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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第6章「地下からの職人」

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第111話「石窯を建てたら、マーレンが暴走した」

「毎日来ていいですか?」って、あの耳で聞くのは反則だろ。

 結局「好きにしろ」と答えた俺は、朝からガロンの怒鳴り声で叩き起こされた。


「おい人間! 石窯を作るぞ! 飯がまずいのは効率が悪い!」


 ハンモックの中で目を開けると、小柄なドワーフが腕を組んで仁王立ちしている。赤髭が朝日に照らされて、やけに偉そうだ。

 ……朝っぱらから騒ぐな。せめて日が高くなってからにしてくれ。


「石窯って、あの石を積み上げて火を入れるやつか」


「そうだ。焚き火で肉を焼くなど、原始人のすることだ。ドワーフは千年前から窯で焼いてるぞ」


 千年前。スケールが違いすぎて反論する気も起きない。

 だが、たしかに焚き火調理は火加減が安定しない。風が吹けば温度が変わるし、薪の位置をずらすのも面倒だ。窯があれば、少なくとも火加減を気にして張りつく手間は減る。


 楽になるなら、まあいい。


「好きにしろ。俺は寝てる」


「寝るな! お前の【効率化】がいるんだ!」


 ……やっぱりタダじゃ済まないか。


 食堂の裏手に空き地がある。ガロンはそこを石窯の建設場所に選んだ。

 石材は川沿いの岩場から持ってきたもので、石造り第一棟を建てたときの余りが積まれている。ガロンが巨大ハンマーで石を叩き割り、窯の形に組み始めた。


 さすがの手際だ。石の角を整え、隙間なく積み上げていく。ドワーフの石工技術は、見ているだけで惚れ惚れする。


「ちょっと! 火口の位置、もうちょっと手前でしょ!」


 マーレンが飛んできた。

 食堂のボスが腕まくりしている。石窯の話を聞きつけたらしい。目が完全に据わっている。


「料理人が窯に口を出すな! 構造はワシが決める!」


「使うのはあたしなんだから当然でしょ! あんたの窯で焼くのはあたしのパンなの!」


「パン? ワシはパンのために窯を作るんじゃねえ! 窯は窯として完璧であるべきだ!」


「完璧な窯で焼いたパンがまずかったら意味ないでしょうが!」


 二人が石窯の設計図を挟んで睨み合っている。

 ガロンは構造の美しさを追求し、マーレンは使い勝手を要求する。どっちも一歩も引かない。

 ……めんどくさい。両方黙ってくれたら一番効率がいいのだが、それは無理らしい。


「はいはい。俺に任せろ」


 重い腰を上げた。本当に重い。物理的にも精神的にも。


 石窯全体に【効率化】を向ける。

 頭の中に、窯の構造が浮かび上がった。石の配置、火口の位置、空気の流れ、熱の伝わり方──全部が透けて見える。


『焼きムラが消える。熱の回りは従来の三倍、薪の消費は半分まで落ちる──火口を手前に七寸ずらし、背面の通気口を三分の一に絞ること。天井の曲面を緩やかにすれば、熱が均一に回る』


「ガロン、火口を手前に七寸。背面の通気口を絞れ。天井はもう少し緩い曲面で」


「なに? それじゃ排煙が──」


「大丈夫だ。熱効率が三倍になる。焼きムラもなくなる」


 ガロンの目が変わった。職人の顔だ。

 数字を出すと食いつく。こいつはそういう男だ。


「マーレン、火口が手前に来る。パンの出し入れはしやすくなるぞ」


「あら。じゃあ文句ないわ」


 あっさり引き下がった。こっちは実用性さえ確保すれば満足するらしい。


 ガロンが石を積み直し始めた。俺の指示に従いつつ、細部は自分の感覚で調整していく。ハンマーが石を叩く音が心地いい。

 昼前には、石窯が完成していた。


「こいつは……完璧だ」


 ガロンが窯の中を覗き込んで唸った。

 火を入れると、熱が窯全体に均一に行き渡る。石壁が蓄熱し、じわじわと輻射熱を返す。手をかざすと、窯のどこに手を持っていっても同じ温度だった。


「さあ、あたしの出番ね」


 マーレンが腕まくりを直した。生地はもう仕込んであったらしい。いつの間に。


 石窯にパンの生地が入れられた。

 しばらくすると、食堂の裏手に焼きたてのパンの匂いが広がった。小麦が焼ける甘い香り。こんがりと焦げた皮の匂い。腹が鳴る。


「うっめぇ!」


 ハンスが真っ先に飛んできた。焼き上がりを待ちきれずに、まだ湯気が立っているパンにかぶりつく。


「……待って、中がまだ半生……うっめぇ!」


「まだ早い! もう少し待ちなさい!」


 マーレンに叩かれているが、ハンスは構わずもぐもぐしている。


 次の窯入れでは、ルナが獣人の薬草を練り込んだ肉を持ってきた。


「これ、体があったまるお肉になるの!」


 銀色の耳がぴんと立っている。得意げだ。

 獣人の集落では、薬草を肉に揉み込んで焼くのが定番らしい。ルナの嗅覚なら、焼き加減も匂いで判断できる。


「くんくん……うん、もうちょっと。……今!」


 ルナの合図でマーレンが肉を引き出す。

 石窯の輻射熱でじっくり焼かれた肉は、外側がこんがりと香ばしく、中は柔らかい。薬草の香りがふわっと鼻に抜ける。体の芯から温まるような、不思議な味だった。


「あたしの料理がこんなに化けるなんてね」


 マーレンが石窯パンと薬草肉を並べて、感嘆したように笑った。


 そこにガロンが自分の酒を持ってきた。ドワーフの蒸留酒だ。石窯の余熱で温めている。


「窯で温めた酒は格別だぞ。ほれ、飲め」


 石窯パン、獣人の薬草肉、ドワーフの温め酒。

 三種族の技術が一つの食卓に並んでいる。誰が計画したわけでもない。窯を一つ建てただけで、勝手にこうなった。


 一口食べて、素直に思った。


「……うまい」


「だろう! ドワーフは窯なしでは生きていけんのだ。パンより酒を温めるのが本来の使い方だがな」


「そっちかよ」


 パンを焼くための窯じゃなくて、酒を温めるための窯だったのか。さすがドワーフ、優先順位がおかしい。


 食堂前の木陰に座って、石窯パンをちぎりながら食べた。外はカリッと、中はもちもち。焚き火で焼いたときとは別物だ。

 窯があれば料理の幅が広がる。修繕のたびにパンが焼ける──いや、修繕しなくていい石造りにしたんだった。まあいい、パンは別問題だ。楽に飯がうまくなるなら、窯を作った甲斐はあった。


 みんなが石窯パンに群がる中、ガロンだけが食堂の隅で一人、酒を飲んでいた。

 酔っているのとは違う。職人の目で、何かを考え込んでいる。


 ……あのドワーフ、何を見てるんだ。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


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