺたんと倒れた。わかりやすい奴だ。


「おい、つまみ食いすんな!」


 マーレンの怒声が飛ぶ。振り向くと、ハンスが石窯の前で焼きたてのパンを齧っていた。


「いやぁ、匂いがあんまり良くて、つい」

「つい、じゃないよ! まだ全員分焼けてないんだから!」

「すんません姐さん、でもこれうっめぇ……外がパリパリで中がもちもちで……」


 マーレンが腕を掴んで引き剥がす。ハンスが名残惜しそうにパンを見つめている。

 石窯の熱気が広場にまで届いて、焼きたてのパンの香ばしさが鼻をくすぐった。小麦と、ほんの少しの蜂蜜。食欲を刺激する匂いだ。

 ……腹が減ってきた。早く食べたい。それだけのために、ここにいる。


「あんた、料理の才能あるわよ。食材の相性がわかるなんて」


 マーレンが俺を見て言った。


「ない。断固ない。俺はただ楽に美味いものを食いたいだけだ」

「それを才能って言うんだよ」


 勝手に言ってくれ。


 日が暮れる頃、広場に住民たちが集まってきた。

 長テーブルの上に料理が並ぶ。石窯で焼いた肉とパン。マーレンが煮込んだ薬草入りのスープ。ルナのキノコは薄切りにして肉と一緒に炙られ、甘い香りを立てている。


 そしてフィーネが持ち込んだエルフの果実酒。琥珀色の液体が木の杯に注がれると、花のような甘酸っぱい香りが漂った。


「賢者さまの新しい奇跡を祝おう!」


 住民の誰かが叫んだ。


「融合建築の完成だ! 賢者さまがまた不可能を可能にした!」


 いや、作ったのガロンだし。俺は設計しただけだし。

 祝うのは勝手だが、俺を巻き込むな。


「まあまあ、たまにはいいだろ」


 カイが酒の杯を押し付けてきた。


「お前がやったことは事実なんだから。素直に受け取っとけ」

「……素直にめんどくさがってるんだけど」


 杯を受け取って、一口。果実酒は甘くて、喉を通った後にふわっと温かくなる。

 悪くない。

 悪くないが、それを認めるのもめんどい。


 広場の端で、ガロンが一人で杯を傾けていた。

 フィーネが、その対面にそっと座った。


「……何の用だ、耳長」


 ガロンが低い声で言う。昨日までの葛藤がまだ顔に残っている。「師匠、間違っとるんですかね」と呟いたあのドワーフが、今は酒を煽っている。


「別に。ここしか空いていなかっただけですわ」


 フィーネは涼しい顔で果実酒を注いだ。自分の分と、もう一杯。

 もう一杯の方を、ガロンの前に置いた。


「……おい耳長。この果実酒は」


 ガロンが一口飲んで、少し目を見開いた。


「……悪くないな」

「あなたの酒も……まあ、許容範囲ですわ」


 ガロンの杯には、ドワーフが山から持ち込んだ強い蒸留酒が入っている。フィーネがそれを一口だけ舐めて、顔をしかめた。しかめたけれど、吐き出しはしなかった。

 二人が同時に視線を逸らす。


「仲良しさんだ!」


 ルナが声を上げて笑った。


「「違う!」」


 同時に否定した。声のタイミングまで揃っている。


 ……前に宴をやったときは、この二人は同じ席に座ることすらなかった。ガロンは「耳長の近くは座りたくねえ」と言い、フィーネは「ドワーフの酒臭さは遠慮しますわ」と返していた。


 今は渋々だが、同じテーブルで酒を交わしている。

 まあ、進歩か。俺が口に出すと面倒なことになるから言わないけど。


 宴が盛り上がる中、俺はこっそり広場の隅に移動した。

 テーブルから少し離れた木の幹にもたれて、空を見上げる。


 星が出始めていた。


 石窯パンも、融合建築も、全部俺が楽したいから始めたことだ。


 木造が壊れるのがめんどくさかった。修理がめんどくさかった。だから石で建てた。石だけだと味気ないから木を混ぜた。それだけだ。


 なのに、なんでこんな大事になってるんだ。


 広場では住民たちが笑い合い、四つの種族が同じ食卓で飯を食っている。人族の調理技術で焼かれた肉に、獣人が見つけたキノコが添えられ、エルフの酒で流し込み、ドワーフが作った石窯で焼いたパンを齧る。


 誰も計画していなかった。少なくとも、俺は計画していない。


「ユウトさーん、みんな待ってるよー」


 ルナが駆け寄ってきた。


「マーレンさんが、キノコの追加焼いてくれたの。ユウトさんの分もあるよ」

「……しゃーない。行くか」


 立ち上がる。


 楽するために始めたことが、誰かの笑い声になっている。

 それは別に、悪いことじゃない。

 ──と思うのも、めんどくさいから考えるのはやめよう。


 宴が終わる頃、カイが設計図を広げた。


「ユウト。融合建築を量産できるなら……この町の形を、変えられるんじゃないか」


 広場、市場、住居区画。カイの指が地図をなぞる。


 ……町、か。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


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