表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第6章「地下からの職人」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/178

第109話「エルフの美意識は、めんどくさい」

「美しくない、と言いましたの」


 フィーネが腕を組んで、石造りの第一棟を睨みつけている。


「機能は認めます。でも、これは……ただの箱ですわ」


 朝っぱらから勘弁してくれ。昨日あれだけ住民が歓喜していたのに、一晩寝てもまだ怒っているのか。俺はまだ寝ていたいんだが。


「頑丈だし、三十年は修繕いらないし、何が不満なんだよ」


「すべてですわ」


 フィーネは建物の壁面を指でなぞり、眉をしかめた。


「石の継ぎ目が不揃い。色の統一感もない。窓の配置に調和がない。それに──森から見たとき、この灰色の塊が風景を潰しています」


 注文が多い。俺は深くため息をついた。


「……景観の問題かよ」


「景観は生活そのものですわ。エルフにとって住処とは、自然の一部であるべきもの。このような無骨な石の壁を、木々の隣に並べるなんて」


 フィーネの翠の瞳が揺れている。怒りというより、苛立ちと悲しみが混ざったような色だ。


 正直、俺にとって家は雨風が凌げて寝られればそれでいい。美しいかどうかなんて、昼寝の質には関係ない。


 だが、フィーネは本気だった。


「おい耳長、何をブツブツ言っておる!」


 背後から地響きのような声。ガロンが巨大ハンマーを肩に担いで歩いてきた。朝の陽光にゴーグルがぎらりと光る。


「ワシの石組みに文句があるなら、職人として正面から言え!」


「言いましたわ。美しくない、と」


「美しい美しくないの問題じゃねえ! 家は頑丈であればいい! それが職人の誇りだ!」


「だからドワーフは野蛮だと言われるのです」


「なんだとォ!」


 ガロンの赤髭が逆立つのが見えた。百三十センチの小さな身体から、炉の熱みたいな怒気が立ち上る。


「おい二人とも……うるさい」


 俺は両手を挙げて割って入った。朝からこの熱量を浴びるのは勘弁してほしい。


「フィーネの言い分もわかる。ガロンの仕事が確かなのもわかる。だから少し落ち着──」


「落ち着いていますわ」


「落ち着いておるわ!」


 全然落ち着いてない。


 二人が再び睨み合ったとき、広場の向こう──西の森の方角から、ひとつの影が歩いてきた。


 長い耳。切れ長の目。フィーネと同じエルフ特有の佇まい。だが、纏う空気が違う。張り詰めた弦のような緊張感。


 フィーネが振り返り、息を呑んだ。


「セレン……! なぜ、ここに」


「お前がドワーフと人間と馴れ合っていると聞いた」


 セレンと呼ばれたエルフは、感情を押し殺したような声で言った。


「見に来た」


 フィーネの背筋が伸びた。セレンの立ち位置は、フィーネから三歩分離れている。手を伸ばせば届く距離なのに、どちらも詰めようとしない。


「馴れ合っているのではありません。共同管理協定に基づく正当な──」


「問おう、フィーネ」


 セレンの声が、フィーネの弁明を遮った。冷たいが、どこかに切実さが混じっている。


「お前は伝統を軽んじるつもりか」


 フィーネが唇を噛んだ。言葉が出てこないらしい。


 セレンの視線が、石造りの第一棟に向けられる。翠の瞳が細まった。


「これが──お前の選んだ道の結果か」


 朝の風が吹き抜けた。セレンの金色の髪が揺れ、その向こうに灰色の石壁が見える。


「自然への冒涜だ。大地から切り出した石を積み上げ、金属の骨で固めるなど。こんなものが森の近くに建つとは」


 フィーネは「美しくない」と言った。セレンは「冒涜」と言った。


 ……めんどくさい。二種類の怒りを同時に相手にするなんて、聞いてない。


「ドワーフ」


 セレンの視線がガロンに向いた。


「お前がこの石の塊を作ったのか」


「そうだ。文句あるか、耳長」


「ドワーフと議論する気はない」


 ガロンの顔が一瞬で赤くなった。議論する気がないと言われるのは、否定されるより屈辱らしい。


「おい、ワシの仕事を見もせずに──」


「見た。見たうえで言っている。これは森を穢すものだ」


「穢すだと! この石はワシが一つ一つ選び抜いた──」


「セレン、勝手なことを言わないで!」


 フィーネが声を上げた。セレンの方を向き、背筋を伸ばしている。


「わたくしはわたくしの判断で、この集落に協力しているの。あなたに口を出される筋合いは──」


「口を出す筋合いがないと? 数百年の付き合いだ、フィーネ。お前が道を誤ろうとしているなら、止めるのが──」


「道を誤っていません!」


「では、なぜお前自身がこの建物を『美しくない』と言っている。お前の中にも迷いがあるからだろう」


 フィーネが言葉に詰まった。


 三人が三角形に立っている。ガロンは拳を握り、フィーネは唇を震わせ、セレンは腕を組んで動かない。


 広場の空気が、朝なのにやけに重い。


「……全員うるさい。解散」


 俺は頭を掻いた。三方向からの怒りと苛立ちが、こめかみを圧迫している。


 スキルは沈黙していた。当たり前だ。建材の配合比率や工程の無駄なら見えるが、こういうのは範囲外だ。人の心は効率化できない。


 セレンが俺を見た。冷たい目だ。


「人間。お前がこの集落を率いていると聞いた」


「率いてない。巻き込まれただけだ」


「……ふん。いずれにせよ、覚えておけ。この地の自然を踏み荒らすなら、黙っていない」


 それだけ言って、セレンは踵を返した。森の方角へ、振り返りもせずに歩いていく。


 が、去り際にフィーネの方を一瞬だけ見た。その目には怒りではなく──。


 よくわからない。


「また来る」


 セレンの声が風に乗って届いた。


 残されたのは、口も利かないガロンとフィーネ、そして頭を抱える俺だ。


 ガロンは「ふん」とだけ言って、ハンマーを担ぎ直して作業場へ戻っていった。フィーネも無言で反対方向に去る。


 建設は止まっていない。住民たちは何事もなかったように石を運んでいる。


 でも空気は、確実に悪くなった。


 ……どうすんだこれ。効率化じゃ解決できない類の問題だ。


 放っておいた方が楽だ。でも、放っておくと後でもっと面倒なことになる気がする。前の世界でも、揉め事を放置して余計にこじれた記憶がある。


 俺は空を見上げた。雲ひとつない青空が、場違いなほど綺麗だった。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ