第111話「石窯を建てたら、マーレンが暴走した」
「毎日来ていいですか?」って、あの耳で聞くのは反則だろ。
結局「好きにしろ」と答えた俺は、朝からガロンの怒鳴り声で叩き起こされた。
「おい人間! 石窯を作るぞ! 飯がまずいのは効率が悪い!」
ハンモックの中で目を開けると、小柄なドワーフが腕を組んで仁王立ちしている。赤髭が朝日に照らされて、やけに偉そうだ。
……朝っぱらから騒ぐな。せめて日が高くなってからにしてくれ。
「石窯って、あの石を積み上げて火を入れるやつか」
「そうだ。焚き火で肉を焼くなど、原始人のすることだ。ドワーフは千年前から窯で焼いてるぞ」
千年前。スケールが違いすぎて反論する気も起きない。
だが、たしかに焚き火調理は火加減が安定しない。風が吹けば温度が変わるし、薪の位置をずらすのも面倒だ。窯があれば、少なくとも火加減を気にして張りつく手間は減る。
楽になるなら、まあいい。
「好きにしろ。俺は寝てる」
「寝るな! お前の【効率化】がいるんだ!」
……やっぱりタダじゃ済まないか。
食堂の裏手に空き地がある。ガロンはそこを石窯の建設場所に選んだ。
石材は川沿いの岩場から持ってきたもので、石造り第一棟を建てたときの余りが積まれている。ガロンが巨大ハンマーで石を叩き割り、窯の形に組み始めた。
さすがの手際だ。石の角を整え、隙間なく積み上げていく。ドワーフの石工技術は、見ているだけで惚れ惚れする。
「ちょっと! 火口の位置、もうちょっと手前でしょ!」
マーレンが飛んできた。
食堂のボスが腕まくりしている。石窯の話を聞きつけたらしい。目が完全に据わっている。
「料理人が窯に口を出すな! 構造はワシが決める!」
「使うのはあたしなんだから当然でしょ! あんたの窯で焼くのはあたしのパンなの!」
「パン? ワシはパンのために窯を作るんじゃねえ! 窯は窯として完璧であるべきだ!」
「完璧な窯で焼いたパンがまずかったら意味ないでしょうが!」
二人が石窯の設計図を挟んで睨み合っている。
ガロンは構造の美しさを追求し、マーレンは使い勝手を要求する。どっちも一歩も引かない。
……めんどくさい。両方黙ってくれたら一番効率がいいのだが、それは無理らしい。
「はいはい。俺に任せろ」
重い腰を上げた。本当に重い。物理的にも精神的にも。
石窯全体に【効率化】を向ける。
頭の中に、窯の構造が浮かび上がった。石の配置、火口の位置、空気の流れ、熱の伝わり方──全部が透けて見える。
『焼きムラが消える。熱の回りは従来の三倍、薪の消費は半分まで落ちる──火口を手前に七寸ずらし、背面の通気口を三分の一に絞ること。天井の曲面を緩やかにすれば、熱が均一に回る』
「ガロン、火口を手前に七寸。背面の通気口を絞れ。天井はもう少し緩い曲面で」
「なに? それじゃ排煙が──」
「大丈夫だ。熱効率が三倍になる。焼きムラもなくなる」
ガロンの目が変わった。職人の顔だ。
数字を出すと食いつく。こいつはそういう男だ。
「マーレン、火口が手前に来る。パンの出し入れはしやすくなるぞ」
「あら。じゃあ文句ないわ」
あっさり引き下がった。こっちは実用性さえ確保すれば満足するらしい。
ガロンが石を積み直し始めた。俺の指示に従いつつ、細部は自分の感覚で調整していく。ハンマーが石を叩く音が心地いい。
昼前には、石窯が完成していた。
「こいつは……完璧だ」
ガロンが窯の中を覗き込んで唸った。
火を入れると、熱が窯全体に均一に行き渡る。石壁が蓄熱し、じわじわと輻射熱を返す。手をかざすと、窯のどこに手を持っていっても同じ温度だった。
「さあ、あたしの出番ね」
マーレンが腕まくりを直した。生地はもう仕込んであったらしい。いつの間に。
石窯にパンの生地が入れられた。
しばらくすると、食堂の裏手に焼きたてのパンの匂いが広がった。小麦が焼ける甘い香り。こんがりと焦げた皮の匂い。腹が鳴る。
「うっめぇ!」
ハンスが真っ先に飛んできた。焼き上がりを待ちきれずに、まだ湯気が立っているパンにかぶりつく。
「……待って、中がまだ半生……うっめぇ!」
「まだ早い! もう少し待ちなさい!」
マーレンに叩かれているが、ハンスは構わずもぐもぐしている。
次の窯入れでは、ルナが獣人の薬草を練り込んだ肉を持ってきた。
「これ、体があったまるお肉になるの!」
銀色の耳がぴんと立っている。得意げだ。
獣人の集落では、薬草を肉に揉み込んで焼くのが定番らしい。ルナの嗅覚なら、焼き加減も匂いで判断できる。
「くんくん……うん、もうちょっと。……今!」
ルナの合図でマーレンが肉を引き出す。
石窯の輻射熱でじっくり焼かれた肉は、外側がこんがりと香ばしく、中は柔らかい。薬草の香りがふわっと鼻に抜ける。体の芯から温まるような、不思議な味だった。
「あたしの料理がこんなに化けるなんてね」
マーレンが石窯パンと薬草肉を並べて、感嘆したように笑った。
そこにガロンが自分の酒を持ってきた。ドワーフの蒸留酒だ。石窯の余熱で温めている。
「窯で温めた酒は格別だぞ。ほれ、飲め」
石窯パン、獣人の薬草肉、ドワーフの温め酒。
三種族の技術が一つの食卓に並んでいる。誰が計画したわけでもない。窯を一つ建てただけで、勝手にこうなった。
一口食べて、素直に思った。
「……うまい」
「だろう! ドワーフは窯なしでは生きていけんのだ。パンより酒を温めるのが本来の使い方だがな」
「そっちかよ」
パンを焼くための窯じゃなくて、酒を温めるための窯だったのか。さすがドワーフ、優先順位がおかしい。
食堂前の木陰に座って、石窯パンをちぎりながら食べた。外はカリッと、中はもちもち。焚き火で焼いたときとは別物だ。
窯があれば料理の幅が広がる。修繕のたびにパンが焼ける──いや、修繕しなくていい石造りにしたんだった。まあいい、パンは別問題だ。楽に飯がうまくなるなら、窯を作った甲斐はあった。
みんなが石窯パンに群がる中、ガロンだけが食堂の隅で一人、酒を飲んでいた。
酔っているのとは違う。職人の目で、何かを考え込んでいる。
……あのドワーフ、何を見てるんだ。
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