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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第6章「地下からの職人」

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第116話「試作は完成した。職人の心は、まだだった」

 ガロンが一人で屋根まで仕上げた融合建築の試作は、控えめに言って、化物だった。


 石の骨に木の肌。金属の筋が走り、それでいて森に溶け込むような佇まい。


 ……寝ずにこれを作ったのか、あのドワーフ。


 朝靄の中に浮かぶ試作棟は、石造りとも木造りとも違う。地面から生えたような安定感がありながら、木肌が陽光を受けて温かく光っている。石の隙間から金属の筋が覗き、屋根の木組みまで一分の狂いもない。


 正直、俺が設計図を描いたときの完成予想を超えている。


「ガロン。お前、いつ寝たんだ」


「寝てねえ」


 平然と言ってのけた。腕を組んで試作棟を見上げるガロンの横顔は、疲労の色が濃いくせに、目だけがぎらぎらと光っていた。


「……寝ろよ」


「後でいくらでも寝る。まず見ろ、人間。この壁と屋根の接合部だ。石と木が噛み合う角度を三回やり直した。おかげで隙間風は一切入らん」


 自慢げに言うガロンの声は、いつもより低く、重い。職人が本気で仕事をした後の声だ。


 面倒だけど、ここは確認しておかないと後が怖い。俺は【効率化】を試作棟に向けた。


 頭の中に、声が響く。


『石造り単体と比べ、耐久は二倍に上がっている。木の弾力が石の脆さを補い、金属の筋が全体を繋いでいる。美観はエルフの森に建てても違和感がない水準だ』


 ……エルフの森に建てても違和感がない、って。俺のスキル、たまに聞いたこともない尺度を勝手に持ち出すからめんどい。


 だが、石造り単体の二倍は純粋に凄い。


「フィーネ」


 横に立っていたフィーネが、腕を組んだまま試作棟を見上げていた。切れ長の翠の瞳が、じっと壁の木目を追っている。


「……悔しいですが、石だけのときよりずっと良い。木の曲線が石の無骨さを和らげている。エルフの森に建っていても、違和感は少ないでしょう」


「ふん。ワシの仕事に点数をつけるな、耳長」


 ガロンが不機嫌そうに鼻を鳴らす。だが、その声に棘はなかった。


 三人でしばらく、無言で試作棟を見つめた。ガロンが壁に手を当てると、じんわりとした温もりが指先に伝わった。石の冷たさと木の温もりが、確かに混ざっている。


 ……これなら昼寝場所にも最適だな。石壁が夏の暑さを防いで、木の内装が体温を逃がさない。完璧な怠惰空間だ。


 いや、そういう話じゃなかった。


「ガロン、ちょっと中を見せろ」


「おう。来い」


 試作棟の内部に足を踏み入れると、外から見た印象がさらに変わった。


 石壁の表面をガロンが丁寧に磨き上げている。荒い石肌ではなく、手触りが滑らかで、指を這わせると冷たい石の温度がじんわりと伝わってくる。天井の木組みは見上げると複雑な格子状で、光が隙間から差し込んで床に模様を作っていた。


 金属の骨組みは壁の中に完全に隠れていて、外からは見えない。だが、壁を軽く叩くと、鈍く重い音が返ってきた。芯がしっかり通っている証拠だ。


「……大したもんだ」


 素直にそう言うと、ガロンが壁に手を当てた。


 ごつい指が、石の表面をゆっくりと撫でる。職人が自分の作品に触れるときの、あの独特の仕草だ。


「こいつは……ワシ一人では絶対に作れなかったものだ」


 低い声だった。自慢でも謙遜でもない、ただの事実を述べる声。


「耳長の木がなければ屋根は重くなりすぎた。お前の設計がなければ三つの素材は噛み合わなかった。……ワシの石工だけでは、こうはならん」


 そこまで言って、ガロンの顔が曇った。


 赤い髭の奥で、分厚い唇が引き結ばれる。


「……だが、師匠なら、こう言う」


 ガロンの目が、壁の一点を見つめたまま動かなくなった。


「『お前は他人に頼ったのか』と」


 静かな声だった。怒りでも悲しみでもない。ただ、どうしようもなく重い。


「お前の師匠、面倒くさいな」


 俺は壁にもたれながら言った。別に慰めるつもりはない。本音だ。


「面倒くさいのはワシだ」


 ガロンが低く笑った。笑ったが、目は笑っていなかった。


「……面白いと思ってしまったんだからな。石と木と金属が噛み合ったとき、ワシの腕が、もっとやれると叫んだ。……師匠の教えに背いてる。わかっとる」


 認めたわけではない。だが、否定もできない。


 ガロンはそのまま黙り込んだ。石壁に背を預け、天井の木組みを見上げている。


 俺も何も言わなかった。人の心は効率化できない。それはもう、嫌というほどわかっている。


「急がなくていい」


 前にも言った言葉を、もう一度だけ。


「お前のスキルで作った石壁は頑丈だ。急いで答えを出す必要なんかない。……俺だって急ぎたくないし」


 ガロンが鼻を鳴らした。今度は、少しだけ軽い音だった。


 試作棟の外に出ると、ニーナが待っていた。


 ドワーフの女弟子は、師匠に声をかけることなく、黙って試作棟の外壁に取りついた。指先で接合部を一つ一つ確かめていく。完璧主義の目が、石と木の継ぎ目を舐めるように辿っている。


「師匠」


「なんだ」


「ここの接合部……髪の毛一本分もずれてない」


「当たり前だ! 舐めるな!」


 ガロンが即座に吠えた。ニーナは動じない。指先を壁から離し、一歩下がって試作棟の全体を見渡した。


 それから、小さな声で呟いた。


「……今までで一番いい仕事」


 ガロンの耳がぴくりと動いた。聞こえたはずだ。だが、振り向かなかった。腕を組んだまま、反対側を向いている。


 ……聞こえないふりか。不器用すぎるだろ、このドワーフ。


「師匠、次はあたしにも手伝わせてください」


 ニーナがまっすぐにガロンの背中を見つめた。


 ガロンは振り向かない。だが、しばらくの沈黙の後に、低い声が返ってきた。


「……考えておく」


 師匠は一人で作れと言ったのに、弟子に手伝わせようとしている。


 ガロン自身、その矛盾に気づいているはずだ。


 だけど俺は何も言わなかった。めんどくさいからじゃない。いや、めんどくさいからだ。他人の心に踏み込むのは、いつだってめんどい。


 でも、あの試作棟は確かに良いものだった。三つの素材と三人の技術が噛み合った、この世界に一つしかない建物だ。


 それだけは、間違いない。


 日が傾く頃、全員が作業場に引き上げた後も、ガロンは試作棟の前に一人で座っていた。


 長い沈黙の後、ぽつりと呟いた。


「師匠。……ワシは、間違っとるんですかね」


 返事は、なかった。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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