第113話「喧嘩の仲裁が、文明を動かすとは思わなかった」
フィーネとガロンが、広場のど真ん中で怒鳴り合っている。
住民が遠巻きに見守る中、俺はハンモックから引きずり出された。
……朝っぱらから最悪だ。
「石造りは醜い。森との調和がない。このまま建て続けるなら、わたくしは協力を打ち切ります」
フィーネの声が広場に響く。翠の瞳が冷たく光っていて、あれは本気の顔だ。
「耳長が偉そうに! お前の木造は脆くて話にならん!」
「脆い!? エルフの木材の何がわかるのです!」
ガロンが一歩踏み出す。フィーネも一歩も引かない。百三十センチのドワーフと長身のエルフが、互いを睨みつけている。空気が凍るとはこのことだ。
「おい、落ち着けよ二人とも」
カイが間に割って入るが、二人の視線はカイを素通りして真正面からぶつかっている。カイが困った顔でこっちを見る。
……振るなよ。俺だって寝てたかったんだよ。
「ワシの石は百年持つ! 脆い木を貼りつけて何になる!」
「百年持とうが醜ければ意味がない! 暮らしとは、美しさと共にあるものです!」
フィーネが腕を組み、ガロンが赤髯を逆立てる。朝の冷たい空気がぴりぴりと張り詰めて、息が白い。
見物人が増えてきた。マーレンが腕組みして見守っているし、遠くでルナが耳をぺたんと倒して心配そうにしている。
面倒だ。本当に面倒だ。どっちかが折れてくれれば俺は寝てられるのに。
でも、これは折れない喧嘩だ。どっちも本気で、どっちも間違ってない。
ガロンの石造りは確かに頑丈だ。修繕が要らない、長持ちする。けれどフィーネの言う通り、無骨で味気ない。灰色の箱が並ぶ光景は、エルフの美的感覚じゃ耐えられないんだろう。
一方でフィーネの木造は美しい。木目を活かした曲線、森に溶け込む佇まい。けれどガロンの言う通り、石に比べれば脆い。
石か、木か。
どっちかを選べば、もう片方が離れる。集落が二つに割れる。
正直に言えば、俺はどっちでもいい。寝られれば石でも木でも構わない。でも、どっちかが出ていったら、残った方の仕事が俺に回ってくる。
それは嫌だ。絶対に嫌だ。
「……あのさ」
口を開くと、二人の視線がこっちに刺さった。
うわ、怖。
「両方使えばいいだろ。どっちも捨てなくて済む」
「は?」
「何を言って──」
フィーネとガロンの声が重なる。
「ちょっと待て。見せた方が早い」
俺は【効率化】を発動した。
頭の中に、淡い青の線が走る。ガロンの石造りの構造。フィーネの木材加工の曲線。二つの技術が重なり、噛み合い、一つの形を結んでいく。
新段階──異種族技術の融合。昨夜ガロンの呟きを聞いてから、ずっと頭の隅にあった。一人じゃ作れないもの。なら、二人の技術を組み合わせれば。
……めんどくさい思いつきだ。でも、これが一番楽に黙らせられる。
半ば引きずるようにして、二人を作業場に連れていく。地面に棒きれで図を描き始めた。
「石の骨組みに、木の外装。石が強度を担って、木が美しさを担う。どっちも捨てなくていい」
線を引くたびに、スキルが設計を補完していく。
『石の骨格に木を組み合わせた構造──強度は石造り単体の一・五倍に上がる。見た目はエルフの基準を満たせるし、効率化込みなら十日で建つ』
数字が頭に浮かぶ。石だけでも木だけでもない。両方の長所を引き出す構造。
俺は地面の図を指差した。
「ここが石の柱。ここに木を這わせる。石が荷重を受けて、木が表面を覆う。石の灰色は木目で隠れるから、フィーネ、お前の言う『美しくない』は解決する」
フィーネが息を呑んだ。
「で、ガロン。木は表面だけだから荷重は石が全部受ける。お前の言う『脆い』も起きない。石の強度はそのまま、むしろ木の弾力が加わって一・五倍だ」
ガロンの目が見開かれた。
二人が黙った。
風が吹いて、フィーネの金髪とガロンの赤髯が同じ方向に揺れた。地面に描かれた図を、二人が食い入るように見つめている。
「……こんな発想、出てこなかった」
ガロンが低い声で呟いた。赤髯の奥で、職人の目が光っている。あの目は石窯を組んでいたときと同じだ。新しいものを見たときの、抑えきれない興奮。
けれど一瞬だけ、ガロンの瞳に別の色が混じった。何かを飲み込むような、押し殺すような。
……まあ、急かすつもりはない。
「石が……美しい、と言えなくもない」
フィーネが小声で呟いた。地面の図に視線を落としたまま、長い耳がわずかに揺れている。
この図の中では、石は見えない。木目に隠れて、中から支えるだけ。でもフィーネの目は、その「見えない石の骨格」をなぞっている。
隠れているからこそ、美しさを支えている。
「ガロン」
フィーネが顔を上げた。
「あなたの石工技術は……認めたくはありませんが、この設計を実現するには必要です」
ガロンが太い腕を組んだ。
「耳長……お前の木材加工は確かに一級品だ。……ワシが言うと気持ち悪いな」
「同感です」
フィーネが冷たく返す。だが、さっきまでの凍った空気とは違う。渋々だけど、一歩だけ近づいた。
全面的な和解なんかじゃない。渋々の、本当に渋々の、一歩。
でも、それで十分だ。
「じゃあ明日から作るか。……めんどいけど」
「お前が一番面倒がってるだろ!」
「あなたが言い出したのでしょう!」
ガロンとフィーネの声がぴったり重なった。
……こいつら、息合ってるじゃねぇか。
石か木か、じゃない。石と木だ。
たぶんこの世界に、まだこんな建物はない。石の強さと木の美しさを同時に持つ建築なんて、どこにも。
前例がない。
それを聞いたら、あのドワーフはもっと目を輝かせるだろうし、あのエルフはもっと渋い顔をするだろう。
フィーネの【植物操作】とガロンの【金属加工】。それに俺の【効率化】。
三つのスキルを重ねたら、何が建つんだろうな。
……たぶん、めんどくさいことになる。間違いない。
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