第116話「試作は完成した。職人の心は、まだだった」
ガロンが一人で屋根まで仕上げた融合建築の試作は、控えめに言って、化物だった。
石の骨に木の肌。金属の筋が走り、それでいて森に溶け込むような佇まい。
……寝ずにこれを作ったのか、あのドワーフ。
朝靄の中に浮かぶ試作棟は、石造りとも木造りとも違う。地面から生えたような安定感がありながら、木肌が陽光を受けて温かく光っている。石の隙間から金属の筋が覗き、屋根の木組みまで一分の狂いもない。
正直、俺が設計図を描いたときの完成予想を超えている。
「ガロン。お前、いつ寝たんだ」
「寝てねえ」
平然と言ってのけた。腕を組んで試作棟を見上げるガロンの横顔は、疲労の色が濃いくせに、目だけがぎらぎらと光っていた。
「……寝ろよ」
「後でいくらでも寝る。まず見ろ、人間。この壁と屋根の接合部だ。石と木が噛み合う角度を三回やり直した。おかげで隙間風は一切入らん」
自慢げに言うガロンの声は、いつもより低く、重い。職人が本気で仕事をした後の声だ。
面倒だけど、ここは確認しておかないと後が怖い。俺は【効率化】を試作棟に向けた。
頭の中に、声が響く。
『石造り単体と比べ、耐久は二倍に上がっている。木の弾力が石の脆さを補い、金属の筋が全体を繋いでいる。美観はエルフの森に建てても違和感がない水準だ』
……エルフの森に建てても違和感がない、って。俺のスキル、たまに聞いたこともない尺度を勝手に持ち出すからめんどい。
だが、石造り単体の二倍は純粋に凄い。
「フィーネ」
横に立っていたフィーネが、腕を組んだまま試作棟を見上げていた。切れ長の翠の瞳が、じっと壁の木目を追っている。
「……悔しいですが、石だけのときよりずっと良い。木の曲線が石の無骨さを和らげている。エルフの森に建っていても、違和感は少ないでしょう」
「ふん。ワシの仕事に点数をつけるな、耳長」
ガロンが不機嫌そうに鼻を鳴らす。だが、その声に棘はなかった。
三人でしばらく、無言で試作棟を見つめた。ガロンが壁に手を当てると、じんわりとした温もりが指先に伝わった。石の冷たさと木の温もりが、確かに混ざっている。
……これなら昼寝場所にも最適だな。石壁が夏の暑さを防いで、木の内装が体温を逃がさない。完璧な怠惰空間だ。
いや、そういう話じゃなかった。
「ガロン、ちょっと中を見せろ」
「おう。来い」
試作棟の内部に足を踏み入れると、外から見た印象がさらに変わった。
石壁の表面をガロンが丁寧に磨き上げている。荒い石肌ではなく、手触りが滑らかで、指を這わせると冷たい石の温度がじんわりと伝わってくる。天井の木組みは見上げると複雑な格子状で、光が隙間から差し込んで床に模様を作っていた。
金属の骨組みは壁の中に完全に隠れていて、外からは見えない。だが、壁を軽く叩くと、鈍く重い音が返ってきた。芯がしっかり通っている証拠だ。
「……大したもんだ」
素直にそう言うと、ガロンが壁に手を当てた。
ごつい指が、石の表面をゆっくりと撫でる。職人が自分の作品に触れるときの、あの独特の仕草だ。
「こいつは……ワシ一人では絶対に作れなかったものだ」
低い声だった。自慢でも謙遜でもない、ただの事実を述べる声。
「耳長の木がなければ屋根は重くなりすぎた。お前の設計がなければ三つの素材は噛み合わなかった。……ワシの石工だけでは、こうはならん」
そこまで言って、ガロンの顔が曇った。
赤い髭の奥で、分厚い唇が引き結ばれる。
「……だが、師匠なら、こう言う」
ガロンの目が、壁の一点を見つめたまま動かなくなった。
「『お前は他人に頼ったのか』と」
静かな声だった。怒りでも悲しみでもない。ただ、どうしようもなく重い。
「お前の師匠、面倒くさいな」
俺は壁にもたれながら言った。別に慰めるつもりはない。本音だ。
「面倒くさいのはワシだ」
ガロンが低く笑った。笑ったが、目は笑っていなかった。
「……面白いと思ってしまったんだからな。石と木と金属が噛み合ったとき、ワシの腕が、もっとやれると叫んだ。……師匠の教えに背いてる。わかっとる」
認めたわけではない。だが、否定もできない。
ガロンはそのまま黙り込んだ。石壁に背を預け、天井の木組みを見上げている。
俺も何も言わなかった。人の心は効率化できない。それはもう、嫌というほどわかっている。
「急がなくていい」
前にも言った言葉を、もう一度だけ。
「お前のスキルで作った石壁は頑丈だ。急いで答えを出す必要なんかない。……俺だって急ぎたくないし」
ガロンが鼻を鳴らした。今度は、少しだけ軽い音だった。
試作棟の外に出ると、ニーナが待っていた。
ドワーフの女弟子は、師匠に声をかけることなく、黙って試作棟の外壁に取りついた。指先で接合部を一つ一つ確かめていく。完璧主義の目が、石と木の継ぎ目を舐めるように辿っている。
「師匠」
「なんだ」
「ここの接合部……髪の毛一本分もずれてない」
「当たり前だ! 舐めるな!」
ガロンが即座に吠えた。ニーナは動じない。指先を壁から離し、一歩下がって試作棟の全体を見渡した。
それから、小さな声で呟いた。
「……今までで一番いい仕事」
ガロンの耳がぴくりと動いた。聞こえたはずだ。だが、振り向かなかった。腕を組んだまま、反対側を向いている。
……聞こえないふりか。不器用すぎるだろ、このドワーフ。
「師匠、次はあたしにも手伝わせてください」
ニーナがまっすぐにガロンの背中を見つめた。
ガロンは振り向かない。だが、しばらくの沈黙の後に、低い声が返ってきた。
「……考えておく」
師匠は一人で作れと言ったのに、弟子に手伝わせようとしている。
ガロン自身、その矛盾に気づいているはずだ。
だけど俺は何も言わなかった。めんどくさいからじゃない。いや、めんどくさいからだ。他人の心に踏み込むのは、いつだってめんどい。
でも、あの試作棟は確かに良いものだった。三つの素材と三人の技術が噛み合った、この世界に一つしかない建物だ。
それだけは、間違いない。
日が傾く頃、全員が作業場に引き上げた後も、ガロンは試作棟の前に一人で座っていた。
長い沈黙の後、ぽつりと呟いた。
「師匠。……ワシは、間違っとるんですかね」
返事は、なかった。
お読みいただきありがとうございました!
本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。
【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!
もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!




