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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第6章「地下からの職人」

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第112話「職人の夜は、やたらと長い」

 夜中に目が覚めた。遠くから、金属を叩く音がする。


 ガロンだ。あのドワーフ、昼間あれだけ働いて、まだ作業場にいるのか。


 ……一人で、何を作ってるんだ。


 布団に潜り直そうとして、やめた。

 一度気になると眠れないのは、前世のブラック企業時代から変わらない。あの頃は隣の席の電話の音で三時間おきに起こされたが、今は鍛冶の槌音だ。どっちもめんどくさいことに変わりはない。


 外に出ると、夜風が思ったより冷たかった。

 星が多い。月明かりだけで道が見えるほど澄んだ空だ。

 作業場の窓から、赤い光が漏れている。炉の火だ。


 扉を開けると、熱気が頬を撫でた。

 ガロンが、小さな金属の塊を叩いている。普段の豪快さがない。一打、一打、慎重に。まるで壊れものに触るみたいに。

 赤く焼けた金属の匂いと、炭の匂い。炉の中で薪が爆ぜる音だけが響いている。


「寝ないのか」


 声をかけると、ガロンは槌を止めずに答えた。


「……夜の方が、鉄が素直だ」


 短い一言だった。

 昼間の「ガハハ!」が嘘みたいに、静かな声だ。


 俺は壁際に座り込んだ。立ったまま話す気力はない。というか、そもそも話す気もなかった。目が覚めただけだ。用があるわけじゃない。


「付き合ってやる。どうせ目が覚めた」


「……勝手にしろ」


 ガロンは相変わらず槌を振るっている。

 俺は食堂から持ってきた酒瓶を開けて、ちびちびやることにした。マーレンに見つかったら怒られるが、見つからなければ問題ない。それが効率的な生き方ってもんだ。


 しばらく、槌音だけが続いた。

 ガロンの手元を見る。何を作っているのか、よくわからない。小さな金属片を何度も叩いては、炉に戻し、また叩く。完成を目指しているようには見えなかった。


「何作ってんだ」


「……わからん」


 珍しい答えだった。

 ガロンは職人だ。何を作るか決めてから火を入れる。そういう男だと思っていた。


「わからんのに叩いてるのか」


「夜中に手を動かすのは、癖みたいなもんだ」


 癖、か。

 俺にもある。眠れない夜に、なんとなく【効率化】の感覚を研ぎ澄ませて、周囲の構造を読み取ってしまう癖。別に何かを効率化したいわけじゃない。ただ、そうしないと落ち着かない。


 酒を一口飲んで、瓶をガロンの方に差し出した。

 ガロンは槌を置いて、無言で受け取った。ぐいっと一口。赤い髭に酒が滴る。


「……ワシの師匠は」


 唐突だった。

 ガロンが、自分から何かを語り始めるのは初めてだ。


「北の山で一番の鍛冶師だった。誰もが認める腕前で、王族の武具を任されたこともある」


 俺は黙って聞いていた。酒を返してもらい、一口飲む。


「だが、師匠は最後まで一人で打ち続けた」


 炉の火が、ぱちりと爆ぜた。


「弟子は何人もいた。ワシもその一人だ。だが師匠は、本当に大事な仕事は誰にも任せなかった」


「……なんでだ」


「『最高の一品は、孤独の中から生まれる』」


 ガロンの声が、低く響いた。

 師匠の言葉を、そのまま繰り返しているのだと、すぐにわかった。何度も何度も、自分に言い聞かせてきた言葉の重さがあった。


「他人の手が入れば、妥協が生まれる。意見が割れれば、形が歪む。最高の作品は、一人の職人の魂からしか生まれない。……師匠はそう信じていた」


 ガロンが酒瓶を取り返して、長く煽った。


「でもな」


 赤い炉の光が、ガロンの横顔を照らしている。


「師匠の最後の作品は、誰にも見てもらえなかった。完成する前に死んだんだ」


 酒瓶を持つ手が、わずかに震えた。

 俺は、何も言えなかった。


「一人で打ち続けて、一人で倒れて、一人で死んだ。弟子のワシらが駆けつけたときには、炉の火が消えていた。槌を握ったまま、冷たくなっていた」


 作業場が、静まり返った。

 炉の薪が燃える音だけが、やけに大きく聞こえる。


「……それで、お前は一人で作り続けてるのか」


 俺の問いに、ガロンは首を振った。


「違う。ワシは師匠みたいに死にたくない」


 一拍、間があった。


「……いや、わからん」


 自分でも整理できていないのだ。

 師匠の教えを守りたい。でも、師匠と同じ最期は嫌だ。孤独が最高の作品を生む。でも、孤独は師匠を殺した。


 こういう夜に、【効率化】は何も教えてくれない。

 矛盾を抱えた職人の心を、最適化する方法なんてない。人の心は効率化できない。わかっていたことだけど、改めて突きつけられると、なんというか、困る。


 俺にできることは何もなかった。

 説教する柄でもない。励ます言葉も持っていない。そもそも、他人の師匠の話に口を挟めるほど、俺は偉くない。


 だから、ただ座っていた。酒を飲んで、黙って。


 長い沈黙の後、俺は口を開いた。


「お前の石と、フィーネの木を組み合わせたら、師匠が見たことないものが作れるんじゃないか」


 深い意味はなかった。

 ただ、なんとなく、そう思っただけだ。あの耳長の木工技術とガロンの石工技術が噛み合えば、一人じゃ作れないものが作れる。それは事実だろう。


 ガロンは無言で酒を飲んだ。


 長い、長い沈黙だった。


 炉の火が小さくなり始めた頃、ガロンが呟いた。


「……面白い話だ」


 だが、その直後に。


「師匠なら、そうは言わない」


 自分に言い聞かせるように。

 興味はある。でも、認めるわけにはいかない。そういう声だった。


 俺は立ち上がった。


「まあ、急がなくていい。俺も急ぐのは嫌いだ」


「……ふん」


 ガロンが鼻を鳴らした。

 笑ったのか、呆れたのか、よくわからない。


 窓の外が、うっすらと白くなり始めていた。いつの間にか、夜が明けようとしている。眠い。猛烈に眠い。こんな夜更かし、前世のブラック企業以来だ。あの頃は残業で、今は職人の昔話で。どっちも俺の安眠を奪うことに変わりはない。


 作業場を出るとき、ガロンが背中越しに呟いた。


「おい人間。お前の設計図……あれ、一人じゃ絶対に作れないものだったな」


 朝日が、ガロンの赤髯を照らしていた。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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