第114話「三つのスキルが重なると、寝る暇がない」
三人の息が合った瞬間、鳥肌が立った。
ガロンが石を据え、フィーネが木を曲げ、俺の【効率化】がその接点を示す。
これは──今まで作ったどの建物とも違う。
朝の冷たい空気が建設現場に張りつめている。昨日、融合設計を描いたばかりだというのに、もう作業初日だ。めんどくさい。だが、三人のスキルが重なる瞬間を見てしまったら、もう止められなかった。
ガロンが巨大ハンマーを振り上げる。石の柱が地面に据えられるたびに、地響きが足の裏まで伝わってくる。小さな体に見合わない衝撃。ドワーフの力というのは本当にどうかしている。
「おい人間! 次の柱の位置はどこだ!」
俺は【効率化】を発動する。
頭の中に、淡い青色の線が浮かび上がった。石の柱と木材が噛み合う接合点。角度。配置。三人のスキルが最も効率よく重なる手順が、一本の道筋として見える。
『次の柱──現在位置から東に四歩。傾きを三度、南に倒すこと。石の目を縦に揃えれば、木材との接合面が最大になる』
「東に四歩。三度南に傾けろ。石の目は縦だ」
「細かいことを言う男だな!」
ガロンが唸りながらも、寸分違わず石を据える。職人の腕は文句なしだ。俺が位置を言えば、あのドワーフは一発で正確に置く。
「フィーネ、次はお前の番だ。この石の上に、曲面の梁を乗せてくれ」
「わかっています。指図しないでいただけます?」
フィーネが目を閉じる。長い金髪が風に揺れた。
次の瞬間、彼女の手元にある木材がゆっくりと曲がり始めた。【植物操作】だ。エルフの木材は「生きている」。だから曲面にしても折れない。
まるで木自身が望んだ形に変わっていくように、滑らかな弧を描く。
『接合の角度は問題ない。ただし木材のマナが石のマナと干渉を起こしている。干渉点から二指分ずらせば、両方のマナが安定する』
「フィーネ、もう少し右。二指分だけ」
「うるさい。わかっています」
口ではそう言いながら、フィーネの手が微調整を加える。
木が、石の隙間にぴたりと嵌まった。
音はなかった。ただ、空気が変わった。石の灰色と木の温かみのある茶色が、まるで最初からそうだったかのように一つになっている。石の重厚さが木の柔らかさを支え、木の曲線が石の無骨さを包んでいる。
「おお……」
ガロンが息を呑む。ゴーグルを額に押し上げて、接合部を食い入るように見つめていた。
「これは……石だけでは出ない形だ」
「……美しい」
フィーネが小声で漏らす。すぐに口元を引き締めたが、翠の瞳だけは接合部から離れなかった。
正直、俺も見とれた。
だが見とれている暇はない。この融合建築、一本の柱を立てるだけで三人分のスキルが要る。めんどくさいにもほどがある。
「次だ。二本目、いくぞ」
「ガハハ! 腕が鳴るな!」
「……受けて立ちます」
二人の声に、さっきまでの渋々感が少しだけ薄れている。
そこへ、砂埃を上げて走ってくる影があった。
「資材はどんどん運ぶぞ!」
カイだ。両腕に石材と木材を抱えて、息を切らしながら突っ込んでくる。兄貴肌は今日も全開らしい。
「カイ、ありがたいが──」
「次の石はこれでいいか!? 木材もこっちに三本あるぞ!」
「……ちょっと待て」
三本目の柱を据え終わり、四本目に取りかかる。フィーネが木を曲げ、ガロンが金属の留め具を【金属加工】で成形し、俺が接合点を指示する。
カイが石材を置いて戻ってきたとき、もう五本目に入っていた。
「もう次か!?」
「遅い。ドワーフなら一人で運べる量だぞ」
ガロンが赤髯を揺らして笑う。
「ドワーフの体力と一緒にするなよ! あいつら規格外だろ!」
「カイ、休んでいい」
俺は振り返りもせずに言った。
「むしろ休め。お前の足音がうるさくて集中できない」
「俺の出番は……」
カイが肩を落とす。だが三歩下がった場所で腰を下ろすと、すぐに「よし、見届けてやる!」と拳を握っていた。腐らないのがカイのいいところだ。助かる。
午後に入ると、作業の速度が上がった。
三人の間に、言葉にならない呼吸が生まれ始めていた。ガロンが石を据える音。フィーネが木を操る気配。俺の指示。三つが重なるタイミングが、少しずつ噛み合ってくる。
「ガロン、次は留め具を薄くしろ。木のマナが通りやすくなる」
「薄くだと? 強度が──」
「石の方に厚みを持たせればいい。木に負担をかけるな」
「……ワシに教えるのか、石の使い方を」
ガロンが不満そうに鼻を鳴らす。だが、ハンマーは正確に薄い留め具を打ち出した。
「フィーネ、木目が石の灰色に映えてるな。計算通りか?」
「いえ、偶然です。……ですが、効率の上では正解だった、と?」
「ああ。木のマナが石のマナと混ざって、接合部が強くなってる。偶然にしては出来すぎだ」
フィーネが少しだけ口元を緩める。それだけで、午後の疲労が少し軽くなった気がした。
……気がしただけだ。実際は全身がだるい。三人分のスキルの最適解を絶えず計算し続けるのは、頭が焼ける。楽をするために【効率化】を使っているはずなのに、全然楽じゃない。本末転倒だ。
日が傾く頃。
骨組みが、形になっていた。
石の柱が大地に根を張り、木の梁がその間を滑らかに繋いでいる。金属の留め具が要所を締め、全体が一つの生き物のように調和していた。石だけでも、木だけでも、絶対にこの形にはならない。
「明日はもっといける。壁と屋根だ」
ガロンがハンマーを肩に担ぎ、赤髯を撫でる。職人の目が光っていた。
「競争するつもりですか」
「負けたら酒を奢れ、耳長」
「……受けて立ちます。ですが、わたくしが勝ちますので」
二人の間にある空気が、昨日までとは明らかに違う。まだ渋々だ。まだ認めたくない顔をしている。だが、互いの腕を見た目は嘘をつけない。
ま、明日も同じだけ働くってことか。
……勘弁してくれ。
作業場を出ると、ルナが入口で丸くなって寝ていた。
銀色の耳がぺたんと倒れている。小さな寝息が漏れて、吐く息がかすかに白い。待っていたのか。
……悪い。今日は、もふる余裕もない。体が動かない。
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