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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第6章「地下からの職人」

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第110話「温泉を石造りにしたら、混浴が本格化した」

 気がついたら、温泉の壁が石造りになっていた。

 ガロンが勝手にやったらしい。朝起きて見に行ったら、もう八割がた仕上がっている。

 ……待て。それ、仕切りはどうなってるんだ。


「仕切り? なんのことだ」


 ガロンが首を傾げた。真顔だ。本気で言ってる。


「男湯と女湯を分ける壁だよ。壁」


「はあ? ドワーフは男女で湯を分けんぞ。湯は湯だ。分けてどうする」


 文化の壁は石より厚かった。


 昨日までの空気がまだ重い。フィーネとガロンは口も利かないし、セレンの「冒涜」という言葉が耳にこびりついている。正直なところ、どうすればいいのか見当もつかない。

 だが、とりあえず今は──この混浴問題のほうが緊急だ。


「ガロン。仕切りを作れ。今すぐ」


「ワシの設計に口を出すな。見ろ、湯の流れが完璧だろうが。壁を足したら全部狂う」


 たしかに、石組みは見事だった。

 湯が岩肌を伝い、滑らかに流れている。排水路も自然な傾斜で引かれていて、溢れた湯が溜まらない仕掛けになっている。

 ……職人の仕事としては文句なしだ。ただ、仕切りがないのは困る。


 俺は【効率化】を温泉施設全体に向けた。

 頭の中に、構造の全体像が浮かび上がる。


『湯温維持に難あり──現状、外気に触れる面積が大きい。石壁で囲えば放熱を四割削減。排水は現行で最適。通気口を湯面より上に二箇所設ければ、蒸気の籠もりすぎを防げる』


 なるほど。ガロンの排水設計は完璧だが、保温と通気はまだ詰められる。


「ガロン、壁で囲うと湯温の維持が良くなる。排水はお前の設計のままでいい。あと、通気口を二箇所」


「……ほう」


 ガロンの目が光った。職人の顔だ。

 こいつ、「仕切り」には興味がないが「性能向上」には食いつく。


「ついでに仕切り壁も入れてくれ。高さは立った時に肩から上が見えるくらいで」


「……しゃあねえな。性能が上がるならやってやる」


 仕切りの話を性能の話にすり替えた。俺の唯一の交渉術である。面倒なことは、相手がやりたくなるように言い換える。これも立派な効率化だ。


 ガロンが石を積み始めると、あっという間だった。

 午前中には仕切り付きの石造り温泉が完成していた。湯気が石壁の隙間からゆるく立ち昇り、温かい硫黄の匂いが辺りに漂っている。

 以前の木枠の水浴び場とは比べものにならない。これはもう、温泉施設だ。


「わー! すごいすごい! お風呂が本物になってる!」


 ルナが走ってきた。尻尾がブンブン振れている。

 獣人にとって温泉は毛並みの手入れに欠かせないらしく、目の輝きが尋常ではない。


「フィーネさんも一緒に入ろうよ!」


「……わたくしは遠慮しますわ」


 フィーネが腕を組んだまま、石造りの温泉を見ている。

 昨日のことがまだ尾を引いているのか、視線がどこか硬い。


「えー、きもちいいのに。ね、フィーネさん」


 ルナがフィーネの手を掴んだ。ぐいぐい引っ張る。

 フィーネが「ちょ、ちょっと──」と抵抗しているが、ルナの腕力にはエルフの優雅さなど通用しない。


「あーっ、引っ張らないでいただけます!?」


「だいじょうぶだいじょうぶ!」


 二人が女性側の仕切りの向こうに消えていった。

 ……平和だ。昨日の険悪な空気が嘘みたいだ。


 しばらくして、仕切りの向こうから声が聞こえてきた。


「ルナ、そんなにばしゃばしゃ跳ねないで──」


「あはは、お湯あったかーい!」


「……まあ、悪くはない温度ですわね」


 フィーネの声が少しだけ柔らかくなっている。

 さっきまで石造りを睨みつけていた声と、同じ喉から出ているとは思えない。エルフは人前で肌を見せるのを嫌がるはずなのに、入ってしまえば案外順応するらしい。


「フィーネさんの髪、すごくきれい。くんくん……いいにおい」


「っ、嗅がないでいただけます!?」


 聞こえてくるやり取りがいちいち平和で、俺は湯の外でぼんやり座っていた。

 ……このまま昼寝できそうだ。いや、温泉があるなら俺も入りたい。だが今は女性陣が使っている。待つしかない。


 やがて、仕切りの向こうから水音が止まった。

 湯上がりのルナが、濡れた髪を拭きながら出てくる。


 ──目を逸らせなかった。


 しっとりと湯気をまとった銀色の髪。その上に、濡れてぺたんと伏せた狼耳。普段はぴんと立っているそれが、湯の重みで柔らかく垂れている。

 薄い布が湯気で肌に張りつき、背中から腰にかけての線がうっすらと透けていた。そして尻尾──いつもはふわふわだが、湯上がりで少し水を含んで、毛先がしっとりと束になっている。それがゆっくりと左右に揺れている。


 ──反則だ。


『ルナの体温──入浴後の上昇により、通常時より約二度高い。この状態で接触すると、体温の相互作用により幸福度が効率的に──』


 黙れ。


 誰が聞いた。誰もそんなこと聞いてない。


「ユウトさん?」


 ルナが首を傾げた。濡れた耳がぴくっと動く。


「顔、赤いよ? 熱でもあるの?」


「……いや。湯気のせいだ」


「ユウトさんも一緒に入ればよかったのに」


「だから仕切りを作っただろ。混浴はしない」


「えー。獣人は気にしないのに」


 気にするんだよ、人間は。いや、俺が気にしてるのはそういう問題じゃなくて──。

 もう考えるのをやめよう。考えれば考えるほど負ける。


 フィーネが髪を整えながら出てきた。長い金髪が湯気でしっとりと光っている。


「……認めたくはありませんけれど」


 小さな声だった。


「湯加減は、悪くなかったですわ」


 フィーネなりの最大限の譲歩だろう。石造りの温泉を「悪くない」と言った。昨日「美しくない」と切り捨てた石の建物と、同じ石でできた温泉を。


 ルナが「また明日も入ろうね!」とフィーネの手を握って、フィーネが「毎日はさすがに──」と言いかけて、でも振り払わなかった。


 夕方には住民たちが列を作っていた。石造り温泉の噂が広まったらしい。カイが「順番を決めないと喧嘩になるぞ」と仕切り始めている。

 ……また仕事が増えた。俺は何もしたくなかっただけなのに。


 温泉から離れた場所にハンモックを吊るした。

 湯気の匂いがまだほんのり漂っている。石造りの温泉は快適すぎた。ガロンの技術は、やはり本物だ。


 ただ、フィーネの「美しくない」と、セレンの「冒涜」が頭にこびりついている。

 石は丈夫だ。温泉だって快適だ。でも──丈夫なだけじゃ、快適なだけじゃ、ダメなのか。


 効率を追求した結果が、誰かの大切なものを踏みにじっているとしたら。


 ……どうすんだこれ。


 昼寝しながら考えよう。考えがまとまる前に寝落ちする自信はあるが。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


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